第43話 内側の刃

 試合が始まって数分――クードとジャッジは互いに勝負に出ることはせず、軽い準備運動の動きで、ぶつかり合っていた。本人達はそうだろうが、しかし周りから見れば、剣士同士の打ち合いなど、軽いのか重いのか、見た目では判断できないだろうが。


 クードは荒い息を吐きながら、疑問を投げかける。


「……どうして、ちんたらと動いているんすか。

 さっさと勝負をつければいいでしょうに」


「君が本調子なら、すぐにでもそうしようと思ったんだが……、

 しかし君は見たところ、突然の不調に襲われているようにしか見えなくてね」


 ジャッジの返答に、ちっ、とクードが舌打ちをする。

 ばれないようと隠していたが、やはりこうして目の前に立たれて、打ち合っていれば、それはばれてしまうか。

 プラムにばれないように、視界にできるだけ入らないようにするのは楽だったのだが。


「私がなにもしなくとも、君は苦しんでいる……クード君、ここは棄権したまえよ」

「いやっすよ……そんなの」


「ならば、私が棄権しよう――、

 一人の少年の命が危険に晒され、結果、落としてしまうくらいならば、

 こんな大会、蹴った方がマシだ」


「そんなこと――やめてくれ!」


 クードは叫び、全速力でジャッジの元へ――懐へ、勝負に出た。


 剣と剣がぶつかり合う――重い一撃が、ジャッジの足を少しだけ後ろにずらした。


「――無茶を、しているな……っ」


「へへ、見てくれよ――おれは、全然、大丈夫だ。まだまだ、やれる。

 だから途中棄権なんてしないでくれよ――、おれはあんたを目指してここまできてんだ。あんたと戦いたくて――だから、最後まで付き合えよ。

 もしもおれのことを思ってくれているのなら、最後まで付き合ってくれよ――、

 それが、【黒】の称号だろ?」


「この、馬鹿が……。――仕方がない、そこまで言うのならば、こちらも本気でやろう。

 悪いが、手加減をするつもりはない。手加減をして試合を長引かせて、君の不調を引き延ばすのは良くない――だから、速攻で終わらせ、君をすぐにでも治療するぞ」


「へへへ、さすがジャッジさんだ――男ってもんを、分かってる」


「喋るな――喋る暇があるなら、さっさと打ってこい。叩き潰してやろう」


 キィンッ、という音と共に、剣と剣が離れ、一定の距離が二人の前に現れる。


 にやりと、精神を侵食してくる痛みに顔をしかめても、しかしすぐに表情を笑顔に変えて――クードは、いま出せる最大限の力で、剣を振り回した。

 左から右へ、横の一撃。剣というよりは、ハンマーを振っている動きに近いが――、だがそのパワーは、ジャッジでも全てを受け切ることは難しかった。

 何日も何日も、剣を振り続けていた努力の力が、嘘をつくことはない。


 鈍い音がした後――、ジャッジの表情が苦痛に歪む。

 柄を握っている手が、衝撃で痺れていたのだ。

 思わず剣を落としそうになるが、剣士にとって、剣が無くなった時がどういう時かは、ジャッジは嫌というほどに分かっている。だから無意識に、麻痺した手で、さらに柄を握り締める。


 隙が大きい。

 大きな振りで、強い一撃――、次の攻撃のステップまで、時間がかかる。


 クードはパワータイプ。

 そしてジャッジには――、そういう縛りがない。

 どの分野も贔屓なく、全てを伸ばしている――だからこそ、出てしまうはずの、得意技がないというお決まりの穴は、しかしジャッジにはなかった。

 得意技と言えば、全てが得意技だ――。

 どの技も一流以上に、レベルが高く、既に、完成されている。


 クードは先の一撃の時、ジャッジと同じく――、自分にかかる衝撃を例外なく受けていた。そして、微かにだが、浮いている。

 その一瞬――、僅かに浮いている、身動きが取れないその状態を狙って、ジャッジは剣を突き出した。狙うのは、剣を握る――その手……の甲。


 剣士同士の戦いで剣を失えば、それはもう勝負がついた、という意味となる。

 最小限の怪我でこの試合を終わらせる――ジャッジの判断は間違っていなかった。


 及第点以上の――判断。


 だが――当たり前のことだが……ジャッジは、クードをクードだと思っていた。


 その先入観が、彼を油断させた。


 ヒントなしではどうしようもない、後出しジャンケンのような――攻撃。


 クードの顔に、模様が浮かぶ――、

 蛇が絡みついているような、不気味な黒い線が。


 そして――、


「――いい加減、おれの中から出て行ってくれよ。

 いつの間にか、おれの中に住みつきやがって! しかもおれのことを乗っ取ろうとしてきやがる――、邪魔すんな、大事な大会中なんだよ、今は!」


 ――だから、わらわの力を使えば、簡単に優勝などできると言うとろうが。誘っているのに、口で言うても分からんから、こうして体に教えている――、

 やりたくないことまでしとるんだからなあ。


「いらねえっつってんだろ。お前の力で優勝できたところで、意味なんかねえんだよ。

 自分の力じゃねえと――な」


 ――それで、おぬしはあの少女を守れるのか?


