第5話 親友の居ない日
「はぐらかされた??」
「うん…まぁ考えてみたら当然なんだけどね」
あの後、親友の家を訪ねた私は、お母さんと出会っていた。
「あら、青山ちゃん久しぶりー。元気してた??」
「お久しぶりです。まこちゃん今居ますか?」
「あー…ごめんね青山ちゃん。今うちの子は疲れちゃって寝てるのよ」
「暫く安静にする様に言われていてね…また一週間後にきてくれないかしら??」
「そう…ですか」
「一週間??我慢出来るんですか??」
「物言いが酷くない??」
部室に集まった私達は今日も親友の事で持ちきりだった。今日も、と言っても昨日からなのだが。
焼咲さんはジト目でこちらを見てくる。私何かしただろうか。記憶を探してみてもさっぱり思いつかない。…正気を失った事が原因かな。
「待てと言われた以上待つしかないでしょ…寂しいけど」
ため息をつかれ、呆れられている。
「青山さんって」
「……何?]
「裏表が激しい、ですよね」
「えっそんなに?」
「自覚ないんですか」
「きっと、そこが、皆を惹きつけるんでしょうね。羨ましいです」
「う、羨ましいって、大した事はないよ。私はただ、風香ちゃん達の為に動いてるだけで」
「そういう所ですよ、変に理性があるというか」
「壊れてる癖にブレーキを踏もうとするというか」
「ちょっと意地悪な人が子猫を助けたら称賛されるように、認められている。」
「きっといつか、恨まれますよ」
冷たく言い放った。そのまま帰ろうとする焼咲さん。
「そんな風に言わなくてもいいじゃん…」
私が反撃しようとしたその時、教室のドアが乱暴に開けられた。
「三河先輩!?三河先輩はいますか!?」
「うわぁ、びっくりした。青山さん誰かわかりますか?もしかしてまた知り合いですか。交友関係が広いですね」
「今日の焼咲さんは一言多いんだよ!!もう!酷いよ」
それはそれとして、喧嘩したまま放置してしまうのも可哀想なので、再び派手に入室してきた彼女の名前を探る。
「えっと…確か、三河先輩を応援したがっている図書委員の」
「双葉!双葉百合です!!三河先輩が最近ここに入り浸っていると聞いて駆けつけてきました!!」
「いやいや、駆けつけたって別に望まれているとはおm」
むぎゅう。焼咲さんに口を塞がれる。
「青山さん!!青山さんそういうところですよ!!」
「まぁ言わんとすることは分かります。でも、それでも私は三河先輩の!三河雪音先輩の力になりたいんです」
あれ、もしかしなくてもこの子ってめんどくさい人?と焼咲さんに目配せをする。いやいや、貴方も大概ですよ、自重して下さいと言われてる気がした。
「それで?私にどうしろって?」
軽く笑いながら、私は続ける。
「先に言っとくけど、嫉妬とかは勘弁してくれよ」
「どうしたもこうしたもないですよ!!青山さん!!聞きましたよ、親友が居なくなったらしいじゃないですか。」
「……そうだけど」
自分の顔から色がなくなるのを感じる。真っ白か、真っ黒かは分からないけど。きっと怖がらせてしまう顔だろうな。
「雪音先輩がいつも貴方の話を生徒会に持ち込むんですよ。一日だけならともかく、ほぼ毎日ですよ!!流石に酷い話だと思いませんか!?もっと、本や私達一年の図書委員活動の成果を見てもらいたいのに!!」
「へぇ、そうなんだ」
「そうなんですよ」
「で??ぶっちゃけ私は生徒会なんて入る気がないしどうでもいいんだけど」
うん、心からどうでもいい。
「そ、その言い方はあんまりじゃないですか!?いつも生徒会の皆は心配してるんですよ!?酷い、酷すぎる!!あんまりですよ、青山さん!!」
「だって本当に興味がないんですもの。仕方ないじゃない」
「さっきから聞いてみれば……青山さん!!今日は特に不機嫌だからって暴れる言い訳にはないんですよ!!」
堪忍袋の緒が切れたのか焼咲さんに押し倒される。地面に勢いよく叩きつけられる。
「痛ったぁ!!何するんだよ!?」
「いい加減にしてよ!!私達は貴方のストレス発散道具じゃない。」
パン!
