「詩集 あのね」作品解説 〜あとがきにかえて〜

「詩集 あのね」各作品の解説になります。


 まだ詩集を読んでいない方にはネタバレを含みますので、是非一度、「詩集 あのね」をお読みになってから目を通してください。詩集は全部で5~6千文字しかありませんので、さくっと読めると思います。


「あのね」

 この詩集の表題作となる作品です。全てひらがなで表記することで主人公が小学生低学年以下の少年であることを示唆しています。

 自分に否定的だった少年が人を好きになることで自分を肯定的に見つめることができるようになるところは、人を愛するとき、人を幸せにするとき、先ずは自分から、という考え方に基づいています。別の考え方もあるかもしれませんが、ともあれ主人公がそれで自分を好きになれたならそれで良いじゃないかと、おおらかな気持ちで捉えて頂けたらと思います。

 感謝と想いを伝える最後の「ありがとう」と「だいすき」(好きではなく大好きです!)はどちらも良い言葉ですね。自分で書いて自分で読んで自分でホロッときてしまいました。

 ちなみに「こころがつんってなるんだ」の部分は灰谷健次郎さんの「兎の眼」に出てくる「ぼくはこころがずんとした」からのオマージュです。この「兎の眼」は大変素晴らしい作品ですので未読の方は是非一度ご覧になってください。


「眠れない夜」

 これはまさに等身大のリアルな作者の今の姿ですね。とにかく眠れない。それで次の日に寝不足を抱えて仕事をしながら過ごしている自分はアイデンティティが全く感じられません。やっと家に帰ってきて中途半端な時間に横になり、つい寝落ちしてしまうと、次に目が覚めたときには一瞬今が何時なのか分からず焦ってしまう。それでスマホの時計を見て、まだ日付が変わってない時間であることを確認してはほっとする。まさにそんな日常です。

 この詩でも最後のほうに「ありがとう」という言葉が出てきます。「あのね」からの連続性で、これは日々美しい写真をツイートして心を癒してくれるツイッターの方々への感謝の気持ちを伝えるとともに、あなたたちのことが大好きです!という告白の言葉でもあります。

 また、ラストの「僕はここにいます」は、ここにいる自分が本物の自分であり、昼間失われていたアイデンティティが今ここでは取り戻せていることを示唆しています。


「太陽の友人」

 頂いた感想の中でも羨しいと言われるのですが、この詩のモデルになった素晴らしい方は実在します。大体この詩に書かれているままのような人で、個人的にもめぐり合えたことに大変感謝している存在です。

 赤外線のように暖かく、紫外線のように殺菌してくれ、まさに太陽のような存在で周りを照らしておられるような方です。

 人前で常にアイデンティティがなく借りてきた他人の言葉で取り繕っている自分を月に見立て、太陽であるこの友人と対比しています。月がいくら輝いているように見えていてもそれは単に周りがブラックなだけでして、しかしながら夜の闇は遠いところで太陽と同じように輝いている恒星(太陽の友人のような人々)が他にもこんなにたくさんあるのだと、居るのだということを教えてくれます。自分もその存在に近付きたいと思い、一歩踏み出そうとするところでこの詩は終わります。


「夢と思い出と」

 これも実際の作者の経験談がもとになっています。小学生の時に地図帳で珍しい苗字なのに同じ駅名を見つけて嬉しくなり、いつか行ってみたい、切符が買いたいと思った、そんな夢でした。

 結局、無人駅になっていてその駅の切符は買えなかったわけですが、そこで夢はかなわなくてもやるだけやれば素敵な思い出になることを自らの体験で学びました。

 一方で宇宙飛行士になりたいという夢も本当で、それに対する周囲の冷ややかな対応に流された主体性のなさが、結局心に大きな穴を残すことになってしまったという経験もしています。

 なので、少なくとも自分の子供にはどんな夢であろうと否定的な対応は取らないようにしたい、自分の果たせなかった夢を強要しないようにしたいと常々思っています。


「見つめ合いたい」

 実際に「夢と思い出と」での思い出旅行から帰ってきて、夢はそのままにせず、片想いの相手にちゃんと告白してケリを付けようという気持ちになりました。なので順番としてはこの詩が次の詩になります。

 結果は詩の内容から明らかなように失恋に終わりました。告白するときの緊張や振られた瞬間の失望は凄まじく、このときの情景は拙作「こちら 海浜南高校 帰宅部」の第4章2話に物語の形で書き記しています。To say good-by is to die a little 別れとは僅かの間、死ぬことだ。チャンドラーの名言のごとく、当時は本当に臨死体験しました。

 その後、失恋のショックの反動でこの詩とそれを歌詞にした失恋ソングが自然と浮かんできました。小説なので曲のほうはお伝えはできませんがメロディーとしてはThe PoliceのEvery breath you takeや、あいみょんのマリーゴールドに近い感じです。


