第3.7話 まこちゃんとの休日

 土曜日。休日だ。僕は昼まで寝る事が多いんだけど、今日は違う。だって、今日はまこちゃんとクッキーを作る日なのだから。休日に会うなんて何ヶ月ぶりだろう。僕はウキウキしながら準備を始めたんだ。まず朝シャワーを浴び、僕の考える可愛いくてラフな服を選ぶ。いや、やっぱりなじみ深い服にした方がいいかな。子供っぽいとか言われないかな。数十分悩んだ末に、青パーカーにジーパンを履くことにした。昔から愛用していた服だ。幸いサイズも変わってなくてすっぽり着ることができた。大丈夫。まこちゃんなら間違いなく受け入れてくれる。まこちゃんの好きな色のエプロンもハンカチもティッシュも、それぞれ二つずつ用意した。プレゼントしてお揃いにしたいと思ったんだ。


 僕とまこちゃんは小学校の頃からの付き合いで、一緒に遊ぶ事が多かった。家族ぐるみでお泊まり会もした事あるし、二人でピクニックに行く事もあったなぁ。枕投げもした事あるし、寝顔を見た事もある。一緒にお風呂入った事もある。羨ましいでしょ。

 そんな僕達の関係性が変わったのは【走り屋】こと駆橋未来さんを写真に収めようとし始めてからだった。最初はちょっとした嫉妬心からだった。今まではまこちゃんに誰が近づこうと特に思う事はなかったのに。何処か遠くに行ってしまいそうな気がして。平静を保てなくなった。一足早く走り屋さんと出会い、写真を撮り、鉢合わせしないかなと期待してた。最悪の形になったけども。

 体調を崩していたまこちゃんに、僕は強引に迫った。初めてを奪った。理性を捨ててしまった。元々僕は優等生として小学校生活を送ってきたのだけれども、全部かなぐり捨てて彼女に迫った。負けちゃいそうだったから。走り屋に取られたくなかったから。あの時のまこちゃんの顔が忘れられない。僕に惚けて、顔を真っ赤にさせ目を潤ませながらこちらを見てくるまこちゃん。少し怯えながらも僕の欲求に従ってくれるまこちゃん。可愛かったなぁ。



 一緒に推薦入学する所までは良かったんだけど、クラスが別々になってしまった。頑張って一緒に登校しようとしてもまこちゃんは朝早くに一人で出かけてしまうし…。何より、授業中にまこちゃんの身体を見てリフレッシュ出来なくなったのが一番苦しい。それに、授業中にこっそりメモを通して二人だけの秘事を楽しみたかった。眠そうなまこちゃんを消しゴムを投げつけ起こしたり、忘れ物しちゃったまこちゃんを助けてあげたかった。何も叶わなかった。

 それでも僕は諦めたくなかった。僕にとってまこちゃんは全てだからね。別のクラスになったからって何も出来ない訳じゃない。写真撮影部を復活させたのも全てはまこちゃんと一緒に居る為。あ、それとまこちゃんが三河雪音さんに会うために図書室に入り浸るようになったのも予想外だったなぁ。まぁ元々本が大好きだったし…全然問題はなかった。何より、僕以外の人に翻弄され色々されるまこちゃんもまた可愛かった。三河先輩には双葉さんが居る。だから盗られる事もないと安心して交流してたんだ。とまぁ、こんな感じで中学生になっても僕はまこちゃん一筋の人生を送っていたんだ。写真撮影だって僕にとっては手段の一つなだけで、特に思い入れもなかったんだよ。

 意外な事にまこちゃんは撮影に熱意があるらしく、毎朝早めに登校して、放課後も撮影して回るようになった。最初は【朝一緒に登校出来ないなんて】と絶望したよ。けれど偶然出会った焼ちゃんが面白かった。家も近くでクラスも一緒だったから登校中は焼きちゃんと話して気を紛らわす事にした。流石にベタベタしすぎてもダメだって気づいてたしね。最悪の場合、更に遊びに呼びづらくなると思ったから。仕方なく我慢してるんだよ。まこちゃんは逃げないしね。僕がまこちゃんの中で一番なんだから。