「ふぇ??」
何が起きた??頬が痛い。痺れるかのように痛い。もしかして、私は今ビンタされたのか??
「へぇ、そんな顔もするんだ。」
「何を!!」
私も手を伸ばすも体格差から届かない往復ビンタを食らってしまう。
もう何度めかも分からない程食らった私の顔は赤く、充血していた。
痛みながらも自由となった体をふらりと起こす。つい先ほどまで口論していた双葉さんは怯えて縮こまっている。まぁ当たり前か。
「えっと、青山さん大丈夫ですか??」
「大丈夫これくらいかすり傷だよ」
「そうだよ、双葉さん。好き勝手生きてきた彼女にはこれくらいの報復はあって当然だよ」
あ、やっぱりまだビンタし足りないんだ。そんなに、、私が考えている以上に、私は、嫌われているのだろうか。ちょっと、周りを省みずに生きてきた自分の自業自得なのだが、心が寒くなってしまう。冷たいナイフで刺されたような、水面から頭を上げようとしたら頭を押し付けられたような。バンジージャンプの命綱を途中で切られたかのような…。
「そ、そうですか」
申し訳なさそうに焼咲さんは話す。
「なんかごめんね??折角来てくれたのに喧嘩風景を見せちゃった。ほら、青山さんも謝りなよー?ね??」
「ごめん、気にしないでほしい」
またあとからビンタされる気がする。鋭い痛みはごめんだ。次はさっさと逃げよう。
「…話戻りますけど」
「うん、何」
「生徒会は青山さん達をいつも心配していました。だから如何に心配してきたかその名言集をお見せしましょう!!」
「「はい??名言集??」」
「これはですね、私が極秘で作成していたまとめノートなんです。どんな活動をしてきたのか、どんな話をしていたのか、私が知りえる限り全部載ってますよ!!」
「これもまた三河先輩のため??」
「当然でしょう!!」
「青山さんもだけど、愛の力ってどんな事もやり遂げちゃうんだね」
感心か、はたまたドン引きか。自分でも理解しがたい心のままノートをめくる。そこには確かに、私達を話題に出し、常に心配している話が頻繁に出ていた。
「ねぇねぇ、私も見ていい?」
「当然ですよ焼咲さん!!もう二人とも友達ですからね!!」
私が、友達?【私には親友が居れば構わない】だから、どうでもいい事なんだけど。興味はなかったんだけど。今は親友が居ないから、私は世界に取り残され一人だから、友達も、悪くない…かな。
「友達、か」
「……青山さん?」
双葉さんがこちらを見てくる。私はさらっとかわす。
「なんでもない。」
「確かに双葉さんの言う通り、私たちの事を気遣ってくれてたみたいだね。」
「そうでしょうそうでしょう!生徒会に入る気になりましたか??」
そんな勢いよく言われても。
「いや別に」
「そこは感動しました!!生徒会入ります!!ってなる所でしょう!?」
この人は本当に、お椀に投げられ転がされるサイコロの様に顔色が鮮やかに彩られる。この人のクラスメイト達は面白くて、さぞ人生楽しいんだろうな。
「結局なんで三河先輩が青山さんを気にかけているのか納得できなかったよ、もう。喧嘩を見せられただけじゃん」
「本人の前で言う?私だって聞きたいよ。なんで気遣ってくれるのかって」
双葉さんもお手上げの様だ。ここまで熱心なのに分からないって…。
「喧嘩は、ごめんなさい。怒りや嫉妬が爆発して衝動的に動いてしまいました…忘れて欲しいです」と焼咲さんが言う。もしかしなくても、私のせいにされてる?。
「それじゃ、そろそろ生徒会にもどるね!!濃ゆい時間をありがとう!!もしその気になったら生徒会に是非加入して下さい!!それじゃ、ばいばーい!!」
またもド派手にドアを閉め、彼女は去っていった。
「双葉さん、嵐のような人だったね…」
「うん、駆橋先輩に似てた。」
私達の間に緊張が走る。ついさっきまで、もみくちゃになりながら大喧嘩していたんだ。気まずいに決まっている。
