【chit-chat】伝説の喋る武器と農具と持ち主達、時々バルドル。 03




 大草原と言うほど広大でもない草原に、黒い半球状のオブジェが現れて3年と少しが経った。


「宜しく頼みます、バルドル」


「バルドル、また明日ね!」


「どうもね」


 今日も午前中にチッキーとテュールが様子を見に来て、両親が献花の水を換えた。背も伸びて好青年に育ったチッキーは、学校を卒業して畑を継いでいる。先日、村から新しく農地を譲り受けたと嬉しそうに語っていた。


 秋の草原は少しずつ色を変え、枯れた草が絨毯のように山裾まで続いている。あと1カ月もすれば雪も降り始め、きっと……


「バルドル、ちょっと聞いてよ!」


 きっと……


「もう、お使いみたいにちょっと倒してきてとか、ちょっとあの子達に教えてあげてとか! 私はバスターなの、忙しいの!」


 ……。


 昼下がりののんびりとしたひととき、現れたのはビアンカだった。新調した軽鎧は深紅の布に黒いプレート。とても上品な印象を受ける。だがお嬢様なビアンカも、バルドルやゼスタ達の前では「いつもの」ビアンカだった。


「だいたいさ、女なのにって言われるのは昔から嫌だったのよ。それなのに世界で一番強い女戦士だーとかさ、女の子の憧れとかさ! 戦士でよくない? みんなの憧れで良くない? 私誰にも負けてるつもりないし!」


「あたしがついとるけんね、負けるわけがない。女戦士とは聞くけど、男戦士とは言わんねえ。人間の分類はよう分からん」


「あ、ゼスタは後から来るわ。町に入った途端彼女のお出迎え。シャルナクとイヴァンは先週から里帰りよ」


 ビアンカは何やらご立腹のようだ。父親の会社のため、安心安全を示すキャラバンのイメージアップに協力したり、封印に効くものを求めて旅したり、なかなかに忙しい。


 そんな彼女も、ギリングに寄った時は必ずシークの許を訪れる。そして、毎回聞こえているか分からないシークや、聞いているか分からないバルドルに報告や愚痴を言って帰っていく。


