サクラチル
飛鳥休暇
応募してすらいないのに
『ねぇ、木曜日空いたからまた遊びに行こうよ』
そんなハート付きのメッセージが
たまたまスマホで動画を観ていた僕は、驚きつつもすぐさまLINEを開く。
自分の鼓動が耳まで届くほど高鳴っていた。
手汗がじっとりとスマホを湿らせた時、再度朱音からメッセージが届いた。
『ごめん!
可愛いクマが手を合わせて謝っている。
『分かってるよ。大丈夫』
そう、分かっている。君から僕なんかにこんなメッセージが届くはずがない。
僕のメッセージにすぐさま既読のマークが付く。
『ほんとにごめんね。はずかしー。じゃあ、また学校で』
工藤朱音は同じクラスの女の子だ。
誰にでも明るく接する子で、男女問わず好かれる性格。そして何よりルックスが良かった。
初めて彼女を見た時、天界から気まぐれに遊びに来た天使だと思った。
肩甲骨まで伸びた髪はその一本一本が絹のように滑らかで、彼女が歩くたび、振り返るたびに軽やかに舞い、そしてお辞儀をするように元の位置に戻るのだ。
クラスの男子のほとんどが、彼女のそばを通る瞬間に悟られないように大きく深呼吸をしては満足げに笑みを浮かべる。
そんな彼女となんとかお近づきになろうとクラス・学年の垣根を越えて様々な男子(たいていは自分に自信があるような奴ら)が休み時間になるたびに顔を出しては彼女にちょっかいをかけては去っていく。
彼女はそんな男たちにも迷惑そうな顔を見せず、笑顔で軽くいなし続けた。
その対応があまりにも見事なため、周りの女子も
僕はといえばそんな彼女に話しかけることも出来ずに、教室の端からその様子をただ眺めていた。
初めて会話をした日のことを僕は今でも覚えている。
中間テストで日本史の答案が返ってきた時だ。
昔から歴史が好きだった僕は、そのテストで百点を取った。
でも、誰に自慢するわけでもなく教師から受け取ったそれを黙ってカバンにしまおうとした時、たまたま僕の点数を見た朱音が声を掛けてきたのだ。
「え!? 曽根くん百点とかすごくない?」
突然話しかけられた僕は、大げさに身体を揺らしてゆっくりと朱音に顔を向ける。
「れ、歴史だけは得意だから」
目を合わせることも出来ず、かといって胸元を見るわけにもいかず。
僕の目線はうろうろと、机の角と彼女のひざがチラ見えするチェックのスカートの間を行き来した。
「それでも百点はすごいよ!」
そう言って笑った彼女をついに直視することなく、僕は顔が熱くなっていくのを感じながら、机の中心をじっと見つめて固まっていた。
朱音の笑顔は桜の花のようだと思った。
見る人の心に暖かな風をもたらし、見ている側も自然と笑みがこぼれるような。
そんな笑顔を、彼女は惜しげもなく振りまくのだ。
好きだなんていうのもおこがましい。
ただ憧れてしまわずにはいられない、そんな魅力が彼女にはあった。
そんな彼女から届いたLINEの間違いメッセージ。
原因はなんとなく分かる。
昨日、学校祭の準備の担当を代わって欲しいと朱音からメッセージが届いたのだ。
『ごめん、曽根くん。木曜日、私が担当だったんだけど変わってもらえないかな?』
『うん。いいよ』
たったその五文字を打つだけで、僕の指は震え、手汗が止まらなかった。
絵文字をつけるかどうかを五分近く悩んだあげく、キモいと思われるのが嫌で結局そのまま送信した。
『ありがとう』
返ってきたマシュマロみたいな白熊のスタンプを、僕は何度も何度も繰り返し眺めては、彼女の顔を思い出し笑みをこぼした。
そうして来たのが今日のメッセージだった。
――『ねぇ、木曜日空いたからまた遊びに行こうよ』
そうか、彼女は誰かと会うために木曜日の担当を代わって欲しかったのか。
「また」というのは以前から何度も会うような仲の人間なのか。
文面からして男に送ったメッセージなのだろう。
言いようのない胸の痛みがじわじわと広がってくる。
別に君と付き合えるだなんて思っちゃいない。
釣り合うとか以前の問題だ。
それでも。
知りたくなかった。
君がどこかの誰かのものだなんて。
予定を開けてまで会いたい人がいるだなんて。
ふとスマホに目を落とすと「このメッセージは送信者により削除されました」と書かれていた。
――あぁ、そうか。
君は間違えて送った親しげなメッセージすら。
僕の手元には残してくれないのか。
サクラチル 飛鳥休暇 @asuka-kyuka
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