第4話 親友のいなくなった日

「あー…本当に幸せだったなぁ」

 と私は言う。そんな私を見て三河先輩は言った。

「朝から挨拶され、手をつながれただけでかい??なんか悪化しているように見えるんだけど。」

 少し引かれてる気もするが構わない。私の話を聞いてほしい。

「当然じゃないですか、親友なんですよ。相手してもらえるだけで嬉しいですよ。それに加え濃厚なデートまでしたんですよ。最高に決まってるじゃないですか」

「ねぇ、前から言いたかったんだけど」

 ふいに思いついたのか軽い言葉で三河先輩は言った。

「なんですか??気分が良いので何でも言う事聞きますよ??」


「なんで…二人はメールや電話をしないの??」


 なんだ、そんな事か。てっきり悪口を言われるんじゃないかと身構えていたのに。

「昔からそうだったからです。もしいつでも話せるようになってしまったら。あぁ、幸せすぎて、どうにかなってしまいそう」

 全身で自分で抱きしめる。いつも親友がしてくれる様に。

「うん??」

「今のこの状態じゃないと、もうダメになってしまう気がして…」

 強く身体を抱きしめてしまう。考えただけで脳が甘く蕩けていく。

「うん」

「だっていつでも親友の声が聞けるんですよ??向き合って貰えるんですよ??ずっとずっとずっとずっと一緒に居られるんですよ??そんなの、正気でいられるわけないでしょう」

 自分が、自分でいられなくなってしまいそうで。どこでも電話して迷惑をかけそうで。怖かったから。

「…だからしないんだ」

「そうです」

 三河先輩は強く言う。

「周りに迷惑かけそうだから??」

「そうです。出来うる限り、親友と私だけの世界に居たいんです。そう、ずっと。」


「ふふっ…あはは!!」三河先輩は前みたいにお腹を抱え、泣き笑いをする。私何か変な事言っただろうか。親友の事を惚気ただけなのに。

「あはは、そうだよね。僕青山さんのそういう所好きだよ。本当に、青山さんは良い人だよね。でも、もう二人の世界は無理だよ。」

 何だよ、自分から話題を振ったくせに。

「なんでですか?」

「そんな怖い目しないでよ。良い意味なんだから」

「つまり……どういう事ですか??」

「今の青山さんを、【私達】は好きって事」

 何それ。訳が分からない。

「なんですか、私は嫌ですからね。私は親友の物ですから。」

「もうそろそろ時間だね。それじゃまた昼休みにね。あまり背負いすぎないようにね」

「大丈夫ですよ。」だって私には、親友がいるんだから。今は私の側に居ないけど。今は譲ってあげてるけど。


 放課後、私は、いや私たちはカメラを持ち、グラウンドの階段に集まった。不器用にカメラを回す焼咲さん。

「あ、あれ??おかしいな」

 緊張しているのだろうか。手先が震えている。

「いや、ここはこうですよ。レンズ横のこのスイッチを入れて、録画画面から戻るんです。別に失敗しても怒られたりしませんから、ゆっくり覚えていきましょう」

 片手を焼咲さんの手に被せる。私はいつもこれで落ち着くんだ。だから彼女も落ち着いてくれる筈。

「うん……うん、大丈夫落ち着いたよ、ありがとう」

 よし、次は親友の番だ。と振り返ったが、そこに親友は居なかった。

「まぁ、すぐに帰ってくると思うよ。」

「そうかな…」心配だ。途中でめんどくさい先生に鉢合わせしてなきゃいいんだけど。

「あの」なに、と返事する間もなく問いかけられた。


「風香さんとどこまで行ってるんですか??」


「どこまでって何言ってるの!?」

 思わず大声で答える。聞こえてしまったのか部員たちがチラ見してくる。ごめん、今だけは許してほしい。

「二人の仲をこっそり見せつけられる私の身にもなってよ!!この馬鹿山さん!!」馬鹿だって??男子からしか言われたことないのに。馬鹿??