「情緒的価値 Merry Xmas」

 この詩は他の詩に比べるといろいろなテーマを詰めすぎたことで少しぼやけたものになっています。失恋の後ということもあり、男女の変わってしまうこともある愛と子供に対する親の不変的な愛、見返りを求める愛と見返りを求めない愛が軸になっています。

 ただ、それを説明するために現実と真実の言葉の定義をしたり、目に見えるものと目に見えないものを機能的価値と情緒的価値と並べつつ、クリスマスのサンタを例にして目に見えないものでも愛は確かに在る、実際に見れる触れる自分よりも経済を動かし、サンタの認知度も自分より高いじゃないかと、その見えないものの存在を証明しようとしています。この辺の前半と後半とのつなぎ方、いきなり途中で現実と真実の話が出てくるところらへんの切り替わりの不自然さを上手く一つの詩の中で繋げてまとめるのに大変苦労しました。


「情報のエンタルピー」

 情緒的価値という目に見えないものを取り上げたこともあって、同じく長さも重さも、つまり物理的なエンタルピーは何もないはずなのに、社会や個人にとって多大な影響を及ぼす「情報」というものをこの詩では題材にしました。押せば物が動くのは力学で簡単に理解できます。でもなんで言葉で人が動くの? 時には心まで。それこそ激しく。といった疑問があって、ずっと考えてきたテーマになります。

 小説を読んでいる時、これはいつか過去に著者の脳の中での心が写されたものだ。そしてそれを読んでいる時は、その著者の脳の中を写されたものが時を超えて私の心の中で映されているのではないか? とか、ある情報に多くの人が共感したり熱狂するのは、そもそも言葉が通じることからして記憶の符号の一致であり、それは秩序つまりは時間(経験)の共通因子によるものではないのか? とかです。

 一方で、受け取る側が知ろうとしなければ、言葉ではこの心が伝えきれない、といったもどかしさ、言葉では心を写しきれない限界もまた言わんとしています。

 非常に難解な題材で、タイトルのエンタルピーもそれだけで遠慮したいキーワードであるため、かなり人を選ぶ詩であると思います(実際PV数も控え目でした)。それをなるべく詩的になるようにして伝えようと頑張りました。


「恋と愛についての考察」

 好きと愛してるの違いは良く議論されるテーマではないかと思います。その言葉の違いによって、心の写り方がどう違っているのか? 考えをめぐらせた詩になります。

 漢字の心の位置や、副詞の違いなどから導入部分がはじまりますが、この詩のコアの部分はカレーライスの例えの部分になります。

 代替えがきくものかそうでないかの愛の定義に関しては、昔ラジオを聴いていた時にパーソナリティ(確か大江千里さんだったと思います)が話されていたのがずっと印象に残っており、これを平易に伝えようとしたのがこの詩のバックグラウンドになります。

 カレー○○なら妥協しようかとか、実は食べてみたらハヤシライスだったよというオチは作者が後から付け足したオリジナル要素になります。


「君にさよならを」

 この詩集をまとめていて「あのね」から「恋と愛についての考察」までを順に並べてみて通して読み進めた時に、最後にこの詩集を総括する詩が作りたくなって作った詩になります。「君にさよならを」のフレーズは自然と浮かんできて、詩集のラストを飾る詩なので「さよなら」という言葉もちょうど良いと感じました。

 短い言葉と一行間隔とすることで疾走感のある詩になっていると思います。途中で「あのとき」というフレーズが出てきますが、これは「あのね」の中でも出てくるフレーズです。「あのね」の時が恋に落ちた瞬間の「あのとき」であるとすれば、この詩の「あのとき」は恋が破れた瞬間であり、この詩集はその「あのとき」からこの「あのとき」までの間を綴った詩集であるとも言えます。

 「見返りを求めないのが」のフレーズは「情緒的付加価値」からきていますし、夢をきちんと思い出にしようとするところは「夢と思い出と」からきています。

 更に、君にさよならをの君にの「に」と、最後の君を忘れないの君をの「を」の違いは「恋と愛についての考察」からきており、まさにこの詩集の総括にふさわしい詩にできたと思っています。恋を愛に、夢から思い出に昇華することで、恨んだり憎んだりせず、失恋を前向きに乗り越えようとする、さよならはその誓いの言葉であり、未来志向の詩になります。


 以上が作者による各作品の解説になります。本来であれば詩の解釈は読んだ人が思い思いに自由に解釈してもらうべきなので、余計な解説であったかもしれませんが、作者の想いもまたお伝えしたく今回あとがきにかえて執筆することにいたしました。

 この詩集が皆さんにとって些細なことでも何か心に響くところがあれば作者としても嬉しい限りです。

 それではまた。最後までお読み頂き有り難うございました。


2021年2月 TiLA


※「詩集 あのね」掲載URL

https://ncode.syosetu.com/s1468g/

https://kakuyomu.jp/works/16816452218553903936

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