第44話 プラムの救命措置

 観客の悲鳴を聞いて慌てて飛び出してきたプラムは、

 闘技場にいるクードを見て、声が詰まる。

 喉が、塞がれたように――呼吸が、しにくかった。


 クードの向こう側――、場外の壁に寄りかかっているのは、ジャッジ・ウィルソー。

 血だらけで、今すぐにでも治療が必要な状態だった。


 しかし――動けない。

 クードの視線が、プラムを射抜く。

 それだけで、プラムの足はがくがくと、震えてしまっていた。


「――選ばれたとは言うても、やはり子供には変わらんか……、

 精神的ショックへの耐性は、まだないというわけか」


 それは、クードの声だった――が、その声に隠れて、女性の声も聞こえていた。

 プラムにしか聞こえていないその声の主は――剣だろう。聞いたことがある、声だった。


 嫌な記憶が甦ってくる――、本能が危険を感じたのか、プラムの意思など関係なく消えていた記憶が、今になって甦ってくる。

 昨日の出来事も、なぜ、自分が気絶していたのかも――理由が明確になってくる。


 そして――クードを見る。

 彼の顔には、蛇のような、黒い線が――、

 絡みついているかのような、模様が浮かんでいる。


 目は――、白目の部分は黒く、黒目の部分は、赤くなっていた。

 彼はクードではない……昨日の記憶が甦っているからこそ分かる――。

 今のクードは、憑依されている。


 クードではない、誰かに――。


「ちょっと――クード! あんた、なにをしてるわけ!?」


 すると、ナルマリエが、怯えもせずに突き進んで行く。

 いつものクードとは違う、とは、彼女も分かっているだろう――しかし、だとしても、普段とやることはなにも変わらない。


 鍵持ちであるナルマリエは、母親に鍛えられている。剣士ほどではないにしても、自衛くらいはできる実力を持っている。

 だからこそ前に出てきているのだろうが――しかし、今のナルマリエでも、あのクードをどうにかすることは、できそうには思えなかった。


「剣士でもない、選ばれた者でもない――邪魔じゃ、消えろ。別にこれ以上、誰かを殺そうとは思うとらんよ。そこの男は――まあ、運が悪かったというわけじゃ。

 死んではいないじゃろうから、そうじゃな、すぐにでも病院に連れていくべきじゃが――」


「ここまで騒ぎを起こしておいて――怪我人を出しておいて、逃がすと思っているの? 死ななければいいとか、そんな思考はここでは通用しない。

 クードの中に入っている、誰かさん――ここではここのルールに従ってもらうわよ?」


「おぬし、わらわが名乗った時に、聞いとらんかったのか? 

 わらわの名前は誰かさんではない――アイアルマリアじゃ……!」


 

 ――え?


 

 その時、プラムはその声を聞き取った。

 それは、不意に出た、驚きの声だった。

 視線を落とせば剣がある――そこにはヴァルキュリアがいる。


「――キュリ、ちゃん……?」


 ――……まさか、でも、そんな――嘘、でしょ? ……お姉ちゃん?



 本来、剣と人間が会話できないように、剣と剣でも会話はできないものだが――、だけどヴァルキュリアには、アイアルマリアの声が聞こえていた。

 もしも聞こえていなくとも、アイアルマリアが憑依しているクードの声は聞こえているので、内容の理解に問題はないのだが――、それはともかくとしても、この結果は、それに今までのも、全て、プラムの力なのだ。


 そして――、

 ヴァルキュリアの声に、プラムは、

『今ここに、キュリちゃんがいればいいのに――』と思った。


 剣の状態ではなく、人間の姿で――、そうすれば、どれだけ気持ちが伝わるか――言葉だけではない、表情で、どれだけ伝わるか……。


 がちゃり、と音を立てながら剣に触れ――それから擦るプラムは、


「え?」


 軽くなった自分の体に驚き、バランスを崩してしまう。軽くなった分は――剣の分……、ヴァルキュリアの体が、剣ではなくなり、人間の体として、目の前に現れていた。


 彼女は女座りで、プラムの視線、真下のところにいた。

 手を、ぐーぱー、とさせ、辺りをきょろきょろと見て――立ち上がり、ジャンプをしていた。

 そして自分が人間に戻っていることにあらためて気づき、ばっと、プラムを見る。


「キュリちゃん……?」


「――プラム……!」


 ヴァルキュリアはプラムに、がばっと抱き着き、


「も、戻れた! 戻れた戻れた戻れた! 私、今、人間してるよ!」

「キュ、キュリちゃん痛いってば……、――でも、良かったね……」


 状況に合わず、隣で抱き着いている二人を見て、ナルマリエはぼそりと漏らす。



「……剣が、人間に……?」

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