第3.5話まこちゃんのいる日常
これは、ある日の話。丁度ダンス会が終わり、朝と放課後に僕と一緒に帰りたいと言ってくれた日の次の日の話。僕だけを、樹崎風香だけを見てくれるまこちゃんが可愛くて愛おしくて最高で……可愛い可愛いまこちゃんの話。
まこちゃん。僕の友達。とても優しい子。自分の気持ちを押さえつけ、人のために独りぼっちになれる子。努力家で成長する子。そんな、一見優等生に見える彼女は僕の事が大好きで。いつも僕のことを考えては悩みこむ子。そう、それが青山真なんだ。僕だけが知る、まこちゃんなんだ。時折見せる独占欲が、押しとめようとする心が一番愛おしい。だから僕は振り回す。彼女が僕を嫌う訳がないのだから遠慮なく我儘を言う。本心に見せかけた意地悪を言う。だってまこちゃんには僕しか居ないんだから。
「これでいいかなぁ」
僕は自室の机の上で今日の分のノートを仕上げた。宿題じゃない。個人的な趣味。その中には溢れそうになるほどの写真が詰め込まれている。勿論、全部まこちゃんのだ。こっそり隠し撮りしちゃったんだよ。まぁバレちゃってもまこちゃんなら許してくれるだろうし、事情を話せば写真なんて幾らでも撮らせてくれるだろうけどさ。スリルがあった方が楽しくない?因みにこれは、未来さんが猫のノートを作成した真似事だ。まこちゃんと同居した時に一緒に日常を振り返るための本だ。あぁ、待ち遠しいなぁ。早くお金を貯めて同居生活を始めないと。
「うーん、やっぱりうまく取れてないなー。」
僕は部屋の中で写真を吟味する。どの写真もまこちゃんはしっかり撮れているんだけど
ピンボケやレンズのぶれが気になってしまう。けれど、一番気になるのは。
「最近まこちゃんの友達が増えたなー…」
まこちゃんだって学校という社会に呑まれた一人の女の子だ。だから、僕以外と繋がる事はあって当然なんだけど。けれど、でも。納得いかない。僕はため息をつき独り呟く。
「まぁ、まこちゃんの中心は僕なんだから。心配することはないんだろうけど。」
大丈夫。まこちゃんは何があろうと最終的に僕の元に帰ってきてくれる。それがまこちゃんなんだ。僕はまこちゃんと一緒に写真に写っている三河さん達にむけて呟く。
「良いよ。僕にも焼ちゃん達みたいに交友関係があるし。まこちゃんは貸してあげる。絶対にまこちゃんは僕の元に戻ってくるからね」
僕は写真の山から一枚、お気に入りの写真を取り出す。それは、まこちゃんが僕たちに気を遣い独りで写真撮影部の仕事をしていた頃の写真だ。真剣な目で、少し虚ろで空っぽな目でカメラを弄っている写真の中のまこちゃん。あぁ、可愛いなぁ。
僕自身の交友関係が広がるのは喜ぶべき事なんだ。けれど、まこちゃんはどう思ってるんだろ。皆と過ごす時間が苦痛になっていないかな。まぁ、僕が原因で悩むまこちゃんも愛おしくて堪らないんだけど。きっと他の人と話している時も僕の事が気になって仕方ないんだろうな。どんな時も僕が真ん中に居る。そう思うと、少しだけまこちゃんに群がる人たちを許せる気がした。
まこちゃんを振り回すのが好きだと自覚したのはいつだったっけ。確か二人で踊った時だった。顔を真っ赤にして幸せそうなまこちゃんに、僕の話にとろんとした目で乗ってくれるまこちゃんに心から可愛いと思ったんだ。
「一緒に居たい」
と恥ずかしそうに、小声で話すまこちゃん。思い出すたびに笑みが零れる。本当は勢いのまま口づけをしたかった。抱きしめて、愛してあげたかった。けど、まだ早いと思ったんだ。もっと、もっと、優しい世界で、呑み込んであげたい。愛したい。二人の世界で、同居生活の中で愛したい。
「風香!!起きなさい!!今日も友達が迎えに来てるわよ!!」朝が来た。まこちゃんに会える日だ。
「はーい」私は、身支度を済まし、食パンを口に咥えて会いに行った。
「おはよ、焼ちゃん」
「樹崎さんおはようございます!!」
もぐもぐしながら挨拶をする。結構美味しいな。
焼きちゃんの家は丁度真っすぐ歩けば学校につく。僕の通学路も焼きちゃんと重なっていた。僕たちは一緒に登下校する仲になっていた。彼女はまこちゃんとはそんなに親密じゃないし同じクラスでのお喋りも楽しい。僕の中でまこちゃんの次に好きな子だ。まぁ、プロポーズされた時は驚いたけどね。焼ちゃんにも近いうちにお礼をしなくちゃね。
