【chit-chat】伝説の喋る武器と農具と持ち主達、時々バルドル。 04
「バルドル、変わりはないかい」
「どうもね。相変わらずだよ」
夏の暑い午後だった。
今日もアスタの平原の風は爽やかで、平地にこもった熱気を彼方へと連れ去ってくれる。
シークがアークドラゴンを封印してから約5年。誰もがもう封印は解かれないと思ってしまうには十分な時間だった。
「ボクは何も出来ないけど、シャルナクが台座の掃除をしようって……」
「いつも助かるよ、午前中はチッキーが僕を拭いてくれたんだ」
現れたのはシャルナクとアルジュナだった。シャルナクは軽装で、装備を着ていない。普段はあまりお洒落を気にしない彼女だが、時々ビアンカと一緒に選んだ品の良い服を着てやってくる。
茶色と黒の混ざった髪に、大きな耳。涼し気だが優しい表情、しなやかな尻尾は長く、先端の縞々が美しい。シャルナクはバルドルにヒールを掛け、ニッコリと微笑んだ。
「午前中はビアンカが来ただろう。ゼスタとイヴァンはアスタ村に泊まっているはずだ」
「ゼスタ達はチッキーを連れて夜明けと共に来たよ。ビアンカはその少し後だった。君も一緒に来るのかと」
バルドルの態度はシャルナクの時だけ少し柔らかい。ゼスタやビアンカに対しては、良い意味で気の知れた仲間として接している。イヴァンもチッキーも賑やかなので気を使わない。
だがシャルナクはいつも一歩引いており、どこかシークと似た雰囲気があった。輪の中で騒ぐのではなく、それを優しく見ているようなタイプ。バルドルに対しても気を使って話す。
「わ、わたしは……後から行くと言ったんだ。その、シークは……出て来そうにないのだろうか」
「あまり、変わりはないね」
「そうか……」
シャルナクはガッカリではなく、困ったように封印を見つめる。黒い球体は土埃などで汚れているものの、まったく様子が変わらない。
「あのね、シャルナクは……ムゲン自治区に帰ったら結婚させられちゃうんだ」
「わ、わたしはまだその気はないんだ。だが親が相手をナンとキンパリの若者の中から選ぶと言い出して」
シャルナクはわざとビアンカと時間をずらした。バルドルに誰にも聞かれたくない相談があったからだ。
獣人であっても、皆が皆、伴侶を持ち、子供を授かる訳ではない。独身の者もいる。だがシャルナクは村長の娘であり、村の外に旅立った希望の星だ。
村人の言葉を借りるなら、その期待は雄大なるアルカの峰よりも高い。
ビアンカにも一時期お見合いの話が多かった。身分や地位の高い家柄というものは人生に有利な一方、色々厄介事もある。
「ぼ、ボクは……まだシャルナクと一緒に旅したいし……でも」
アルジュナがもじもじと言葉を紡ぐ。武器にとって、旅ができなくなる事は死活問題だ。ムゲン自治区にいてもモンスター戦は出来る。とはいえ、未知のモンスターとの邂逅はない。
「君は結婚したくないから帰らないのかい」
「そう……ではないんだ。わたしだってそろそろと思っている」
シャルナクはまた封印へと目を向ける。容姿には申し分なく、管理所の手伝いをしていた頃から言い寄る男は多かった。しかし、シャルナクはいつも誘いをキッパリと断る。
シャルナクには誰か心に決めた相手がいる、そう噂が立っているほどだ。その相手が誰なのか、ビアンカでさえも知らないという。
「バルドル、もし知っていたら教えて欲しいんだ。シークの事なんだが」
「どうぞ、主の秘密を僕が喋るのは気が進まないけれど。僕程『刀身が固い』物はないからね」
「ああ、分かっているさ。その、あの……」
シャルナクはとても言い難そうに地面へと視線を落とす。シャルナクは凛として見えるが、実はシャイな所がある。弓の腕前や回復魔法、身体能力に関しては自信がある一方、恋話や容姿への言及にはたじろいでしまう。
「し、シークの好きな人は、誰なのだろうか。バルドルは聞いていないかい」
「シークは僕の事が大好きだけれど、人に限ると分からないね」
「そ、そうか。わたしもアルジュナの事が好きだ。その、わたしは……人に限ると、えっと……」
「シークの事が好きなのかい」
シャルナクの顔が真っ赤になる。シャルナクは恥ずかしそうに俯き、小さく頷いた。
「うん、そんな気はしていたよ」
「わ、わたしは……シーク達と共に村を出た時から心に決めていたんだ、シークを夫にしたいと。だがシークはわたしをどう思っているのか」
「ボクたち、いつも言っていたんだ。他に好きな人がいるのかなって……。でもビアンカはイヴァンと仲良くなったし、ゼスタは恋人がいるし」
「ゼスタは男だよ、アルジュナ。いや、わ、わたしはもしシークが男女を気にしないとしても構わない! わたしが惚れた男だ、どんな覚悟でもするさ」