「………ごめん」
先に謝ったのは私からだ。
「焼咲さんの言う通り、周りに当たり散らしてたと思う。迷惑をかけてごめんなさい」
頭を深々と下げる。私は親友以外のことへの興味関心が薄い。しかし、【だからといって人を傷つけまわるの何か違う気がする】と理性が、心の一片が話してきた。ビンタでその心に気づけた。痛みからか頭から親友が少し抜け、落ち着いたように思う。どうすればいいか悩んだ末の謝罪だった。
「……分かってくれれば」
「少しでも、私達を気遣ってくれるなら、それでいいんですよ」
「青山さんは、暴走気味だけれど、良い人ですから。これからも何か暴走していたらビンタして止めますので。安心して下さい。」
「怖くて安心できないなぁ!!」
暫しの談笑。ひとまずは、私は、落ち着くことが出来た。
「ただいまー」
「あらおかえり、朝見たときよりも元気そうじゃない安心したわ」
母さんに笑われる。私は、元気なのか。
「ご飯の前にお風呂に入るね。先にご飯食べてて。」
「はいはい、疲れを取りなさいよ。まだ月曜日なんだから」
月曜日?まだ?そんな。親友が登校再開するまであと六日もあるのか。その場にへたり込む。今日のことを思い出してか、あまりにも先の長い話だ。雫が地面を濡らす。
「私、耐えられるかな?今日みたいに自分勝手にならないかな?」
不安で、怖くて、分からなくて、重くて。
心細くて。
親友。
私は、とある教室の中に立っていた。何故か懐かしい匂いがする。外を見てみると、見た事のあるグラウンドと街並みが見えた。ここは間違いない。
「小学6年生の時の教室だ」
私は中学生になってから小学校に見学する気はさらさらなかった。親友がいない地元の小学校に居ても意味ないし、時間を取りたくなかったからだ。
という事は
「これは、夢の中なのか??」
暫く黒板を見ていると、
ごとん
と何かが落ちる事がした。改めて教室を見渡してみると窓際の机の上に花瓶が乗せられている。中には白花が生けられて居た。花が乗せられた、その机は
「っっっ!!ふざけないでよ!!」
私は怒りのまま花瓶を机の上から払い落とした。床に落ち、がちゃんと大きな音を立てて割れる。花が床に叩き落とされるが気にしない。むしろ枯れてしまえ。憎悪を抱いたまま、私は花瓶を、花を足で押しつぶした。
花が置かれていた机は樹崎風香の、親友の机の上だった。教室の机の上に花が置かれるなんて、まるで、誰かが亡くなった様な情景で。親友の存在が否定されているかの様じゃないか。私ならともかく、親友の価値を否定する夢なんて見たくもない。そんな花瓶なんて壊れて当然だ。
はぁ、はぁと息を乱しながら改めて前を向く。いつ誰が書いたのか分からないが、黒板には白チョークで文字が書かれていた。
「貴方が大切にしているのは誰??」
愚問だな。私が大切にしている人はこの世でただ一人だ。私は白チョークを握り、怒りに任せたまま樹崎風香の、親友の名前を書いた。黒板消しが勝手に動き、白文字を消していく。ここは夢の中なのだ。多少の不思議は当たり前だろう。
再び、黒板に文字が書かれる。
「貴方の事を想ってくれてるのは誰??」
これまた愚問だ。これも、当然。親友だけだ。私には、親友しか居ない。それで構わない。親友さえいれば、この世界に孤独だろうと。私は生きていける。親友こそ、私の全てだ。私は迷いなく樹崎風香と再び黒板に書く。と、次の瞬間
「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う 」
お黒板に赤チョークで書かれ出した。乱雑に、不規則に、黒板が赤に染まっていく。恐怖のあまり黒板から目を逸らし、窓を見ると、窓の外も赤チョークで「違う違う違う違う違う違う」と迫ってきていた。
「なんなの……これ……違うって何が……??」