「……あ?」


 ――気づいていないとでも思うたのか? わらわはおぬしの中に住みついている、おぬしの感情なぞ、好き勝手に漁れるというものじゃ……おぬし、あの少女のことを、好いとるのじゃろう? 守りたいと思うとるのじゃろう? しかしまあ――、わらわの見たところで言えば、あの少女の方が、おぬしよりも少しだけ、実力では上をいっておるのう。


「…………」


 ――焦る気持ちも分かるものじゃ。スタート地点は違うのに、自分の方が努力をしていたというのに、いつの間にか、追い抜かれていた……とな。すがりたい理由はあるんじゃろう? 結局は、才能の違い――努力を否定し、潰す、その言葉を理由にして、すがりたいんじゃろう? 

 遠慮などせず、すがればいい――、思いつくまま諦めの理由にすればいい。間違いではないのじゃからな――、あの少女は、天才とは言わずとも、才能があるとも言わずとも、しかし、選ばれた人間じゃ。


「……プラム、が?」


 ――そうじゃ、一般的には、『救命処置』と呼ばれている……まあ、他にも色々と呼び名はあれど、どれが本当の呼び名かは、決まってはいないらしいが――、

 それはともかく、世界に選ばれている少女じゃよ。


「…………」


 ――世界に選ばれているからこそ、剣士として、最大の力を発揮できる――、おぬしも分かっておるんじゃろう? おぬしの中を漁れば、情報が、出るだけ出てくるんじゃから、分かるものじゃが――、剣と話すことができるその力は、全ての能力が二倍になるということじゃ。

 あの少女自身と――そして剣になっている、元人間。

 二人の知識、経験、力、能力、それらが足し算されて――、一人の剣士じゃ。

 時には、相手の剣とも意思疎通でき、能力が三倍になる時だってある――だからこそおぬしは、あの少女に、体力をつけさせる修行をさせたんじゃないのか? 

 剣術については、剣であるパートナ―が担ってくれるから。そこまで気づいておいて、しかしおぬしは、自分自身の力で、あの少女よりも強くなり、守れると、そう思っておったのか?


「それは……」


 ――おぬしにも自信があったのじゃろう……じゃがな、もう気づいておるじゃろう。無理じゃ。どう足掻いたところで、現時点でこうして、実力として、抜かれてしまっている時点で、おぬしは、もう、越えられない。あの少女に追いつくことはできないんじゃ。


「――だったら」


 ――じゃから、わらわの出番じゃ。わらわを頼れ。わらわが力を貸してやる。

 一人じゃないんじゃ。一人でできなければ、二人で――、現実、あの少女はそうしている。だからおぬしも、同じ手段を取ったところで、いいじゃろう? 

 あの少女を守りたいのならば、手を取れ。お前の意思を、尊重しよう。


「…………おれは、おれのものだ。――お前なんかに、やらねえよ」


 ――じゃが、手は取ったな?


「プラムを守るためだ……主導権は、おれのもんだ」


 ――じゃが……、


 ――おぬしに、わらわから主導権を奪い取ることができるかな?



 そして――、


 ジャッジが、血飛沫を空中に置き去りにし、吹き飛んだ。

 闘技場から外へ――場外へ出て、しかし勢いは止まらず、観客席の壁に激突。

 動きを止めてから、出し切っていない血が、今度は垂れてくる――流れてくる。


 ジャッジの真下の地面が、真っ赤に染まっていき――、

 同時、観客席から十人十色の悲鳴が聞こえてくる。


 試合ではない、本当の殺人の気配を感じ取った審判は、すぐに試合中止を促したが、

 しかしクードの――、いや、クードに憑依している者の、

 容赦のない飛ぶ斬撃に、命の危険を感じて、一目散に逃げていく。


 それにつられて、観客も、悲鳴を上げながら、パニックのまま――、

 闘技場から外へ逃げ出していく。一気に、しーん、と、静寂が包み込む空間で、


 ジャッジの吐血の音だけが、嫌に鮮明となって、聞こえてくる。


「クード――いや、違う、な。貴様……誰だ……?」


「うーん?」


 クードに憑依した者は、クードの声で、そう言った。


「そうじゃな、誰かと聞かれても答え方としては一つしかなかろうが――、

 これで満足ならば、まあ言うてやろうか」


 ―― ――


「――わらわは、アイアルマリア。

 それ以外のプライベートは、言わんがな」

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