ハロウィン三日目 また明日

 そして、ハロウィン最後の夜がやってきた。

 ジムは初めて会った広場の入り口、大きなカボチャのランタンのとなりで待っていた。

 あたしの体中の骨がさみしそうにふるえている。これが最後なんだ。

「やぁ」

 月明かりの下、黒いマントをはおったフランケンのジムは最高にかっこいい王子様だった。

「今日、花火をやるんだって。ここの広場から打ち上げるんだ」

 広場には、丸く囲むようにオレンジ色のランタンが飾られていて、その中心に新しいテントが張られていた。テントに人が集まって花火の準備をしているみたいだ。

「花火ってあれ?」

 テントの前に広げられたシートの上に細長い筒がたくさん並んでいた。

「八時になったらあれをいっせいに打ち上げるんだ」

「楽しみだね」

 あたしは自分の手を握りしめた。 

「それでね……あのね、ジム。話したいことがあるの」

「うん。なに?」

「あたし明日、引っ越しするんだ。だから、また来年には会えるけど、しばらく会えなくなっちゃうから……」

「……そうなんだ。残念だな。明日の何時にいくの?」

「えっ?」

「見送りさせてくれないの?」

「あ、やっぱり、引っ越すの今日だった! ごめん!」

 あたしはあわてて言った。

「そうか。夜中に出るんだね」とジムは残念そうに言う。

 あたしは必死にうなずく。

「そうだ。住所を教えてよ。そうしたら、手紙を書くよ」

 なんてこと!