「そっちこそ馬鹿は酷くない??私悪いことしてないじゃん!!二人っきりで遊んでるじゃん!!私だって気を遣ってるんだよ!何が文句なの。今まで私達を、どんな目で見てきたの??」

 軽く笑い焼咲さんは言う。

「どんな目って二人は明らかに、こ」

「ただいまー、何の話してるの??」

 親友が、帰ってきた。

 「おっおかえりー、上手く撮れた??」

 私は親友に朗らかに言う。

「ちょっと青山さん。まだ話は終わって」

「また今度ね」

 黙らせよう。

「本当に青山さんは…」

 樹崎さんは手を握りしめ、拳を下げる。諦めてくれた様だ。そういえば、話を最後まで聞けなかった。まぁ親友なら別にいいけど。

「ちょっとしたお話だよ。そうだよね?」

 この喧嘩はまた今度なと威圧する。この人はこれ以上何を求めようとしてるんだろうか。私が欲しいもの、欲しい人が側にいるのに…。

 「それじゃ再開するね、まずカメラにこの姿勢で目線を合わせて」

 至近距離で親友に指示を出し、できうる限り優しく慎重に扱っていく。緊張してはいるようだけど、学習も早い。二人とも、写真撮影に慣れてしまえば問題がなさそうだ。

「最後に今活躍しているあの子を撮ってみようか。」

「でも、早すぎない?やっぱり無理なんじゃ。」

 焼咲さんはまだ無理だよと諦めている。確かに普通は無理だろう。

 しかし、私は断言する。

「いや二人なら必ずできる。私の才能が囁いてる。間違いない。うん、いける」

「才能って……青山さんどうしたの??」

 困惑する焼咲さん。対して親友は

「ふふ、まこちゃんは偶に自信満々になるんだよ。」

 優しいまなざしで見つめてきていた。今その顔はずるい。何も考えられなくなる。違う、違う、今はカメラの練習をしなきゃいけなくて。

「とにかく!!二人で協力しながら納得のいく写真を二枚持ってきて。制限時間は運動部が終わるまで、よーいスタート」

 早速写真撮影が始まった。二人は散らばり、それぞれの見込んだ生徒を被写体に選んだようだ。どちらも姿勢をカメラに揃え助言を守っているようだ。これなら想像より早く終わりそうだな。

 二人が写真撮影を行っている中、私は時間を持て余していた。二人が苦戦してるなら手助けしようと思っていたのだが、どうやら慣れが早いらしい。カメラの位置どりが上手くなっている。さて、必要なさそうだし。どうしたものか。

「おい!!あおやま!!…また一人で写真を撮っているのか」

「大羽先生、どうしてここに」

「どうしてって、仕事の一環だからだ」

 そういえば、体育教師は様々な運動部を見に行かなきゃいけないんだっけ。特に大羽先生は適切な助言をしてくれるから。性格はともかくイケメンだからと女子人気高いとも聞いてる。それにしてもなんで私にだけ声をかけたのだろう。他にも遊び呆けている生徒達が居るのに。私は言う。

「忙しそうなのに、声をかけてくれたんですね」

「教師として当然だろう。で、だ。やはり一人で撮っているのか??」

 質問に私は答える。

「あ、違うんですよ。今日は二人に練習してほしいなって」

 二人のいる場所を指さす。カメラを持って撮影場所を変更する真っ最中の様だ。運動部の練習内容が変わったからだろう。走り出し懸命に撮影している。なんだろう、微笑ましいな。