窓の外も黒板も見たくない。目を下に向ける。しかし、床にも「違う違う違う違う」と文字が描かれていた。後ろを向いても文字が浮かび上がり、天井を向いても、机を見ても赤文字が書かれている。何だよ、これ。最近の私は悪夢を見すぎる。疲れているのか、狂ってしまったのだろうか。何も見たくない。目を閉じる。暗闇に逃げ込む。蹲り、体育座りになり、私は彼女の名前を繰り返し呼んでいた。
「助けて、親友…」
「う…むぅん」
今日は火曜日。
私はずんぐりとベッドの上で目を覚ました。枕はやっぱり濡れている。今日もまた親友の居ない一日が始まると思うと憂鬱で仕方なかった。
「真、朝ごはんできてるわよ、今日は早めに学校行かなくていいの??」
「ごめん、おなかすいてないからご飯要らない。」
「な、何言ってるのよ!!ちゃちゃっと食べちゃいなさい!!」
「……だから、無理なんだって、もう無理」
「何かあった?心配だからせめてお弁当の量を増やしておくわね。おにぎりも入れるわ」
優しく頭の冴えたお母さんで助かった。今日は夢の影響か、辛くて辛くて…動きたくない。
親友が戻ってくるまであと六日。私は朝の撮影部の活動を休み、直前まで悩み苦しみ、覚悟を決め遅く登校した。
休むことも考えた。切実に考えた。けれど、
【一人で抱え込むな】
【生徒会の皆も心配してるんですよ!!】
【勿論です!!二人とも友達ですから!!】
布団で丸まってる中、その言葉が反響した。優しくリピートされていた。結局、双葉さんや焼咲さんに迷惑をかけない為に足を学校に向けた。
「おはよう、青ちゃん!今日は遅かったんだね。体調は悪くない」と焼咲さんは現れた。体調は悪いがそれはどうでもいい。
「青ちゃん?私の事??」
突然話題を振られて動揺する。
「そうだよ?可愛くない??」
「確かに可愛いかもだけど。好きに呼んでもらって構わないよ。」
「ありがとー」あだ名なんて親友以外に付けられたのは初めてだ。少し、少しだけ、嬉しい。
「そういえばさ、樹崎さんがくるまで撮影部活動ってどうする??」焼咲さんが言う
「どうするって…焼咲さんに任せるよ」親友が居ないのに活動してもねぇ。
「いや私も青ちゃんに任せようと思ってた。」
どうでもいいと特に考えてはいなかったな。
「青ちゃんは、どうしたい??」
「そりゃ私は」
さっさと帰りたいよ。親友が居ないなら別に、もういい。
「違う。そうじゃなくて」
私の回答が読めたのだろうか。また、顔色が悪くなっていたのか?そんなに分かりやすいかなと思考してる間もなく。
焼咲さんは畳みかけてくる。言葉の濁流を流し込んでくる。
「……樹崎ちゃん以外で、どうしたい??」
親友のいない世界で、私一人の世界でしたいこと。【そんなのないよ。】だって親友が居ないと意味ないもの。そんな世界になんて一秒も居たくない。私だけの世界に、人生に、物語に価値はない。
それでも、私は居なければならない。親友とはまだまだ会えない。身が裂けてしまいそうだ。一人きりでいなくちゃいけない。そんなの辛すぎる。【あの夢】の様に心が壊れてしまいそう。欲求なんてないのに、焼咲さんの眼光は今か今かと答えを待っている。部外者が私一人の世界を見透かしてくる。嫌だ、怖い、見ないで。
「………もう」
突如頬をつねられた。凍結する頭脳。雷が落ちたかのような衝撃に見舞われた。
「ひゃ、なに!?」
「樹崎さんのこと考えてた??眼が真っ黒に染まってたよ」焼咲さんに軽く笑われる。
「だって……仕方ないじゃん……辛いんだよ」
「だからって考えこんじゃだめだよ、ないものはないんだから。次に思いつめたらビンタするからね!!」
焼咲さんが外で堂々と宣言してきた。誤解を生むでしょうが。
「ビンタも怖いんだけど」
「よし、それじゃもう一回聞くね。今日樹崎さん以外でなにがしたい??撮影部の活動はお休みする??」
また考える。思い返す。私は何がしたかったのか。何が好きだったのか。考える。
「わ、私は」