話を戻すけど僕の知るまこちゃんは、読書が好きでいつでも冷静で、人に影響されやすい。そして、僕を、気遣ってくれる子。小学校の頃から変わらない本質だと思ってるんだ。そんなまこちゃんが大好きで、ずっと側に居た。甘え、甘やかされる関係だった。お互いが一番誰よりも大切だった。のに。今のまこちゃんはどこか、気に入らない。変に感じる。違和感が無視できない。僕が変わっていないように、まこちゃんもきっと変わっていないのに。もしかして、僕の知らない所で影響を受けてしまっているのかな。僕にも焼ちゃんが居るから煩くは言えないけど、僕の他に大切で二番目に好きな人が出来たのかな。当たり前の事なんだけど。うん。
「……樹崎さん、今日も早く遊びに行きましょ!!あの、何かありましたか?暗い気がするんですけど」
朝早くから放課後の予定を聞くなんて、先が早いね。いや、それよりも。そんなに僕は暗くなっていたのかな。
「いや、気にしないで。寝不足なだけだから」
「そういえば、ついさっきまで校門に青山さんが来てましたよ?」
「ぇ!?」
さらっと教えないでよ。
「またぁ、目の色が変わりましたね。風香さんそういう所ありますよね。」
「だってまこちゃんの事だよ?気になるに決まってるじゃん」
考えを直球に言ってしまった。恥ずかしい。
「まぁ、また後から聞けばいいんじゃない?青山さんは逃げませんよ」肩をぽんぽんしてくる。やめて、慰めないで。
「そうする…今日会えたらいいんだけど」
ふと思い出す。泣いて泣いて泣きはらした顔で【一緒に朝や夕方に会いたいな】と呟くまこちゃん。私が、心をひっかきまわしてしまって、結果一人苦しんでた、まこちゃん。こんなに僕を意識してくれるまこちゃん。そんなまこちゃんが可愛いし綺麗だと思う。
「どうしょうかな??」
とあえて突き飛ばす冷たく話す。縋るように言葉を紡ぐ彼女。
「いや、お願い、一緒に帰りたい」
僕は改めて問いかける。
「まこちゃんは『どうして』ほしい??」
僕が聴きたいのはそんな言葉じゃない。足りない。お願い、気付いて。愛してるって言って。
まこちゃんは言う。
「一緒に居たい…ずっと一緒に居たいよ。だから…」
「だから?どうして欲しい?なんでもしてあげるよ。」本心だった。僕は振り回すことはあるけれど、幾らでも支えてあげる。だからなんでも言って。
赤くなりながらまこちゃんは言った。
「頭撫でて欲しい」
…え?なんで?それだけ?僕は問いかける。
「それだけでいいの?もっと、もっともっともっと求めていいんだよ。ね、ね?」
僕はまこちゃんの肩を揺する。信じられなかった。まこちゃんがそれだけで満足するなんて。僕だって全然満ち足りてないのに。
「うん、私の幸せはそれだから」
え、、、、、、
「そんな…なんで…」
でも、それが望む事なら。僕はまこちゃんを抱きしめ優しく頭を撫でる。
「うん…ありがと」
子供の様な声が満足げに帰ってくる。嫌だ、嫌だいやだいやだいやだ。僕は、こんなにも、与えようとしているのに、なんで
「ねぇ、まこちゃん。本当にこれだけで良いの。欲しいものはないの、まこちゃんが良いなら、僕なんだって」
僕は、どうすればいいの。
「居てくれるだけで、いいよ」
まこちゃんは、幸せそうな声で伝えてきた。
「なにそれ」
そんなのってないよ。何もできないじゃない。
「…今は、ずっと抱きしめていて。」
まこちゃんに言われる。
「勿論、離すわけないよ」
だって、まこちゃんには僕しか居ないんだから。僕が支えなきゃいけないんだから。そう、僕がー……。
思い返しているうちに午前が終わっていた。流石に自分でもどうかしていると思う。しっかり勉強して就職しないと同居生活なんて出来ないのに。反省しながら図書室に向かった。勿論まこちゃんが居るからだ。最近は三河さんや双葉さんと図書室で小話をする機会が多かった。
いつの間に三河さんや双葉さんと仲良くなったんだろう。特に三河さんが気になる。まこちゃんの事を好いてくれてるみたいだけど…。大丈夫かな、大丈夫だよね、うん。僕は三階に辿り着き、図書室の扉を開けた。
「あ、風香ちゃん!」
顔をぱっと明るくし呼んでくる。うんうん、いつものまこちゃんだ。
「まこちゃんおはよう、元気してた?一日ぶりだね」
僕はまこちゃん達に近づきまこちゃんの頭を撫でる。まこちゃんはこれが好きだからね。可愛いよね。
「ねぇ待って。人前で撫でないでよ。恥ずかしいじゃん」