 思いがけない展開に言葉につまってしまった。その嘘は考えてない。

 あたしは架空の住所を考えようとしたけど、頭は真っ白で何も浮かんでこなかった。

 そのときだった。

 甲高い悲鳴が上がって辺りは騒然となった。

「どうしたんだろう?」

 ジムが悲鳴の上がった方を振り向く。

 その方角から、人がなだれるように走ってやってくる。

 あたしは林の上から出てきた巨大な影で月がかくれるのを見た。

 影が浮かんで、頭蓋骨のラインを月光がなでている。その目から暗い光を地面からあたしたちは見上げてた。

 巨大な骸骨がそこに立っていた。

「な、なんだあれ!?」

 ジムが驚いている。

 でも、あたしはあれの名前を知っていた。

 あいつはボーンラッシャーだ。生きていたとき、自分たちがなんだったかも知らない骨たちの亡霊。

 ボーンラッシャーはあたしたちのいるほうへ長い二本の足でゆっくり歩いてくる。

 踏まれそうになったかぼちゃ男に扮装した男の子が悲鳴をあげてあたしたちの前を逃げていった。

「行こう、ジム」

 あたしはジムの腕を引っ張った。

「どうしよう……動けない」

 はは、とジムが困ったように笑った。

 ボーンラッシャーは骨が大好きだ。生きた人間には興味がないけど、死んだ人間からは骨をぬきとる。

 それが、自分たちが踏みつぶしたものだったとしても。

 墓場にボーンラッシャーがくるときは、あたしは墓石をきつくしめて墓にこもっている。

 骨の一本でも奪われたら、なくなった骨の部分だけボーンラッシャーの一部となって夜の闇をさまよい続けなきゃならないから。

 あたしはまたジムの腕をひっぱった。

「早くいかないとあいつらにやられちゃうよ!」

 でもジムは動かなかった。

 ボーンラッシャーの足が見えた。

 もう、すぐそばに来てる。どうしよう。

 そのとき、

「キャハハハ!」

 シャンパンに酔ったような楽しそうな高い笑い声が広場に響いた。

 月に重なる二つの影があたしたちの頭上を飛んで、ボーンラッシャーに飛びかかっていった。

 姉さんたちだ。素早い身のこなしができる姉さんたちなら、数分くらいボーンラッシャーを足止めできるだろう。

「今のうちにいこう!」

 ところが、振り向いたところに隣にいるはずのジムがいなかった。

「ジム?」

 ほかの人たちといっしょに逃げたのだろうか。

 花火の準備をしていた人たちもいない。姉さんたちは夢中になって骸骨をばらばらにしてるところだった。

 毎年、ボーンラッシャーに墓場をうろつかれてる仕返しでもあるんだろう。

 キム姉さんなんかはお腹がすいてるみたいにボーンラッシャーの骨にかぶりついていた。

「ウェ~ッ」ってうめいているのをみると、おいしくないみたい。

 でも、骨を崩しただけじゃボーンラッシャーは倒せない。

 一度はバラバラになった骨たちが一つ一つ組あがって、また巨大な影が立ち上がる。

 今度は、マンモスだ。

 ボーンラッシャーは自分たちの好きな形に変化することができる。

 だけど、怖いもの知らずの姉さんたちはゲラゲラと笑って出迎えた。

 あたしはジムを探して駆け回った。

 そして、広場の入り口の方でジムをみつけた。

 ジムはケガをした小さな女の子をおんぶして歩こうとしているところだった。

「ジム、こんなところにいたら……」

 そう言いかけたとき。あたしの体になにかが突き刺さった。

 悲鳴。それは、たぶんあたしとこちらを見ているジムの。

 あたしはゆっくりと自分の身になにが起きたかを確認する。月明かりに輝く白い三日月が見えた。

 それはあたしの肋骨の内側にめりこんでいた。ボーンラッシャーのマンモスの鋭い牙が。

「キャシー!」

 あたしを呼んだ声はジムのものだった。

 二つの影が飛んできてボーンラッシャーを遠ざける。

 姉さん……ああ、あたし、最低な気分だよ!ジムの目の前でこんなことになるなんて!

 そう思ってる間にも、ジムはあたしに近づこうとしている。

「ジム、来ないで!」

 あたしは片手でわき腹をおさえながら力一杯に叫んだ。

「助ける! だいじょうぶだから!」

 だけど、ジムは瓦礫を越えてやってくると、あたしの手首をつかんだ。

もうジムが王子様にしか見えない!なんてもったいないんだろう。

 わき腹に穴さえあいてなければすごく喜ぶところなのに!

「ま、まずは応急処置! 救急車も呼ばないと……」

 ジムは少しパニックになっている様子でそう言った。

 あたしは必死で首を横に振る。

「いいの、だいじょうぶなの! 病院とかあたし一度も行ったことないんだから!」

「なにを言ってるんだよ!」

「ジム、最後だから答えて。……あたし、かわいい?」

「こんなときになに!?」

「かわいい? ねぇ……」

 あたしは泣きたくなった。

「ああ、とてもね!」

「……うんよかった」

 最後に聞けてよかった。

 あたしは涙をふきとばすように自分の頭蓋骨をふる。

と、広場の中心に置いてある大量の箱を見た。あそこには、花火の火薬がある。

あたしは筒状の花火を手に取るといくつかを小脇に抱えて、一つを口にくわえた。

 ジムが心配そうにあたしを見てる。

「なにをするつもりだよ、キャシー……」

「今にわかるよ。はなれてて、ジム」

 一つの決意がこの体に灯ってる。

 あたしはジムを守る。たとえ、あたしの中の骨が全部消えても。

 一昨日、景品でもらったマッチを取り出す。マッチを擦ると、熱い光が手のなかに灯る。

 まるであたしがジムを思う心みたいだ。

 あたしは口にくわえた花火の導火線に火をつけて、ボーンラッシャーの体に飛び入った。

 次の瞬間、爆発音があたしとボーンラッシャーを跳ねさせた。

(……きれい)