「……なるほど。少しは進展があったんだな。」

「はい!!」


「よし、ちょっと待っていろ」

 先生は全速力で走り校舎に入る。暫くした後、三本の缶ジュースを持っていた。え、嘘でしょ。

「受け取れ。誰にも言うなよ」

「せ、先生??」

 困惑する。いい人だとは思っていた。だけど、まさかジュースまでくれるなんて。

「安心しろ、自腹だ。それとも林檎ジュースのほうが良かったか??」

「いつもの大羽先生じゃない…誰ですか??ドッペルゲンガーですか??」

「おい、失礼だぞ。俺にだってそういう【気分】なこともあるってだけだ。」

「えっと、その、ありがとうございます!!」

 前のダンス練習といい大羽先生には頭が上がらない。今までただの鬼教師だと思っていたなんて言えない。鬼は鬼でも優しい赤鬼だった。

「そろそろ仕上がったようだな」

 遠くから私を呼ぶ声がする。その主は、焼咲さんだった。

「写真撮り終わったよ!!って大羽先生!?」

「焼咲、気持ちは分かるが一眼見て渋い顔をするのはやめろ」

 少しだけ悲しそうな顔をする。普段から指導するから自業自得だ。

「焼咲さん、ジュース貰ったんだよ。お礼言って」

「え、そうなの!?ありがとうございます!!」

「気にするな、そういう気分だっただけだ」

「ていうかさっきまで親しげに話してませんでしたか??二人はどういう仲何ですか??恋人??」

 何を言っているんだ。私が恋をしているとでも言うのだろうか。私は即座に否定する。

「はぁ!?な訳ないでしょ!!」

「そうではないが、特段気にはかけてるぞ。話題によく出るからな。」

「ちょっ先生??しっかり否定してくれませんか」

 慌てて否定する。違う。

「気にかけてるのは事実だろう。恋仲ではないがな」

「青山さん、本当何ですか?」

 そんな困惑した顔しないで。

「そんな訳ないでしょ」

「そうなんだ」

「違うって!もう!!」

 首を振る。そんな、大羽先生との噂が流れるなんて心外だ。

「もう恥ずかしがっちゃって!!素直になりなよー??」

「色々な人から気遣われて嬉しいんでしょー??このモテ女!!」

 肩を叩かれる。違う。

「焼咲さん違うんだって!!そうじゃなくて」

「撮影終わったよー??まこちゃん達何話してるの??大羽先生も居るし」

 親友が戻ってきた事だしそろそろ上がりたい。けれど、話が止まる様子はない。参ったな

「そろそろ仕事に戻られてもらうぞ。三人とも体調崩すなよ」

「あれ、大羽先生もう行っちゃうんですか?話したかったなぁ」がっかりする親友。これはこれで見惚れちゃうな。親友は何をしてても良い。

「今ね、青山さんがモテるって話してた!!」

 えっっ。

「いや、私モテないよ??」

 生徒会の人に気を遣われてはいるけど、そんなに好かれてはいないだろう。

「そうなんだ…」

「樹崎さん?」

 あ、これは。

「そ、そうだ。ジュース貰ったし部室に戻ろう??」軽い口調で話題を逸らす。


「それで、これからどうするの??」私達は部室に戻りジュースを飲みながら一服していた。これからの事を決めようと会議をしていた。ホワイトボードには既に案がいくつか提示されていた。

「私の本音は、今日みたいに三人で集まって写真撮影したいんだけど」

「……僕は、やっぱり二人組に分けて回した方がいいと思う。」と親友は不機嫌ながらも答えてくれた。私としては親友の事が一番心配だけど、今は部活動内容を決めなければ。

「当番で一人ずつ回しちゃいけないの?」と焼咲さんは意見してきたけど

「いや、それじゃあ大羽先生が許さないと思う。以前【一人で撮影して回るのは健全な部活ではない】って言われたから」

「大羽先生と頻繁に会ってるんだね。なるほどね」

 腕を組み始める親友。怖い。

「三人で毎日回しちゃダメなの??」

「でもそれじゃ皆の時間がなくなるんじゃない?」少しでも二人に遊んでもらう為に。だからこそ一人で回していたんだけど。二人に迷惑をかけたくはなかった。

「僕は平気だよ?三人で早めに終わらせて早めに帰ればいい」

「私も賛成だよ!青山さんはどう思う??」

「わっ私は」

「……皆が納得するならそれで良いよ。一人じゃ無理があるし」



「よしけってーい!!!!さっさと帰ろー!!」

 笑顔で帰る準備をし出す焼咲さん

「ほら、風香ちゃん一緒に帰ろー??」

「そうだね焼ちゃん、早く帰っちゃおう」

「行くよまこちゃん」

 あ、だめだ。笑顔を装ってるけど、不機嫌だ。焼咲さんは察しているらしく、【なにしたんですか早くなんとかしてください】という顔を見せた。残念だけど、私にもどうにもできない。ごめん。

 「ねぇ焼きちゃん、手を繋いでいい?」

「ふぇ!?いいですけど」私へのあてつけのつもりなのか分かりやすく絡みだす。

「ほら、ね?このつなぎ方って恋人つなぎって言うんだよ??もっと強く握ってもいい??」

「いっいいですけど。」

 嬉しくも困惑してる焼咲さん。笑いつつもどこか上の空で意識が別に向かっていると丸わかりだ。

 思わず口からこぼれる。

「わ、わかりやす…」

 ここまであからさまな浮気があっただろうか。いやまって浮気だって?私は何を考えているんだ?そもそも親友は私のものではないだろうに。それは私の我儘では??じゃ親友は誰のものなの?焼咲さんの??それは……嫌だ。


