運動部やめて文化部入ったらそこの先輩が狂っていた件について

哲学徒

第1話 炭と異臭と大掃除

 この世で一番の不幸は、好きなものを汚されること。二番目の不幸は、嫌いなものを強制されること。


 小雪の降る頃、私は部活をやめた。体育館の床とシューズの底がキュッキュッと鳴る。小気味良く慣れ親しんだ音を背に、私はバスケ部をやめた。顧問との関係がうまくいかない、たったそれだけの重大な理由で。


 この学校には「何か一つの部には所属しておかねばならない」という決まりがある。今から別の運動部に入っても煙たがられるだろうし、中学からバスケ一筋だった私には難しいだろう。だから私は文化部を選んだ。それも、学校一楽そうで、幽霊部員が沢山いそうな文化部に。


 生物室。ここでは、理科部が毎日駄弁ったり生き物の世話をする活動をしているらしい。見学させてもらおうか、いや外から様子を伺おうか。と悩んでいると、少し開いた引き戸から煙が上がるのに気が付いた。焦げ臭い臭いもする。火事か?!私は思い切ってドアを開けた。


 「あ・・・こんにちは」

 女子生徒が教壇に立ち、ガス台で何かアルミの箱を温めているようだ。女子生徒は白衣を着ていて、前髪を目が見えないほどに垂らしている。どこからどうみても変人だ。これが部員なのだろうか。帰ろう。


 私が回れ右しようとすると、後ろから思いっきり抱きしめられ「新入部員?!新入部員なの!!!!!!!!!!」と耳元で叫ばれる。耳がキーンと鳴る。


「新入部員ではありません!見学です!」嘘をつこうかと思ったが、嘘を考える暇もなかった。


「本当?名前は?」


「小天使レイコです」


「は?」


「えんじぇるれいこです。本名です。」


「そっか、えー、どういう漢字?書いてもらっていい?」女は紙と5色ボールペンを出した。


「いいですよ。名前は・・・」

 サラサラと書いて行く。ふと上に目線を移すと「入部届」と書いてあった。


「入部しません!!!!!!!!」


 私はその場で入部届をビリビリに破った。


「ああ入部届が!でもあと100枚はあるから余裕だよ!」女はもう一枚突き出した。


「ふんぬうううううう!!!!!」私はニ枚目も破り捨てた。


「ああ!でもあと99部はあるから」


「ふんぬうううううう!!!!!」私は三枚目を破り怒り狂った。


_______________________



「ハアハアハア」


「ま、まさか100部破るとは・・・運動部恐るべし」


「休日も盆も正月もなく走りまくった運動部を舐めないでください」


 勝ち誇った顔で言ったが、私の足元は紙屑の山ができていた。


「うーん、素晴らしい。そのポテンシャルがあれば、準備に手間取る実験や結構体力がいる天体観測も可能だろう・・・」


「だから入りませんって」


 私は近くの椅子をなんとか引っ張って、へたり込んだ。


 そこへいきなりバン!と、引き戸が開かれた。

「火事か!?」

 教頭だ。職員室では異臭騒ぎが発生していたらしい。そういえばなんとなく、周りが白っぽい。煙だろうか。

「火事じゃないです。炭を作っていたんですよ」


 教頭は異常なものを見る目で私たちを見て、「紙屑は片付けておきなさい」と言い捨てるとピシャリとドアを閉めた。


 彼女と目があって、どちらともなくクスクスと笑い、最後には涙が出るほど大爆笑した。ああ、何をやってるんだろうなぁ。


「ねぇ、炭は大丈夫なんですか?」

「ん、そろそろかなぁ」

 ガス台の上の煎餅の缶を開けると、何も入ってなかった。

「え、炭を作ってたんじゃないんですか?」

「一度炭になったけど、加熱しすぎて二酸化炭素になったんじゃない?知らんけど」

「なんですかそれ」

 またクスクスと笑い合う。


「名前はなんて言うんですか?」

「堕天使ミカエル」

「は?」

「ごめんごめん、剛田マルコが私の名前だよ」

「ふーん」


 私は踵を返してドアへ向かった。後ろから刺さるような視線を感じる。

「じゃあ、明日は入部届を準備しておいてくださいね」

 マルコさんが飛び跳ねたのが分かった。

 

 こうして第一日が始まった。その後私は生物の先生に捕まり、マルコ先輩と一緒に仲良く紙屑の掃除をしたのであった。

 


 



 

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運動部やめて文化部入ったらそこの先輩が狂っていた件について 哲学徒 @tetsugakuto

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