 話を現代に戻そう。僕はデパートに来ていた。まこちゃんに言われた食材を買い足すためだ。僕が材料を集め、まこちゃんは料理器具を洗うと分担した。本当は一緒に買い物したかったけど、ごねても仕方ない。まこちゃんにはまこちゃんの都合があるしね。まこちゃんから言われたものを買い物かごに丁寧に入れていく。今回はチョコチップクッキーを作るから、高級のチョコを買わなきゃいけない。卵も新鮮なものにする。焼ちゃんに美味しいと言ってもらいたいからね。僕にとってまこちゃんが一番だけど、なんだかんだで焼ちゃんの事も気に入ってるんだ。だから真剣に選ばないと。

 焼ちゃん。僕のクラスメイトでいきなりプロポーズを仕掛けてきた、頭が天然そうな人。正直、第一印象は最悪だったよ。だって部活動という大義名分の元、まこちゃんとずっと一緒に居られると思ってたから。二人でイチャイチャする夢を全部壊されちゃった。しかも僕に接近してきたものだから堪らない。あの時まこちゃんは嫉妬したんだろうな…思い出したら辛くなってきた。今日絶対にまこちゃん抱きしめよう。うん。

「けど、悪い子じゃないし、一緒に居て楽しいんだよね」

 これが本心だった。勿論まこちゃんが世界で一番大切で。一生添い遂げるつもりだけど、まこちゃん以外で気を少しだけ許せる人は初めてだった。近い将来まこちゃんと同棲した暁には彼女を家に誘って遊ぶのもありかもしれない。そしてこれは多分、まこちゃんも同じ気持ちだと思う。じゃなきゃ二人揃ってクッキーを作ろうと思わないよ。

「そういえば。牛乳って買い足さないといけないんだっけ。」

 昨日学校で渡されたメモ帳を確認する。家にもあるけど一応、買ってきてほしいと頼まれていた。ただ牛乳の種類までは書いていなかった。あれ、これ不味いんじゃない?スマホを開き、まこちゃんの家に電話する。

「もしもし…あ!!風香ちゃん!!どうしたの!!」

 電話越しから元気そうな声が聞こえる。僕だと分かった途端元気になったのかな。それでこそまこちゃんだ。可愛い。絶対抱きしめよう。

「家にある牛乳の種類教えて。同じ種類じゃないと味が悪くなるかもしれないでしょ」まこちゃんは元気そうに言う。

「えっと…明治牛乳だよ、一本残ってる。賞味期限が来週のだけど…使う?」

「うん、使おう。急ぐから準備して待ってて。」

 僕はそう伝え、電話を切った。本当はずっと喋っていたいけど、クッキー作りという大切なミッションがある。焼ちゃんの為だ。仕方ない。




 まこちゃんの家は、アパートにある。結構広めの部屋で、親と三人暮らししてるらしい。両親は土日殆ど家に居ない。1人っ子で独りぼっち。そんなまこちゃんを昔から遊びに誘ってた。あまり覚えてないけど、きっかけは確か幼稚園で声をかけたからだった気がする。僕の家は家族がいつも騒がしいから、静かなまこちゃん家が大好きだ。流石にテレビを持ってない、持っていても使わない生活をしていると聞いたときは驚愕したけどね。

 本が大好きなまこちゃんは外で遊ぶより家に居ることが多かった。本棚も二つ持っていて、二人一緒に一日中本棚が空っぽになる勢いで読書したなぁ。そんな日々を送るうちに僕も読書が大好きになった。何より楽しそうに本を読むまこちゃんがとても【綺麗】で大好きになったんだ。そんなまこちゃんは小学校でも当然図書委員を選んだ。僕も悩みに悩んで、図書委員になった。本が好きだったから。…言い訳させて貰うと、まだこの気持ちに自覚が足りなかったからさ、そこまでまこちゃん一途じゃなかったんだよ。当時の私は人に合わせることしかできないただ優しい【ツマラナイ】人だったから。優しさ以外に何もなかったんだ。そんな私の心を射止めた人こそがまこちゃんだった訳で。彼女に恋をしてからは人生が華やかで楽しいものになった。だから、いつまでも同じ日々が続いて欲しいとも願っていた。ダメだったけど。