「まこちゃんどうしたの??シャッターチャンスだよ??早く撮ってよ」

「ちょちょっと待って、頭が混乱してる。」

 あぁ駄目だ。また考え込んでしまった。仏頂面になっていないかな。

「んー??なんで混乱してるの??私達何かしたかな??」

 親友は悪戯が上手くいった子供の顔をする。全部掌の上らしい。

 けれど、勘違いから勝手に不機嫌になって勝手に私の心を弄ぶ。そんな気まぐれな親友が、【この時】は

「焼ちゃん、折角だしこのまま抱き合おうか」

「あ、青山さん止めてください!なんか樹崎さん怖いです!!」

「嫌だな」どこか、疲れてしまった。

「えっ??」目に見えて狼狽る親友。

「好きにすれば良いじゃん。ちょっと、疲れちゃった」

「え、何まこちゃん?」

 何かが壊れる音がした。その瞬間風景がセピア色になる。色が失われる。なんか、もう、どうでも良いや。

「先に一人で帰ってるね。それじゃ」

「まっっ待ってまこちゃん??」

 ごめん、もう分かんない。世界が白黒に染まりきった。



「おはようございまず…」

 私は今日もシャッターを切る。どれだけ嫌だろうと、それが私の仕事だからだ。誰の顔も見たくなかった。学校にすら行きたくなかった。けれど

「もうわかんないよ…」

「んー?どうしたんすか?」

 レンズのど真ん中に彼女は映っていた。つい驚いてしまう。

「喧嘩でもしたんすか??珍しいっすね」

 撮影中に出会った駆橋未来に言われる。

「うぅ…ほっといてください。今回は私に非がありますから」

 呆れられつつ言われた。

「それ、喧嘩のたびにいつも言ってないすか。もしかしなくても、樹崎さんに激甘対応してるの??」

 私は、怒鳴るかの様に反論する。

「ち、違いますよ!そんな甘い対応なんてしていません!変に想像しないで下さい!!」

「ほら、擁護する。芯から惚れてるんだね。」

「別に恋してるわけでもありませんから!!」

 その時、私は気づかなった。気づくべきだった。彼女が、親友が校門から坂を上がってきていることに。

「いいから元気出すっすよ!ほらなでなでしてあげるから。」

 強引になでなでされる。

「だからやめてよ!!これ以上誤解されたくないんだって」

「……おはよう」

 親友が、小さく、小さく呟いた。

 最悪なことに頭を撫でられる姿を見られてしまった。端から見たら普通のイチャイチャするカップルな姿を。親友に。

「………おはようございます」

 もう一回、静かに,小さく発せられる。その声はとても冷徹で、そして悲しげに思えた。

「おはよっす!!」

 駆橋未来の場違いで明かるげな挨拶が響く。

 親友は足早に去ろうとする。追いつこうとして、止めた。

「今の最低な私に側にいる権利はあるのかな。もうどうしようもないんじゃ」

「ねぇ」

「うん?」

「駆橋さん」

「お願いだから、もう関わらないで…お願い…」

 彼女と居ると私達二人のどちらかが傷つく。そんな呪いがあるんじゃないかと思えて仕方なかった。

 ごめん、ちょっと、一緒に居たくない。





「あー…うん」

「大丈夫??死にそうな顔してるよ」

 駆橋未来と別れた後の挨拶活動は、生きた心地がしなかった。あまりの絶望に誰かに話を聞いてもらいたくて、わざわざ三河先輩のクラスにまで赴いていた。吐き出さなきゃやってられなかった。

「喧嘩なんかしなきゃ良かった…折角のチャンスだったのに」

 そう、私にとって大チャンスだったのだ。ついこの前二人で一緒に登下校してくれると約束してくれたのにこうも早く崩れるなんて思いもしなかった。全部自業自得なんだから救えない。

