ティラミス競技なるもの

lachs ヤケザケ

ティラミス競技というものがありまして

 十九世紀、貴族文化が華やいだ時代。

 淑女の嗜みとして、ティラミスを優雅に多く食すことが重んじられた。

 なぜかとは問いてならない。ただそうなのである。


 紳士淑女に挨拶をしつつ、テーブルからテーブルへと移りティラミスを食べる。その姿に心奪われた王子がいたこともあり、いつしか花嫁修業となり競技となった。


 エリザベス。

 縦ロール金髪碧眼の彼女は、『ティラミス競技』の不敗の女王である。そのため、『クイーンエリザベス』と呼ばれた。

(念のため、この作品は歴史とはまったく関係ないことをここに明記しておく)


「爺や、今回のティラミス競技もわたくしが優勝しますことよ」


「もちろんですとも、お嬢様」


 爺やと呼ばれた白髪の老執事がそう返す。

 ティラミスを口に運ぶ動作の優雅さ、その数ともに今までも他の追随を許していない。


「ですが、気になることを聞きまして」


「言ってみなさい」


「とんでもない人が予選で現われたとのことです。ワニの如く大きな口でもってティラミスを猛烈に食し、大量のココアパウダーが口の端からこぼれる。その様子から、人は彼女のことを『ブラックメアリ―』と呼ぶそうです」


「ココアパウダ―をこぼすだなんて、はしたないわね。淑女とは言えませんわ」


「お嬢様のおっしゃるとおりなのですが――」


「もういいわ、爺や。わたくしはわたくしのベストを尽くすのみよ」


 エリザベスは老執事に引き下がるように言い、競技のスタート地点に立った。


 

 『ティラミス競技』。

 わずか十分の間にどれだけのティラミスを食べるかの消費点、どのテーブルからもまんべんなく食べるかの構成点、テーブルからテーブルへ足を運ぶ際のステップや挨拶の優雅さの芸術点、以上の総合点数で争われる。

 もちろん、ティラミスを落としたり、転んだり、ココアパウダ―をぼろぼろとこぼしたりは減点となる。

 ティラミスは一口で食べれるよう、競技規定に則りカットされている。


 エリザベスはドレスの端をつまんで、審査員一同に頭を下げる。花開くような優美さに会場はほぅっというため息に包まれた。


 華麗なステップで遠くのテーブルへと着く。多くのティラミスを食べるためとはいえ、移動も審査の内である。

 蝶のように舞い、蜂のように刺す(ティラミスを)。

 口へとティラミスを運び。皆に見えないようそっと口元をハンカチーフで拭く。

 テーブル近くの紳士に挨拶をし、次のテーブルへと赴く。


 昔は、きつくしまったコルセットで多くのティラミスを食した者が失神するということがあったという。倒れる際には意中の男性の前へと駆ける女性もいたことから、その行為は一発退場となっている。

 競技者の心を惑わすために、各テーブルに配置されている紳士はイケメン揃いだ。

 だが、女王たるエリザベスは心揺らぎはしない。

 それどころか、紳士らのハートを逆にわしづかみするような笑みをたたえる。


 時間もあと少し。

 エリザベスはラストスパートをかけて、ティラミスを口に一つ二つと入れ、紅茶で流し込む。もちろん気品があるように。

 カップにも唇にもココアパウダ―の跡を残さない。

 淑女たるものの基本である。

 

 最後の数秒でくるりとドレスをひるがえし、観客と審査員へ向けて挨拶をする。

 見事なフィニッシュに、会場の観客は総立ちとなり割れんばかりの拍手でエリザベスを讃えた。


 

「消費点56、構成点99、芸術点100。合計255点です!!」


 司会者が興奮した様子で伝える。

 エリザベスは対照的に「当然よ」とばかりに自身の髪をなびかせた。


 圧倒的な点数に、続く競技者らの顔に緊張と焦燥の色が浮かぶ。

 その焦りの所為か、転ぶもの、ココアパウダ―を床に落としてしまう者が続出する。減点を入れられない者も、点数ではエリザベスに遠く及ばなかった。 



「最後の競技者は、メアリ―です」


 長い黒髪の小さな女の子がでんっと登場する。


「あの、ブラックメアリー?」

「ゴリラ……」

「ワニ」


 会場がざわつき、異様な空気に包まれる。

 メアリーはそんな空気をものともせずに、審査員の皆に挨拶を……せずにクラウチングスタートの構えをとった。


「なによあれ」

「規格外のお方です」

 呆然としたエリザベスの呟きに、老執事は答える。


 始まりのベルを合図に、メアリーは近くのテーブルへすっ飛んでいく。

 大皿を片手で取り、フォークでティラミスを口のなかへかっこんでいく。大きな口の中にザーっとティラミスがなだれこむ。

 人間というより、魚を一気に食べるクジラのようである。食べた後の口元にはココアパウダ―がたっぷりとついており、手の甲で拭う姿は血を拭うかのようだった。

 

 空気で皆がドン引きしているのは明らかだが、メアリーは気にしない。ヒールの音をカンカンさせながら次のテーブルへ行き、ティラミスを同様に流し込む。

 彼女が通ったテーブルはもうティラミスが一つもない。人ではなく、イナゴの大群が通った後のごとくの惨状である。


 最後、ティラミスをリスのようにほっぺたに頬張りながら終わった。

 挨拶もなく、拍手もなく、そこにあったのはなにか別の生き物が侵略した跡だ。


 

「あ、えっと、消費点は計算中です。構成点0、芸術点も0です」


 司会者がぼそぼそと言う。

 その裏で、審査員たちが皿の数を数えていた。絶望的な顔をしている。

  

「あの、消費点の結果が出ました。その――」


 司会者が渡された紙を見て、天を仰いだ。息を吸って吐いてを繰り返して、ようやく声を出す。


「消費点は423点。合計423点です!! 優勝はメアリーとなります!」


 ふんむ、と誰かを倒したかのようにメアリーが勝利の拳を上げた。



「認めませんわ―――!!!」

 エリザベスが叫んだ。




 これ以降、『ティラミス競技』は混迷の時代となる。

 幾多のルール改定がなされ、その内にエリザベスとメアリーは良きライバル同士となり、競技前に大量のティラミスを送り合う仲となった。

 これがバレンタインでの友チョコの起源とされている。

 

 嘘である。

 


       

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