「うんうん」
「活動をお休みして、三河先輩や大羽先生に会いたいです」
「お、今日は二人揃ってきたんだね。珍しいなぁ」
三河先輩がけだるく言う。
「あ、青山さん焼崎さん、仲直りしたんですか??」
双葉さんも丁度揃っていた。大体いつものメンバーだ。
私達は昼休みを使い、三河先輩のいる図書室に来ていた。あぁ、やっぱり図書室は落ち着く。最近は撮影の為に休み時間を返上して走り回っていたから尚更本の匂いが身に染みる。
「仲直りはもう済ませたよ!ねぇ青ちゃん」
焼咲さんに肩を組まれる。距離感おかしくないか。私は言う。
「うん、ちょっと色々あったけど」
「二人で喧嘩したの?最近大変そうだね青谷さん…」
同情を向ける双葉さん。多分貴方が思っているよりも闇が深いよ。私は気遣う。
「い、いえ大丈夫ですよ。気になさらないで下さい」
「まーた、一人で抱え込もうとする…」
あちゃーという顔を見せる三河先輩。私は見逃さなかった。そんな先輩を見て高揚する双葉さんの姿を。この人は心の底から彼女が好きなんだな。
「青山さん、身体の痛みはありませんか?」
「いや特にないよ。双葉さん、心配してくれてありがとうね」
「当然ですよ、友達なんですから。三河先輩もそう思いますよね!?」
この子はすぐにどや顔するな。双葉さんも人生楽しそうだ。
「勿論だよ!青山さんのいい所は粗方知ってるからね!!何度相談に乗った事か!」
「青ちゃん…何回三河先輩に相談したの…??」
焼咲さんが疑問を投げかけてくる。いや、残念ながら、私も
「特に覚えてないかな…」
「そんなに二人はラブラブだったんですか!?青山さんずるいですよ!!三河先輩を返してください!」
「僕は双葉さんの物じゃないし、青山さんの物でもないよ!?」
鋭いツッコミをこなす三河先輩。この人達は面白くて仕方ない。
「もう、そんなに相談し合う関係だったなんて…これからは青ちゃんも三河先輩に依存しすぎず周りの人に相談していってね??」
焼咲さんが鋭く言う。双葉さんも重ねて言った。
「焼咲さんのその通りですよ!!無茶はしちゃいけませんからね!生徒会全員で応援していますから!!」
腕を突き出される。
「うん?何これ?」
「青山さん!握手だよ握手!!双葉さんと握手してあげて!!」
私は三河先輩に言われるがまま握手をする。双葉さんは光り輝く笑顔を見せていた。駆橋未来を思い出すな。あの人の事も尊敬しているのだろうか。きっと双葉さんは生徒会全員と仲が良くて相談し合う関係なのだろう。
「よし、次は僕だね!青山さん握手しよう!!」
「そんなぐいぐい来ると怖いんだけど!?」
「ほら握手!握手!!握手!!!」
「焼咲さんも謎のコールしないで!?」
恥ずかしがりながらも私は、三河先輩と握手した。がっちりと強く握られる。今思うと、三河先輩にも何度もお世話になった。何度も何度も相談に乗ってもらった。時には当たり散らした事もある。それなのに、この人はここまで仲良くしてくれている。生徒会には聖人ばかりなのだろうか。
「それじゃ、最後は焼咲さんだね。」
私はさらっと言いのける。後は彼女だけだ。
「えぇ!?ちょっと恥ずかしいよ。」
何を今更。ビンタをされる関係なんだ。握るくらいなんて事はないだろう。
「焼咲さん覚悟を決めて下さい!きっと青山さんは仲良くしたいから握手したがってるんですよ!!」
お、そうだね。これからの事を考えて仲良くしたいんだ。
「そうだよ。早く握手しよ」
今ここで握手しないと後々まずい事になる気がする。だからこそ、焼咲さんとも握手がしたかった。
「ちょっとちょっとだけですよ…??」
私はここぞとばかりに強く、強く彼女の手を握る。握手する。ビンタのお返しだ。
「痛い痛い痛い痛い!!青ちゃん??」
「ほらほら、私の手も強く握って下さい。指が折れてしまいますよ??」
「もうー!!青ちゃん!!望む所だよ!!」