「まぁ、まぁ。喧嘩は初めてじゃないんでしょ?」

 少し呆れた顔で、宥めてくる。

「そう、ですけど…嫌われたらどうしよう…」

「……ねぇ、聞きたいんだけど」恐る恐る、という顔で三河先輩は質問してくる。

「他の人に取られるとかと思わないの??」

「そりゃ思いますよ!!」考えただけで目の奥が熱くなり、血が上ってしまう。

「ひぃっそんな大声出さないでよ」

「す、すいません。」私は深く息を吸う。冷えた空気が体内に入り、怒りが抜けていく。目尻の水が引いていく。

「でも、それはどうしようもないじゃないですか。人と関わるななんて言えないですし。かといって心は掻き乱されますし…どうすればいいんでしょうか。どうやっても傷ついてしまう。その度にお互い確かめ合う。その繰り返しじゃないですか。それが、嫌というか。」

 もう、どうしようも出来ないのかな。

「うん、やっぱり青山さんはまともだよね」


「どういう意味ですか??」


「前から思ってたけどさ、青山さんは樹崎さんとは関わるべきじゃないと思うよ」

 淡々と三河先輩は言う。

「なんでですか??今迄の私の話を聞いてましたか??」

「だって辛そうだし、青山さんは一人でも生きていける力はあるんだから、共依存の関係なんて…ね。そんなに苦しむくらいなら、やめといた方が良いと思うよ。彼女に拘らなくても、良い人は沢山いるでしょ??君は気付かないようにしているのか、はたまた本当に眼中にないのかは分かんないけど」

 三河先輩はそう言い切った。

 ふと頭にその人が宿る。即座に親友との思い出でかき消す。ありえない。親友の代わりは、いない。

「……嫌です。親友の他に代わりは居ませんよ」

「本当にそうかな??」

「そうですよ。」私は強く叫ぶ。代わりなんているわけない。

「お願いだから。僕たちとて苦しむ顔は見たくないよ。」

 どこか縋るような声で三河先輩は言った。

「現に、何か疲れちゃったんでしょ??それほど精神に負担がかかっちゃってるんだよ。好きと嫌いは表裏一体だし、これ以上は狂っちゃうかもだよ。お願いだから、ね」

 眼から光が消え、絶望する三河先輩。そこまで落ち込む事?。

「嫌です」


「いつも言ってるじゃないか。一人で抱え込むなって。なんでわかってくれないんだ…」

「僕たちには何も出来ないのかな…」

 後ろからそう聞こえた気がするけど、気にしない。私の人生は、私が決める。



 放課後、私は部室に向かった。確信があったからだ。今の彼女は必ず話に来てくれると。思った通り、親友はそこにいた。夕暮れがさす教室の真ん中で体操座りをしている。

「…おはよう」

「おはよう、まこちゃん。」

「やっと、、言えたね。」

「うん」

「やっと朝の挨拶出来たね。未来さんが邪魔で挨拶出来なかったからさ」

 彼女の瞳は、真っ黒に染められているように見えた。宝石に泥がかぶさったような、汚されていた。目に隈があり、様子から見てまともに寝ていないようにも見えた。

 親友は言う。

「どうしたの、そこまで辛かったの」

 私は言う。

「なんで、そこまで傷ついちゃうの」

「ごめん、私が悪かったよ。また仲よくしよう?」

 歩み寄る。しかし彼女は言い放った。


「なんで!!!」


「ねぇ、何でそんなに色々な人と関わってるの??」

「いや、その…」

 言えない。言える筈がない。普通に生活してたら気遣われる様になったなんて理由にすらならない。

 本音をいうと、こうして見てもらえるのは嬉しいよ。でも【あの日】からふと見せるその顔が、ずっとその顔が怖いんだ。やめてほしい。

 

 あの日もそうだった。突如豹変した親友に初めてを奪われた。親友に全てに置いて先を行かれていた。気を遣われてしまっていた。私は、、悔しかったのかもしれない。初めて人間らしい感情を見せた。感情を曝け出した親友。嬉しかった。ただ優しいだけじゃない。自分らしく生きている親友を。

 私が、【私だけが】彼女の事を知っている。彼女の人生の深淵を、表裏を知っている。優しい彼女も、今怯え、狂い、感情を曝け出す彼女も【知っている】

 だから、豹変した親友も受け入れて私はただ、気を遣い始めた。今迄の恩返しと自分に言い聞かせ、自分の欲求に従った。私だけが、彼女の事を知っている。その日々が、そんな日々だけで良かったのに。私は、どこで道から逸れてしまったのだろう。私はただ自分の目指す道を歩いてた筈なのに。どうして。