シャルナクは他人に誰が好きなのかと尋ねられても、決して口を割らなかった。こうして人前……いや、剣前で言うのも初めてだ。
「わたしはビアンカと可愛いを目指してきたのだが、ひょっとしてシークは可愛いのは苦手だろうか。わたしは強そうな見た目を目指すべきか」
「ボクは……強そうなのが好きだけど、人間はどうなんだろう」
「シークが僕の事を大好きだという事を踏まえるとだね。鋭くて、立派で、かっこいい人が良いのでないかと思うね」
バルドルのとんでもない意見は、普段なら笑って聞き流せるもの。しかし、思いつめたシャルナクには危険だ。
「……そうか、確かにシークは装備を着た姿を褒めてくれた。似合うと言ってくれた。シークの好みは勇ましい女性なのかもしれない」
普段、シークへの恋心を打ち明けられる相手はアルジュナだけ。バルドルにも聞いてもらえたことで、シャルナクの思いは加速する。
それどころか暴走を始めてしまったようだ。
「腕もそうだが、足腰もしっかり鍛えなければ。今のわたしでは線が細すぎる、そうだな、ゴウンさんを超える程の体格になれば勇ましさも上がるはずだ」
困り果てた自分を仲間と共に救い、村を脅威から守ってくれた。獣人にムゲンの外の世界を与えてくれ、いつも優しく力強かった。
ゼスタも心強く頼もしい存在だったが、シャルナクはのんびりとしたシークの性格が心地よかった。そんなシークと結ばれるため、シャルナクはとんでもない決意をしてしまう。
「シークが封印から出て来るその時、わたしは勇ましく逞しく、強い女になっていよう!」
シャルナクは立ち上がり、バルドルと封印を交互に見つめる。その眼力はすさまじく、体からは気力も漏れ出している。
「待っていろシーク! わたしは見合いをこれからも断り続ける! シークが見惚れるほどに筋骨隆々とした相応しい女になろう! 必ずや!」
シャルナクが柔らかな白いワンピースをひらりとさせ、力強い表情で駆けていく。
「よっしゃシャルナク、ボアが見えたぜ! テメエの力強さを見せてやれ!」
「ああ、今こそ見せ場だ!」
アルジュナが遥か彼方にモンスターを見つけて豹変し、シャルナクがワンピース姿で思いきり矢を放った。
風を切る鏃の音は、数十メルテ離れたバルドルにも聞こえてくる。
「……あーあ。まったく、似たもの同士とはああいうのを言うんだ。シーク、君はとんでもない人に好かれちゃったね。僕は余計な事を言ってしまったかもしれない」
バルドルの呟きが、遠くのアルジュナの高笑いにかき消される。
しばらくして別のバスター達がやって来た。彼らは満面の笑みで歩くシャルナクとすれ違ったらしい。
「あのワンピースの人、シャルナクさんだよな?」
バルドルはそうだとも言わず、知らんぷりを通すことに決めた。
「リジェネを掛けておくわ。いつか目覚めた時、こんな世界を守るために封印になった訳じゃないって……怒られないようにしないと」
「バスター歴5年で未だミノタウロスから逃げ回る俺達を見たら、そりゃ怒るだろうな」
バスターのパーティーは目を閉じて手を合わせ、そして静かに去っていく。
いつもと変わらない昼下がり。だが今日は少しだけ賑やかで愉快だった。
「気のせいかな、ムズムズするよ」
シークは今日の事を知ったらどんな反応を見せるのか。バルドルはその日を心待ちにしていた。
* * * * * * * * *
ここでいったん物語は終わりとなります!
最後までお付き合いいただき、本当に有難うございました!
作品フォロー、★、感想、♥を付けて下さった皆様、作品に力を与えて下さった事、心から感謝しています。
まだの方!
楽しんでいただけたとしたら、どうか寛大な心で作品フォローと★を下さい!
冒険を頑張ったシーク達の勇姿が、存在が、多くの方に知られずに埋もれていかないようお力をいただければ幸いです。
おかげさまで、シーク達はみなさまの中で冒険を続けることが出来ました。
シークとバルドル、その他の登場人物たちもまだまだ書き足りないので、
忘れた頃に続編がスタートするかもしれません(笑)
また、その時は是非覗きに来て下さい。
他にも作品を書いておりますので、お気に召すようでしたらそちらも宜しくお願いします。
皆様にとって、読書が心を豊かにする手段の1つとなりますように。
願わくば、私の作品がそうありますように。
桜良 壽ノ丞
【Breidablik】魔法使いは、喋る伝説の聖剣を拾って旅に出る……魔術書も買わずに。 桜良 壽ノ丞 @VALON
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