 ジムといっしょに見るはずだった花火。

 あたしはバラバラになっていく。あたしだったものが鮮やかに華々しく散って、みんな離れていった。

 でも、心配しないで。リビングデッドは死なないから。

 飛び散ったすべてが地面にばらばらと降り注ぐ音がした。

「キャシー?」 

 短い骨の雨のあと、死んだように静まり返った広場でジムが呼んだ。

 ジムは少しずつあたしのいるほうに近づいてくる。

 でも、あたしはあんまり来てほしくなかった。

 ……だって今のあたし、ボロボロ。ジムがかわいいって言ってくれたあたしじゃない。 

 来ちゃだめだよ……。

「そこにいる?」

 うん、いるよ。でも、ジムにあたしは見えない。

 あたしを作っていた体はそこら中に飛び散ってすぐには戻れないから。

全部つながるのにあと一時間くらいはかかるだろう。

「ぼくの声、聞こえてる? 聞こえてたら返事をしてよ!」

「……聞こえるよ、ジム」

 どこにあるのかわからないあたしの唇がしゃべった。

「あたしね……あたし、本当は人間じゃないんだ。黙っててごめん。人間の女の子なんかじゃなくて、リビングデッドなんだよ……」

 初めてあたしはリビングデッドは人間とは違うんだと感じて悲しくなった。

 だけど、ジムの返事は信じられないくらいにやさしかった

「うん、なんとなくわかってた。きみはふつうの女の子とは違う。それはわかってた。でも、最後にきみと話をしたかったんだ」

 あたしの身体の一番熱い所のそばにジムはやってきた。

 ジムはもしかして全部わかってるの?

「ほんとに?」

 そう言うのと同時に、あたしの真っ黒に焼け焦げた足が二本立ち上がった。それもジムのいるすぐ真横で。

「うわあああああっ!」

 ジムが悲鳴をあげた。

 そして、あたしとは反対方向へ走って、夜のなかに消えてしまった。

「なんで……? ジム、行っちゃった……」

 あたしはどこかにある唇でつぶやいた。

 そのとき、

「あーあ。おわっちゃったねー」

「でもさぁ、じゅうぶん楽しんだよね。キャハハハ!」

 姉さんたちが広場の塀の上から飛び降りてきた。

「あっ、そこ踏まないでね。あたしの右の目玉が落ちてるから」と、あたしは注意しておく。

「え? ああ、コレね」

 シナー姉さんがあたしの目玉を拾ってくれた。ぐちょって生きのいい音がする。

「ありがと」

「男の子、行っちゃったね。よかったのー?」

 キム姉さんが聞いた。

「うん。インパクト足りたみたいだから」

「フゥー? まぁ、いいんじゃない? あんたスッキリしたみたいだしぃ」

 あたしはうなずいたけど、本当は心残りがあった。

 まだまだたくさんジムといっしょにいたかったし、もっといっしょに話したかった。

「本当によかったの? だって、あんたの目玉、ぬれてるよ」

 シナー姉さんの手の中にあるあたしの目は涙のプールに浮いていた。

 変なの。涙ってどこから出てくるんだろう……。

「だいじょうぶだよ、姉さん。……だってね、ジムはあたしのことちゃんと呼んでくれたから」

 あたしがリビングデッドだってわかってもちゃんとジムはあたしのことを探してくれたから。それだけで、あたしはいいんだと思う。

「それならいいけど! あーあ。またハロウィンおわっちゃった。つまんないの」

「来年まで起きなければいいだけのことよー。そうすれば、明日起きればまたハロウィン。わたしって頭いーい、キャハハハ!」

 キム姉さんは自分の頭をへこむくらい殴って笑い声をたてた。

 あたしはサイレント公園に戻る前に一度だけ町を振り返った。

 広場のほうで、小さく赤やオレンジの花火が夜空に打ちあがるのが見えた。広場はところどころ壊れてしまったけれど、花火は無事だったらしい。

 今、ジムはどうしてるんだろう。あの花火をこの町のどこかで見ているんだろうか。そう思うと胸の奥が苦しくなる。

「キャシー、来年なんてあっというまだよ?」

 シナー姉さんが花火をみているのに気がついて言った。

「うん。そうだよね、姉さん。また会えるよね」

 あたしたちの前にはリビングデッド三姉妹の三つの影が長くのびている。

「じゃあね。ジム。また明日」

 これは来年までのあたしとジムの約束だ。

 

                 END

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恋するリビングデッド 玻津弥 @hakaisitamaeyo

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