「大羽先生にも特に気に入られてるみたいだね。お姫様抱っこもされてたし。」

 違う、それは

「それは、いつの間にかというか」

「嘘。」

 一筋、顔が濡れた。真っ黒に染まった目から染み出していた。

 でもこのままじゃきっと。堂々巡りだ。私も、言わなきゃ。

「親友は、私をどうしたいの??」

 伝えなきゃ。自問自答しながら紡ぐ。

「私が動いてもダメで。自分を軽く見てもダメで。少しでも他の人と話してもダメで。訳が分からないよ。私の自由を奪わないでよ。私だって!それなりに!親友を思って行動してるんだよ!!【寂しい】なんて言われて、それすらも、その努力も、否定されるのが、嫌だ。そして、君は少しでも間違えると何処かに行ってしまうのが嫌だ。私は想ってるのに、勝手に居なくなって、すぐに答えてくれないのが、嫌だ。」 

 私の我儘かもしれない。本来なら尽くすべき親友に求めてしまうのは。報酬を求めてしまうのは。感情を求めてしまうのは。私は、自分勝手に、優しさを、求めているのかもしれない。


「ねぇ、本心を聞かせて」

 私の手首を押さえる力が緩くなる。抱きしめる力がなくなっていく。

「僕……は……」

「……僕だけを見てくれる昔のまこちゃんで居て欲しいだけなのかな…」

「わかんないよ……心が……痛くて…」

 顔を下に向けるしかし私は頭を掴み、泣き顔と真正面で向き合う。

「逃げないで。」

 逃がさないよ。その痛みは私も知っている。私だけが痛むなんて、不公平じゃないか。

「私はね、もう疲れちゃったみたいで、まるで世界が色がなくなったかのように思えるんだ」

 親友の顔が青く染まっていく。泣き出しそうだ。振り回されちゃって知らない内に私の世界は、ぷつんと糸が切れたかのようになくなった。時々虚無に襲われるんだ。無心になってしまう。本すら読めなくなっちゃった。求めすぎた代償かな?

「えっ」

「だから、親友にはそうなって欲しくない。」

 そう、同じ痛みは知って欲しいけど、同じ世界を見て欲しくない。こんな、時折空っぽになってしまう経験はして欲しくない。本を読める人生を歩んでほしい。何かに熱中して、出来る事なら私に夢中になって私だけを見て欲しい。