「そりゃあ慕われるのは嬉しいわ、後輩が育つのも誇らしい。でも、そんなに特別視しないで欲しいの」


「まあ勲章持ちやし、お嬢は特別な存在やけね。けど気が休まらんよねえ」


「そう、そうなの! お屋敷に帰って自分の部屋に入った時だけ! と言っても、いつまでもお父様とお母様のお世話にはなれないし」


「シャルナクちゃんやらがおりゃあ、そう気安く寄って来んのやけどね」


「私だけなら、お父様の会社の事もあるし無下にはしないって思われるの。もう、シーク早く出て来てよ」


 そう言ってビアンカは鞄から1つの石を取り出した。手のひらにのるような大きさ。それは黒く、光に当てると少し赤くなる。


「分かる? これね、魔石。私ね、やっぱり魔法の力には魔法で対抗するしかないと思うの」


 ビアンカは魔石をバルドルの台座の下に埋め、誰にも気づかれないように周囲を確認する。台座がちゃんと魔石に触れている事を確認し、自慢気に語って見せた。


「魔石は魔法を吸収する、バルドルはその魔石の効果を自由に使う事が出来る。皆からヒールを貰ったら、貰いきれない分を魔石に吸わせておけばいいのよ」


 ビアンカは近くに腰かけ、バルドルを見つめる。


「あなたがやってる事って、多分そういう事よね。原理は分からないけど、ヒールを欲しがるって事は、何か回復魔法が有効だと思ってるからでしょ」


 バルドルの柄には、今もビアンカが取り付けたピアスが輝いている。ビアンカは当初お揃いだからと思っていたが、バルドルの意図が他にあるのではと考えるようになった。


「ねえ、バルドル。聞いてる? ちっとも喋ってくれないんだけど、無視じゃないよね」


「寝とるんかねえ」


 大抵の場合バルドルはあまり喋らないのだが、特に今日はまだ一言も喋っていない。ビアンカは不審に思ってバルドルに声をかけた。


「君が聞いてくれと言ったから聞いていたというのに」


「良かった、聞いてたのね」


「喋ってくれとは言われていないからね」


「……そうね、言葉って難しいわね。会話がしたいの」


 ビアンカは再度魔石を持ってきた事に意味があるのかを尋ねた。バルドルは意味があると言いい、珍しく感謝を述べた。


「封印から1年くらいは毎日多くの人が来てくれたのだけれど。今はチッキーが毎日来てくれるくらいだ」


「段々、そうなってくるものよね。ヒールやケアを掛けてくれるバスターも随分減ったんだわ」


「そうなんだ。だからとても困っていたんだよ、どうもね」


「お役に立てて良かったわ。私も早くシークに会いたいから」


 魔法には魔法という事で、大勢の魔法使いと共に数時間魔法攻撃を喰らわせたことがあった。当然、効果はなし。しかしビアンカはそれで諦めなかった。魔法障壁を突破できるものは何かをずっと調べてきた。


「私、多分だけどバルドルが試したい事に気付いたの。答え合わせいいかしら」


「気は進まないけれど、きっと君は勝手に喋る」


「ふふっ、よく分かってるじゃない。私が魔法使いの知り合いに検証をお願いした時、1つだけ魔法障壁の中に魔法が貫通する手段があったの」


「魔法障壁を貫通?」


「魔石の成分が含まれている杖! それを魔法障壁の真ん中に置いたの。そうすると、魔法障壁の外側から内側にヒールが届いた」


「問題は、その杖が魔法障壁の中と外を繋ぐように置かれとった事やね。今ここに魔石を置いても、障壁の中に魔法は送り込めん。それも確認した」


 ビアンカは悔しそうにため息をつき、そこまで分かったのにどうしようもないと呟く。バルドルはそんなビアンカを気に掛けたのか、自分の考えを明かした。


「やり方は言えないけれど、僕にくれた魔石のピアス、シークの魔石のピアス、その2つはテュールの欠片なんだ」


「ええ、それは分かってる。いつ見ても綺麗よね」


「テュールから切り離されたけれど、確かにこれもテュールなんだ」


「って事は、中と外を繋いでいるって事?」


「その可能性があるという事だね」


 ビアンカは驚いた後、嬉しそうに立ち上がり、その場でくるりと一回転した。


「じゃあ、ヒールが届いているって事ね! でもシークが回復しても、封印はそのままよね。封印を解除できる魔法を見つけなくちゃ」


 ビアンカは嬉しそうに微笑み、バルドルにまたギリングに寄れた時に報告に来ると伝えた。


「シャルナクとイヴァンとは、今も一緒に旅をしているのかい」


「ええ、別行動も多くなったけどね。私も一緒にムゲン自治区に行きたかったけど、イヴァンのご両親が気を遣うの。……いや、使ってないわね、是非ともイヴァンの嫁にって泣きつかれるから」


「あたしはてっきりシャルナクちゃんとイヴァンちゃんが夫婦になるち思っとったけどねえ」


「私も。シャルナクったら、好きな人の事教えてくれないんだもん」


「イヴァンちゃんが、もうそりゃあ頑張っとると。お嬢が認める男になるっち言うてねえ」


 イヴァンも随分と好青年に育った。魔王教徒から救出した時にはヒョロヒョロで弱々しかったが、アレスを使い随分成長した。今では獣人から生まれたバスターとして、各地で歓迎される存在だ。


「それで、君はどうするんだい」


「あーもう駄目駄目! 私の恋話なんていいの! 思い出しただけでイヴァンの事何から何まで可愛く見えちゃう」


「健気なやけんねえ、何してもお嬢の事を好いとるっちすぐ分かるばい」


「だって、今時『山を越えて花を摘んで来ました、ビアンカさんにあげたいと思ったから』なんて言ってくれる子いる? ……じゃあね! みんなには内緒よ!」


 ビアンカはその場を去りながら釘を刺した。バルドルはそんな背中を見送りながら呟く。


「シャルナクの好きな人の事を知ったら、きっと驚くんだろうね」


 バルドルは覆いのシートが痛んで剥き出しになった封印の中を見つめる。


「そういえば、僕はシークが好きな人が誰なのか聞いていない」


 バルドルは少し考え、自信満々で呟いた。


「まあ誰かなんて関係ない。シークには『愛人』も恋人もいない。そして僕は『愛剣』だ。つまり現状僕がシークに一番好かれていることになる。……シーク、そうだと言って欲しいんだ。早く出て来ておくれ、君と話がしたいよ」

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