 本当、こんな可愛い娘をほっぽりだして両親は何をしてるんだろうね。ちょっと腹立たしいよ。両親の分も僕がまこちゃんを抱きしめて頭を撫でてあげなきゃ。そして、ウェディングドレスを着たまこちゃんに誓いのキスを…。

「…風香ちゃん、玄関ドアの前で何佇んでるの?」

 突然後ろから声がして心臓がひゅんとする。平静を装いつつ尋ねる。

「まこちゃん、家で準備してるんじゃなかったの」少し赤くなりながら言われた。

「ほら、その…これ、一緒に食べようかなって」

 手渡してくるのは二個の雪見大福。それも一つずつ味が違うタイプ。もしかしてコンビニ行って買ってくれたの。可愛い。

「あー、ありがと。これで頑張れるよ。」

 内心荒れてるけど何とか優しい笑みを返す。優しい嘘が得意で良かった。


 玄関ドアを開けた先には信じられない程ピカピカに磨き上げられた台所。埃の一つもなさそうな本棚。新品なのか色鮮やかなカーテン。小学校時代に見た部屋とは別格の楽園が広がっていた。思わず振り返りまこちゃんを見る。

(へ、へーん!凄いでしょ整理整頓出来てるでしょ褒めてくれても良いんだよ)とまこちゃんはどや顔を隠しきれていなかった。本当に可愛いなこの子は

「えっと、掃除得意なんだね…流石」

「まぁ独りじゃ限界があるから、掃除しきれてない所もあるんだけど」あくまで謙虚で居たいらしい。けど口角が上がってるよ。さらっと僕は言った。

「なら僕が今日以外にも掃除手伝いに来ようか?こんなに綺麗な家が汚くなっていくのを黙ってみていられないよ。」

「え、いいの!?ありがと!!」

 元気そうな笑みを見せてくる。全くこの子は。学校と家とじゃ全然違うな。別人じゃないか。優しい笑顔のまま僕は言う。

「まこちゃんって裏表激しいよね」

「そうかな…?」

 刺さる所があったのか顔に陰りが出来る。

「いや、違うんだよ。良い意味でギャップがあるなって」

 僕の知らないまこちゃんが居ると思うと少し不安だけど、だからといって今までの【僕が大好きなまこちゃん】が居なくなるわけじゃない。だから、許容できる範囲内なんだよ。

「良い意味って何?」

 まこちゃんは真剣な目で問い詰めてくる。え、そんなに衝撃を受けたの。思ったことを直球で話しただけなんだけど。どう説明しよう。

「えっと、その……か……いなって…」

 どんどん詰め寄ってくる。耳元まで近づき彼女は囁いた。

「うん、何?何?ハッキリ言ってくれる?」

 間違いない。絶対に、いまにやけてる。何を言いたいのか分かったうえで答えてる。そんなに顔を近づけないで欲しい。普段はここまで詰め寄らない癖に。隙を見せたから?恥ずかしいんだけど。近すぎてシャンプーの良い匂いまでするんだけど。ずるい。

「…可愛いと思ったんだよ。早くクッキー作り始めようよ」

 体が熱くなるのを感じる。声が上ずってしまう。普段は僕のペースなのに、乗せられてしまう。と、挙動不審で焦っていたからかな。まこちゃんから離れ靴を揃え本格的に家に入ろうとした時