「ね??私が付いてるから、だから、二人で【それ】が何か考えていこう」

 と、親友は抱き合っていた私を突き飛ばした。

「違う…こんなの僕の知るまこちゃんじゃ…ないよ…」

 倒れ込む。頭を打ってしまったのか、意識が薄くなっていく。あぁ、ダメだ。目の前が潤む。声も震えていく。

 ドタバタと歩く音が聞こえていく。

「いか…ないで…お願い…風香ちゃん」

 最後のメッセージは誰にも届かず。音に溶けていった。



「なんでよ。先に裏切ったのは風香ちゃんじゃない」

「違うんだよ、そうじゃないの!」

「ならずっと僕のそばに居てよ!!何処にも行かないでよ!!」


 泣き笑いを見せながら、親友は

「ごめんなさい」

 そう一言呟き、遠くへ駆けていく。

「まっ待って」

 いきなり教室の床がバラバラに砕ける。机椅子教壇と共に私は下に落ちていく。真っ暗な闇の中へ。

「お願い!!待ってぇ!!」

 その声も届かず、私は落ちて落ちて落ちて。地面に叩きつけられ、教壇に押し潰された。痛い痛い痛い痛い痛い。


「起きて…起きてぇ!お願い青山さん!起きて!!」

 人が痛みに耐えているというの誰かが揺らしてくる。

「もう…起きて下さい!!」

「ぶふぁ!?」


 強烈な痛みで目が覚める。痛みに襲われていた筈なのになんでまた痛みで、ビンタで目覚めるんだ。

「青山さん、起きたんですね!!良かったぁ…」

 目の前には見知った顔が、焼咲さんがそこに居た。

 まだ頭がぼんやりしている。思考がまとまらない。

「ほら、水持ってきましたから飲んでください!何があったか教えてくださいね!」

 水が喉を通る。身体が癒されていく、頭が冷えていく。そうだ、私は、親友と

「親友は!?」

「親友…樹崎さんの事ですか??それが荷物も置いて帰っちゃったみたいなんですよね。青山さん、樹崎さんの事で何か知っている事ありますか」

 考える。突き飛ばした時の彼女の顔はどこか悲しげだった。まるで何かを押し殺しているような。失望したかの様な。


「私は、何も知らない、知らなかったんだ。」



「樹崎さん、今日もお休みしたよ。」

 暗い声で私に告げる。

「そう……」

 あれから親友は学校を休みがちになった。出席した日も私や焼崎さんを無視し、ただ授業を受けて帰るだけの日々を送るようになっていた。

「ねぇ、青山さんは樹崎さんに何を言ったの??」

 もう何度目か分からない問いかけを焼咲さんは言ってくる。

「別に、特にきついことは言ってない…と思う」

「……そう」

「まぁ、なってしまったことは仕方ないよ。問題はこれからどうするか、だ。」

 と三河先輩は言った。

「青山さん、なんで三河先輩がここにいるんですか??」

 親友が休みがちになってから、何故か生徒会所属のはずの三河先輩が撮影部に顔を出すようになっていた。

「うん??私は昔からここに顔を出していたよ??忘れたのかい??」

 あぁ、煩いなぁ。わたしは黙らせる。

「今冗談を言わないでください」

「うわ、厳し」

 軽い口で続ける。人の心も、事情も知らずに。

「生徒会でもね、二人は話題に出るって前に話したよね。生徒会で有力な情報が入ったんだ。」

「それは!!」

 勢いで三河先輩の胸ぐらを掴み宙に浮かせる。

「青山さん!ダメです!!」

「親友が何処にいるかの話!?そうだよね!?」

「ちょっぐっ苦し」

「青山さん!!正気に戻って下さい!!」

 私は後ろから体当たりをされた。吹き飛ぶ私。自由になる先輩。

「ふぅ…こわ、そこまで大切なの??」

「本当にすいません」

「うんうん、そこで謝れるのが青山さんの良い所だよ」

 そこが評価されてるんだよ、とどうでもいいことを吐いた。そんな事今必要ではないでしょ。

「三河先輩!?正気ですか!?胸ぐらを掴まれたんですよ!?ちょっとは怒って下さい」

 彼女はあははといつもの笑顔を見せる。どうでもいい、いいから早く

「情報を、下さい」


「彼女、精神科に行ったらしいよ」


「えっっ精神…何?病院だよね??」

「精神科。そうだね、上手く説明は出来ないけれどつまりね。彼女は薬を飲まなきゃいけないくらい、追い詰められてるということさ」

 薬??薬を飲まなきゃいけないの??親友はそんなに、苦しんで。今この瞬間も私と同じ痛みを背負って一人で。

「私帰りますね!!樹崎さんの家当たってみます!!」

「うんうん、いってらー」

 三河先輩が応援してくれる。

「いってらーじゃないですよ!!一人で行かせるんですか??危険ですよ!」

 般若の様な、オーラが溢れ出す様な。焼崎さんは怒り狂っていた。

「今の青山さんだと間違いなく!!樹崎さんを傷つけます。行かせる事なんてできません」

「行っちゃダメだと言うの…??」

 あぁ、邪魔だなぁ。

「いや、その、分かりました。分かりましたからそんな怖い冷たく尖った顔を見せないで下さい。」

「えっ、そんなに怖い目してた??」

「人を一人倒しそうな目をしてましたよ。落ち着いてください。私達もそばに居ますから、ね??」

 側にいる?私が欲しいのは親友だけだ。そんなの、要らない。

 なんて言えるはずもなく。

「ありがとう」

 うんうんと笑う焼咲さん。見抜いているのか冷たい目で三河先輩は見てくる。私は、そんなに、分かりやすいだろうか。


「分かった…ちょっと水飲んで落ち着くよ」

 私は廊下の洗面所に向かう。思わず蛇口を捻りすぎてしまい、激しい水流が顔にぶつかる。全身が濡れていく。身体が冷えて、どこまでも冷たくて。

「ごめん、ちょっと寒いや。」

 私は、自虐的な笑みを浮かべた。痛い痛い痛い。まだ、ジンジン痛む。早く早く、親友に会いたい。

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