突如始まる握手サドンデス。昼休みの図書室の中、私達の遊びは昼休みが終わるまで続いた。
「で、俺の元に来たというわけだな」
「「そうです。」」
「…説教される可能性は考慮してなかった様だな。」
「「はい」」
放課後に大羽先生に会いに来た私達は今、正座させられている。何も悪い事はしていない筈なのに、怒る準備は万全だった様だ。そもそも、放課後は大羽先生は部活動巡りで忙しい筈。わざわざ時間を取ってくれるという事は…それなりに厳しい事を言われると言う事だ。説教の覚悟を済ませておけば良かった…。
「だって…何も悪い事はしてないじゃないですか…」
恐る恐る焼咲さんが反論する。
「ねぇ…青ちゃんもそう思うよね…??」
そんな縋る様な目で目線を出さないでくれ。
「うん、…そう……だね…」
小動物の様な目で見つめられたらもう肯定するしかないじゃないか。
「本当に、覚えがないのか…??」
般若面のまま優しい声で詰め寄ってくる先生。あぁ、これはもうだめだ。まだ親友に会えてないのにもう私の人生は終わってしまうのだろうか。別の意味で怖い。
「はぁ…仕方ない…ゆっくり言い聞かせていくからな、覚悟しろ」
「青山」
鋭い眼光でこちらを見てくる。
「は、はぁい!!!」
「俺は何度も言ったよな??一人で抱え込むなと。」
「うっっ」
「友達に相談しろとも言ったな」
「そうです……」
ばつが悪そうな顔をしながら続ける。
「今の青山に求めすぎるのも不味いと思いはするんだが…」
「無理だけはするな、青山。存在は既に周知されているんだぞ。倒れられたら困る。」
「ちょっと待って下さい。前から疑問だったんですけど何で私はそこまで色々な人に知られてるんですか??」
「青ちゃん…それはね」
二人揃って気まずそうな顔をする。どうしてだろう?
「理由は二つある。まず青山と樹崎は走り屋である駆橋を撮影しようともがいていた。その姿を教師達の間で評価されたんだ。何かしらの式典で褒め称えようとの提案も出される程な」
「そ、そんなに目立ってたんですか!?」
「そりゃ目立つよ青ちゃん…。撮影部だって二人の協力で復活させたんでしょ??誰だって注目するさ」
確かに、そうだけど…。私達は自分の欲求に従って動いただけだ。偉業を成したわけではないと思う。
「二つ目は、二人の精神が異常だったからだ」
「精神が…異常??」
大羽先生は続ける。
「青山、お前は樹崎の事になると豹変するな??けれど、普段は迷惑をかけない様にと、ある程度理性のある有能な一面を見せる。今迄もその様な生徒は山程見てきたが…ただ発狂するだけでなく一人で単体活動可能な程理性的である生徒は見た事がない。」
「お、大羽先生。言い方ってものがあるんじゃないですか!?ねぇ青ちゃん!嫌だよね??」
またも縋る目で見てくる。だから、私に助けを求められても仕方ないんだが。それに、今は私の話をしているんだ。本人が傷付いてないのに擁護されても困る。なんて、言えるはずもなく。
「精神が異常…そうなんですね…私は異常だったんだ…」
衝撃を受けつつも、内心納得していた。周囲の反応が何故おかしかったのかやっと理解できたからだ。皆はただ私に好意を持ってるだけではない。
私のブレーキ役として揃いも揃って落ち着かせようとしていたのだ。生徒会も私の異常性に気付いて対策を取ろうとしていたのだ。私は、腫れ物の様に扱われていたんだ。そんな…ただの友人じゃなかったんだ。
【二人は友達っすから!】
【本当、青山さんのそういう所好きだよ】
いや、違う。間違いなく、少なくともあの二人は、昼休みに出会った二人は。異常性なんて関係なく私を友人だと言ってくれた。ただ、腫れ物扱いされてるだけではない。私と向き合おうとしてくれる人だって居るんだ。私は、私は。
「…青山?何を考え込んでいるんだ」
「あー、大羽先生、ちょっと待って下さい」
「…えい!!」
パァン!!!