「うわぁ!?」

 玄関の段差に躓き体勢を崩した。

「あ、あぶな」

 丁度まこちゃんの居る方向に倒れそのまま


 むにっ


 まこちゃんの胸に顔が埋まった。その勢いでぎゅーっっと抱きしめられた。ちょっと待って、恥ずかしくて恥ずかしくて仕方ないんだけど。


「ちょっと風香ちゃん?大丈夫」

 ほわほわとした優しい声が降ってくる。しかもこの頭の感触から考えるに、今僕は頭を撫でられている。普段とは真逆の光景だ。ダメだ、頭がくらくらする。心臓の高鳴りが押さえ切れない。離れなきゃいけないのに、クッキー作りをしなきゃいけないのに。いつまでもこうして抱きしめられていたいと思っちゃう。だって今この瞬間はお互いの事しか考えていないのだから。きっとまこちゃんも嬉しくて嬉しくて堪らない筈だから。

 自然と手がまこちゃんの背中に伸びる。手を組み僕もまこちゃんを強く抱きしめる。僕は言う。

「クッキー作りはさ、もうしばらくしてから始めよう」

 まこちゃんは意地悪く言う。

「ふふ、何で?今すぐ始めても良いんだよ」

「今日のまこちゃんは意地悪だよね…どうしたの」

「仕返し…かな?」

 何それ。意味わかんない。僕何かしたっけ。

「分かった言うよ。気持ちいいから、もう少し抱きしめていて。それだけ」

 ここは素直に言うしかない。

「よく言えたね!よしよし」

 またも頭を撫でられる。何処か安心する。

 まこちゃんは優しく、穏やかな声で言った。

「ずーと、ずーと抱きしめてるからね。私が居るから、さ」



 抱きしめ終わるころにはもう昼頃になっていた。しまった、のんびりしすぎた。僕たちはエプロンと三角巾を身に纏う。

「そうだまこちゃん。軽く買ってきたんだけどエプロン使う?」

「え、いいの。ありがとう。じゃ、着るね」

 まこちゃんは素直で優しい。きっと貰ってくれると思っていた。着てくれるとも思っていた。予想通りではあるけれど、実際に当たってくれて嬉しい。そうそう、それでこそまこちゃんだよ。


 うん、思った通りまこちゃんにぴったりのエプロンだ。花柄が似合っている。

 僕はまこちゃんに言う。

「折角だし写真撮ろうよ。お揃いだからさ」

「いいよー」

 軽く返事をしてくれる。これもまた青春の一頁だよね。今日はまこちゃんノート作成の為にもたくさん写真を撮ろう。



「それじゃまこちゃん!よろしくね!」

「風香ちゃんこそ宜しくお願いね!」

 お互いに調理前の気合入れをする。息を合わせるためにも必要な儀式だ。

「焼ちゃんに美味しいクッキーを食べてもらう為に!」

「えいえいおー!!」


 まずクッキーの生地を作る。といっても簡単で幾つかボウルに入れて混ぜるだけだ。二人居るからと材料を多めに持ってきた僕たちはお互いにクッキーを焼き上げ、その中で綺麗に出来上がったものを焼ちゃんのプレゼントにすることにしたんだ。ボウルとヘラを使い手際よく混ぜ合わせていく。