ひたすらに撫でる。恥ずかしいのか顔が赤い。本人が嫌がるなら仕方ない。僕は撫でるのを止め、撫でていた手をまこちゃんの片手に納めた。
そこで漸く二人が会話に混ざりだした。三河さんが言う。
「ねぇ、そろそろ良いかな?ついさっきまでね、凄く遠くに出来たショッピングモールの話をしてたんだ。」
双葉さんが続けて補足する。
「生徒会の粗品が足りなくなっちゃったんです…その店以外に販売してない粗品もあるらしくて…車に乗って最大四人で行くとの話なんです」
焼咲さんも会話に加わる。
「で、丁度私を除いた双葉さん三河先輩と青山さん樹咲さんの四人で行動しないかと考えてたの。15日なんだけど…予定ある?」
いや、予定はないけど
「焼ちゃんいいの?寂しくない?」
一人だけのけ者なんて…車から運転手を放り投げれば一人くらいは入るんじゃ、運転はフィーリングでさ。
「あー、私はいいよ。その日バイトだし。そうだ、何かお土産買ってきてよ。それでチャラにしてあげる」
明るく言われる。本人がこの調子だと何も言えない。私はもやもやしたまま言う。
「分かったよ」
「という訳でお土産よろしくね!!」
放課後。焼ちゃんは用事があるからと来ていない。僕とまこちゃんの二人きりだ。けれど、喜べない。僕は口に出していいのかと迷いつつも話した。
「焼ちゃん、寂しいだろうね…」
気持ちは痛いほどわかる。僕だってまこちゃんと離れてると心がざわつくし。
「ねぇ風香ちゃん。私達に出来ることないかな」
うんうん、それでこそまこちゃんだよ。まこちゃんもそう思うよね。一番じゃないとはいえ、友人をのけ者にして置いていってデートなんて楽しめないよ。
「僕も同じこと考えてた、嬉しいよ。どうしようか」
「どうしよう風香ちゃん」
顔を揃える。そこが問題なんだよ。デートの埋め合わせみたいで難しいよね。物を作るべきか、普段以上に焼ちゃんと仲良くするべきか…どうすれば喜んでもらえるか分からないんだ。まこちゃんが言った。
「あんまり気にしないで欲しかったりするのかも。」僕が続ける。
「それじゃどうしようもないよ…」
暫しの沈黙のあと、まこちゃんは力強く言った。
「こうなったら、また手作りクッキーをつくろうか」
「…え??」
確かに小学生の時に作った覚えがある。どうしてクッキーに繋がるんだ。でも
「うん!悩んで何もしないよりは良いよね!!」
「でしょ!!」
まこちゃんはやっと笑顔を見せた。うん、暗い顔はまこちゃんに似合わないよね。
「それじゃ、今週の土日空いてる?前みたいにまこちゃんの家に行けばいいかな?材料も買ってくるね。因みにさ、焼ちゃんチョコ食べれる?何か聞いてない?」
まこちゃんは元気よく言う。
「私の家に来て、焼ちゃんチョコ食べれるよ!チョコチップクッキーが好きだって言ってた!!土日どっちも空いてるよ!!」
その後も私達クッキー作りの為準備を続けた。焼ちゃんの為に本格的に行動するのは初めてだった気がする。美味しいクッキーを作りたいし、デートもクッキー作りも楽しみたい。またまこちゃんの家に上がれるなんて嬉しすぎる。
「それじゃ風香ちゃん、土日はよろしくね!」
大体話し終えたまこちゃんが言葉と共に僕に抱き着いてきた。一瞬固まる。見られたらめんどくさいことになるし自分が抑えられなくなるから止めてほしい。飛び込んできたまこちゃんを僕も抱きしめ、頭を撫でる。
「まこちゃんこそ、土日はよろしくね。久しぶりだから少し心配だけど」まこちゃんは、自信満々に言う。
「大丈夫だよ、私が付いてるから」
なにそれ、こっちの台詞なんだけど。まこちゃんは僕が居ないと独りぼっちになってしまう子じゃんか。勘違いしてないか。
「違う違う違う!僕は君を守ってる側だよ…まこちゃんこそ独りだと思わないでね」思わず本心が零れる。
「風香ちゃんこそ、気を付けてね」まこちゃんは平然と言う。何か間違ったことを言っただろうか。
「僕は、大丈夫だから」
だってまこちゃんがいる。誰と仲良くなっても必ず、まこちゃんは帰ってきてくれる。僕を一番にしてくれる。だから、僕は。
会話に花を咲かせすぎて、学校を出る頃には真っ暗になっていた。薄暗い電灯にほのかに照らしてくれるお月様。何も言わず手を重ねてきたまこちゃん。昔からまこちゃんは怖がりだった。当然恋人つなぎをする。幽霊に渡さないように。
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