「焼咲!?何をしている!?」
「いっったぁ!!焼咲さんいきなり何を」
「ごめんごめん、また樹崎さんのこと考えてるのかなって。違ったみたいだね」
顔がヒリヒリする。毎回全力投球をしてくるもんだから困る。顔にあざが残らなければ良いんだけど。
「焼咲。もしかしなくても、普段からビンタをする関係なのか??」
困惑しきった顔をする大羽先生。
「いや、今日の朝からです。」
「そっそうか…とにかく、青山。自らの異常性を理解できたか??」
「まぁ…何となく…理解できました。」
まだピンとは来てないけれど、自分が異常だと理解しておけば何かしらの面倒ごとを、問題を起こさない様になる…と思う。それが知れただけでも私達は、大羽先生に会いに来て正解だった。
「何となくって。青ちゃん、まだ足りないみたいだね」
そんなじりじりこっち来ないでよ焼咲さん。
「またビンタは勘弁してくれよ!!力強いから毎回痛いんだよ!?」
「大丈夫大丈夫、指先一本だけだから、ちょっとだけだから」
「それってビンタとは言わなくない!?」
安心した顔で大羽先生は言う。
「なんか…よく分からんが、仲良さそうで安心するな。焼咲、今後も何かしら暴走した時に止めてやってくれ」
「勿論です!!」
敬礼をしながら元気に返事をする焼咲さん。ビンタ係として活動を張り切る様だ。嬉しい様な、悲しい様な。
「青山」
「は、はい!!」
「…長々と、すまなかったな」
「い、いえこちらこそわざわざ時間を取って頂きありがとうございました!!」
「いやー、今日楽しかったねぇ」
夕日がさす中、私達は普段より早く下校していた。二人だけで撮影部活動をしてもあまり楽しくないからだ。精神的にも辛いからだ。
「大羽先生も、三河先輩達も優しかったよね」
「そうだね、焼咲さん。皆優しいんだよ」
気付いてなかったかも知れないけど。と付け加える。私は親友以外に関心が薄かったから改めて伝えられると、何だろう。恥ずかしい。
「それが、腫れ物を扱ってるだけなのか、友人と思ってるだけなのかはまだ判別しきれてないけど。」
「……うん」
昼休みを振り返る。私の今迄の行動を許してくれる三河先輩。相変わらず面白い双葉さん。そして今日ずっとそばにいてくれた。焼咲さん。
「三河先輩達や焼咲さん、生徒会の皆、私に今迄だいぶ優しくしてくれた人達は友人だと思ってくれてると信じてるよ」
「ふふ、怖い事言い出すのかと身構えちゃったじゃん!それって全員って事でしょ!?」
「まぁ、うん。皆ずっと優しくしてくれたから。怯えられても仕方ないのに」
「かー!!デレちゃってるねぇ!!私嬉しくて嬉しくて仕方ないよぉ!」
背中をばんばん叩いて嬉しさを表現してくる。ちょっと痛い。
「青ちゃんは怖いだけじゃないもんねー。普段が有能で可愛い所も沢山あるから、人が集まるんだよ。」
ニコニコしながら話してくる。というか、
「可愛い?私が可愛いの??」
「可愛いよ!!撮影部の為に、いつも走り回って」「一人きりでも文句を言わなくて生徒会の前でも怯えず普段の調子で会話してさ」
「挨拶や礼儀もこまめにこなして。何より撮影部を復活させたじゃん!可愛いに決まってるよ!!」
「そ、そんなに褒められると照れるよ」
「本当、樹崎さんだけしか見えてないから自覚ないかもだけど、色々な人に好かれてるんだよ、青ちゃんは」
「…うん、やっぱりちょっぴり羨ましいかなぁ。」
暗い顔を見せる焼咲さん。そういえばあの時も、暗くなっていた。私のせいだ。
「焼咲さん…傷つけてごめん」
「ふふ、そういうとこだよ。本当に、青ちゃんは樹崎さんだけしか見えてないからなぁ。ここまで盲目に樹崎さんだけしか見えてないなんて、本人が知ったら飛び跳ねそうだね」