「風香ちゃんはさ」

 言葉を先にかけてきたのはまこちゃんだった。丁度作業も終わったようで暇になったらしい。

「焼ちゃんをどう思ってるの?」

「どうって…大切な人だと思ってるよ」

 まぁ、まこちゃんが一番だけど。流石に今この状況で告白じみたことを言う勇気はない。

「そうだよね…」

 駄弁りながらクッキー一枚一枚を焼き上げていく。

 ぱらつかせたチョコも綺麗に膨らんでるみたいだ。順調順調。

「まこちゃんこそ、焼ちゃんをどう思ってるの」ちょっとした気まぐれで問いかける。

「私?私は…私も友達だと思ってるよ」

 うんうん、私の知っているまこちゃんだ。暫くした後まこちゃんは再び口を開く。

「私はさ、その…楽しんで貰えてるなら構わないんだよ。私には関係のないことだし。」

「うん…?どういう意味?」

 そう質問し返そうとした時、オーブンの鳴る音が聞こえた。


「うん、綺麗に焼けてるね!美味しそうだし、完璧だよ、流石まこちゃん」

「風香ちゃんも頑張ったじゃんか、頭撫でてあげるね」

 またも近づき抱きしめようとしてくる。けれど、手もエプロンも汚れているのに抱きしめあう訳にもいかないでしょ。

「片づけが終わってからね。これから洗い物しなくちゃだから、まこちゃんは焼ちゃんに渡すクッキーを選んでてよ」

 台所のシンクには使い終わった調理道具が山盛りになっている。しかも二人分だ。洗うのは骨が折れそうだ。けれどやるしかない。

「よし、始めよっか!」

 数分後。

 早くも心が折れそうになっていた。クッキー生地がスポンジでは落ちないんだ。最悪爪を使うかなと途方に暮れていた。

「風香ちゃん!クッキー選び終わったよ!」

 元気な癒しの声が聞こえる。

「ならまこちゃん。部屋の掃除をしてて。粉が舞ってるだろうから窓を開けて掃除機かけて。」

「わかった-!」

 キラキラした目で掃除を始めるまこちゃん。僕も頑張ろう。


 そして、遂に


「「終わった!!!!」」


 僕たちは掃除も含めてクッキー作りを終えた。焼ちゃんの為のクッキーも用意できた。あとは渡すだけだ。


「…終わったね」

「あぁ、終わったんだね」

 僕たちは部屋に大の字になって横たわっていた。一仕事終えた解放感に浸っていた。

「まだ時間あるけどどうする。どっか行く?」

 体を転がし、僕の横に来るまこちゃん。

「んーー…どうしようか。風香ちゃんはどうしたい?」

「私も特に行きたい場所ないんだよねー」

 まこちゃんは僕の腕を掴み、体を挟める。たゆんたゆんな胸が僕の腕に触れる。そして言う。

「焼ちゃんの家行ってみる?」

「あー、良いかもね。」

 けれど、僕たちはとある問題にぶつかっている。解消しない事には収まらない。

「あのさ、まこちゃん。何か食べない?」

「私もそう思ってた!雪見大福食べようよ」

 私ってばてんさいじゃん!といわんばかりのどや顔をみせるまこちゃん。

「冷蔵庫にあると思うからちょっと待ってて。」

 だるそうに立ち上がるまこちゃん。つい先ほどまで横になっていたからか、足取りがふらついている。大丈夫か。

「あったー!!一緒に食べよう」

 味違いの雪見大福を投げてくる。片方は殿堂のバニラ味。もう一つはチョコ味だ。

「ねぇまこちゃん。僕の分もあげるから一個頂戴。一個ずつ交換しよう」

「勿論だよ風香ちゃん!その為に買ってきたんだからね」

 笑顔で一個差し出してくるまこちゃん。やっぱり裏表が激しいよね。




「食べ終えた事だし、早速焼ちゃん家にむかおー!」

「おー!」

 威勢よくまこちゃんは走っていく。慌てて追いかける。

「ちょっとまこちゃん!その方角じゃないよ。こっちこっち」焼ちゃんの家は僕の家のすぐ近くだ。だから朝は一緒に登校している。焼ちゃんの家にも入ったことがあった。

「ならナビゲートお願いね!私付いていくから」

 まこちゃんは走って戻ってきたかと思えば僕に抱き着いてきた。この子って本当にまこちゃん?僕の知るまこちゃんじゃないんだけど。大丈夫だよね、きっと元のまこちゃんに戻ってくれるよね。

「…風香ちゃん?どうしたの」

 僕の胸ぐらいから上目遣いをしてくるまこちゃん。

「いや、すっっごく可愛いなって」

 可愛いからいっか。いや、よくない。僕の人生に色を付けたあのまこちゃんじゃないなんて。あの子が居ないなんて。

「ふふ、ありがと」

 幸せそうなまこちゃん。学校に居る時とは天地がひっくり返るほど違っていて。別人で。僕の知るまこちゃんじゃなくなっていて。違う。僕は。




「やっとついたー!長かったね風香ちゃん」

「うん、そうだね…」

 バスを乗り継いで数十分歩き、僕達はようやく辿り着いた。一戸建てで広い庭持ちの綺麗な家だ。僕も詳しくは知らないんだけど、焼ちゃんもまた親との交流が少ないらしい。遊びに呼ばれる時も大抵家族とは会わなかった。けれど