「いや、樹崎さんがそこまで喜ぶとは思わないよ。樹崎さんはあまり私の事見てないから」
「え」
二人揃って足が止まる
「えぇ!?あそこまでラブラブなのになんでそんな事言うの!?無自覚!?嘘でしょ」
飛び上がりそうになるほど驚く焼咲さん。
「うん?」
「青ちゃん、もしかしなくても誰も彼も盲目に見ちゃってたりする??」
「誰も彼もって…私は私の考えで物事を捉えて、正確に測ってるつもりだよ」
うん、私の世界は親友が真ん中だけれど、他の人も存在が薄いながらも、見ているつもりだ。
「うーん…青ちゃんは、もっと人を観察する力を身につけるべきなんじゃないかなぁ。どうせ、私がいくらビンタした所で頭の片隅には樹崎さんが居るんでしょ??」
「うっっ……別に、その、ビンタされたらそれなりに遠くに抜けてはいくんだよ??そりゃ…まぁ…片隅には居ちゃうけど…」
ごめん焼咲さん。どれだけビンタされても親友の存在は私から消せないみたいなんだ。
「ほらぁ!!何時も妄想の中の樹崎さんしか見えてないんじゃないの!?」
「妄想の中って…私だって!彼女の事沢山知ってるんだから!小学校からの付き合いだし」
「そうかもしれないけど…樹崎さんはね、青ちゃんの考えてる以上に、青ちゃんを必要としてるんだよ。そこは、捉えてなきゃいけないと思う」
「そ、そんな断言するほど?」
私が、親友に必要とされてる?そう…なのかな…。振り返って見ると確かに私を求めている様な時期があったような…なかった様な…。分からない。そうなの?と首をかしげる私に焼咲さんは断言した。
「うん、間違いない」
「そっかぁ…うん、分かった。気をつけるよ」
「分かればよろしい!!話が通じて助かるよー」
背中をばんばんしてくる焼咲さん。
「人間なんだから通じて当たり前でしょ!!」
「偶に通じない事あるから…」
「うぐぅ、それを言われたらおしまいだなぁ!!!!」
私達は笑い合う。笑い合ってるうちは、親友の事を忘れられた。様に思う。
「ただいまー」
「あらおかえり。昼ご飯はしっかり食べた?」
「あぁ、完食したよ。ありがとうね」
「あら完食してくれたのね!助かるわ」
お母さんと何時も通りの会話を済ませる。ご飯を食べ、風呂を済ませ、私は布団に潜り込んだ。
「…ここは?また教室か」
朝の夢野続きなのだろうか、私はまた小学6年生の時の教室に立っていた。相変わらず外は夕陽で赤い。朝派手にぶち壊した花瓶も親友の席にまた置かれている。苛々するが、壊してしまえばまた何か起きるかも知れない。私は怒りが頂点に立ちながらも花瓶を自分の席に動かした。これで良し。再び黒板に文字が書かれている。
「貴方が、好きな人は誰?」
またも、難しい問題だ。朝の私なら迷いなく親友の名前だけを書いていただろう。しかし
「皆…私を気遣ってくれてるから…」
親友以外はどうでもいい。今の私は少ししか変わってしない。けれど、私の事を気遣ってくれるなら。友達と言ってくれるなら。
私は迷いながらも、本当に正解なのかと震える字で皆の名前を書いていった。書きおわり、返答を待つ。そして、今度は、
「おめでとう。」
とだけ、黒板に記された。どういう意味なのだろう。それは分からない…けど。どこか、漸く、寝る前迄に経験した昨日の出来事が素直に心に落ちていく気がした。
私は、親友が一番だけれど。私を好きで居てくれる人は沢山いる。私には、知らない所で、友達が居る。それが、私の今の考えだ。
「うん…うぅ??」
今日は水曜日。
私は懐かしい夢から覚めた。
身体が軽く、枕も濡れていない。爽やかな気分だった。
貴方が欲しくて、苦しくて @yumesaki3019
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