「あ、樹崎さん、こんにちわ!姉ちゃんに用事ですか?今呼んでくるので少し待ってね!」

 焼ちゃんには弟が居た。この弟君もまた面白い子で。昼間はそれぞれ学校に行き、夜は晩御飯を二人で食べる。そんな生活を送っているそうだ。

 待っている間暇になる。まこちゃんは言った。

「そういえば、風香ちゃんは何回ここに来たことがあるの?」

 なんでそんな質問をするのだろう。僕は答える。

「別に、数回だよ。だから家の構造とか知らないんだよね。上がる事殆どないし焼ちゃんの自室しか見せてもらえないからさ。あ、パソコンや【すいっち】?とかいうゲームもあるよ。マリオカートやスマブラやぴくみんやら」

「もういいから。ふーん、焼ちゃん達と沢山遊んだんだね」

 ばっさりと僕の言葉を切る。明らかに不機嫌になっていた。え、そんな遊んだだけで?そんなのまこちゃんらしくないよ。どうしちゃったの。

「遊んだだけじゃん。今日のまこちゃんなんかおかしいよ。どうしたの」

「別に、普通だよ」

 まこちゃんがここまで不機嫌になるなんて。どうしよう。まこちゃんは言い捨てる。

「焼ちゃんにクッキー渡すの任せていい?帰るから。二人で遊んでればいいよ」

 クッキーを僕に手渡し背を向け帰ろうとする。

 いやいや、まってよ。そんな。

「まこちゃんを一人にして遊べる訳ないじゃん。家まで送るよ。夜道は危険だし、それに焼ちゃんもまこちゃんが居た方が楽しいと思ってるはずだよ。三人で遊んで帰ろうよ」

「…そう、嬉しいな」

 くるりと振り返り突っ込んでくるまこちゃん。本日二度目だ。僕は勢いに負けてしまわないようにしっかり受け止めた。

「そうか、そっかー!そんなに私が必要かー!!そっかー!!」

 強く抱きしめながら嬉しそうに跳ねるまこちゃん。何があったのかは分かんないけど可愛いからいいや。


「えっと…ねぇちゃんたちそろそろ良いか?」

「あ…」

 いつの間にか呼び出し終えていた焼ちゃんの弟君に話しかけられた。もしかしなくても。僕は頬を赤くしながら言う。

「全部見てた?」

「見てた」

 してやったという顔で半笑いするまこちゃん。

「風香ちゃん、むしろ見せつけちゃおうよ。こんなに仲が良いんだよってさ」

「いやいや、今日のまこちゃんおかしいよ?どうしたの」

 なんて話していたら彼女はようやく僕達の前に現れた。

「あれ、青山さんに樹崎さん。休日にどうしたの。宿題とか?」まこちゃんは言う。

「ちょっとプレゼントしたくて。ねぇ風香ちゃん二人で作ったんだよね!」

 いや、その言い方は焼ちゃんが傷つくんじゃ…本当にどうしたのだろう。

「焼ちゃん、日頃のお礼も込めてクッキー作ったんだ。食べない?」

 僕は焼ちゃんの前にクッキーを差し出す。焼ちゃんは嬉しそうに受け取った。

「あー食べる食べる!ありがと!折角だし家に上がりなよ!ゲームしよう!!」



 という訳で部活に向かった弟君を抜かした僕達三人は焼ちゃんの家の子供部屋に来ていた。

「ちょっと風香ちゃん見てみて!スラムダンクとかいろいろ揃ってるよ!。凄い、漫画ばっかりだ!!。これがswitchなんだね、スマブラもカービィもマリオもゼルダもあるんだ!?一人じゃ遊びきれないんじゃ…」

「良い反応してくれるね青山さん。普段は弟と対戦したり男友達が家に集まることもあるんだ。一人の時は漫画ばかり読んでるんだけどね。」

 自慢気に笑う焼ちゃん。ゲーム談議に盛り上がる二人。まこちゃんって本だけにしか興味ないと思ってたんだけど。ゲームすることもあるんだね。そんなのは…まこちゃんじゃない気がする。

「どうしたの風香ちゃん。元気ないよ。一緒にマリオカートしようよ。」

「そうだよ樹崎さん!まだまだ時間あるんだし遊び尽くしましょう!」

 遊んでいれば気も晴れるかな。



 時間はあっという間に過ぎる。気が付けば外はもう真っ暗だった。

「もう七時かー、早かったね」

「そろそろ帰らないとね」

 子供部屋でまこちゃんがよっこいしょと立ち上がる。そうだ、僕達は家が近くだけど、まこちゃんはこれから夜道を一人バスを乗り継ぎ帰らないといけないんだ。

「まこちゃん、家まで送るよ。焼ちゃんも今日はありがとうね。楽しかったよ」

「こちらこそクッキー嬉しかったよ。家族と一緒に大切に食べるね、ありがとう」僕は腰を上げて以来何故か立ち止まっているまこちゃんの腕を玄関へ引っ張る。

「ほら、まこちゃん行くよ。呆然としないでよ。まこちゃんが帰るなら僕も帰るんだよ。それに、そろそろ帰らないと親におこられちゃうしね」

「う、うん。そうだね。帰らなくちゃね」

 何処か不安定なまこちゃんを引っ張る。

「それじゃまた月曜日に会おうね、焼ちゃんありがとー!!」

 もう真っ暗な中、僕達は焼ちゃんの家を後にした。


「ほら、ここから帰るのは大変だろうけど、僕が付いてあげるから安心して。」

 そう励ますもまこちゃんからの返事はない。どうしたんだろう。

「…まこちゃん?何か嫌な事でも」

 まこちゃんは僕の言葉を断ち切り、重い口を開いた。

「まさか本当に帰り道に付いてきてくれるなんて、夢じゃないかと思ってるの」

「そ、そんなに?」

 友達を、いずれ付き合い共に暮らすパートナーを守るなんて当たり前じゃん。まこちゃんは空を見ながら言う。

「今日は沢山動いたよね。こんなに濃ゆい一日は中々ないよ。」僕は問いかける。

「楽しかった?」

「楽しかったよ。風香ちゃんが焼ちゃんと仲良しだって事も知れたしね」

 まこちゃんは声のトーンを落とした。そんなに嫌なのかな。僕は言う。

「別に対して仲が特別に良いって訳じゃないよ。そりゃあ、一緒に登校する事はあるけどさ」

 こんな事を言う出すなんてまこちゃんらしくない。

「まこちゃんこそ今日一日様子がおかしかったよ?何があったの」

「っ!!それはこっちの台詞だよ!風香ちゃんこそ様子がおかしいよ?いつもの風香ちゃんは何処に行ったのさ。どうすれば、戻ってくれるの…」

 なにそれ、僕の様子がおかしい?そんなに?

「落ち着いてまこちゃん。僕は、僕だよ。昔から何も変わってないよ。」

 僕はまこちゃんの肩を取り、背中をさする。抱きしめる気にはなれなかった。僕達は暗闇の中一歩一歩ゆっくり歩いて行った。

 その後は普通に家に着いた。疲れからか、ショックからかお互いに一言も会話しなかった。気まずかったよ…。その後家に入るまこちゃんを見送った僕は帰宅した。


『私の知ってる風香ちゃんじゃない!!どうしたら戻ってくれるの!!』



「知ってる風香ちゃんじゃない…か」

 僕は自室でまこちゃん写真集を創りながら考えていた。そう言われたらどうしようもないじゃん。次に会う時はどんな顔をすれば良いんだろ。

「ま、まこちゃんだし。何とかなるよね」

 まこちゃんは大丈夫。だってそれがまこちゃんだから。

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