ハロウィン二日目
次の日の夜にあたしたちが墓石をどけたころには、星空はとっくに高くあがっていた。
寝るとなかなか起きない姉さんたちはあたしが起きたときまだ寝てた。
「キャシー、今日はどうすんの?」
シナー姉さんがねぼけた声で聞いた。
「行くにきまってるよ!」
あたしが答えると、姉さんたちも今日がハロウィンだってことを思い出したみたいに飛び起きてきて、あたしたちリビングデッド三姉妹はサイレント公園をそれぞれ飛び出した。
ハロウィンは一年のうちたった三日間しかない。歩いてちゃ時間がもったいないから、あたしたちは夜の町を流れ星のようにかけていった。あたしの胸でジムからもらった白目玉のネックレスがうれしそうに飛び跳ねた。
市民ホールは今日も開いてた。お化けやモンスターに変装した人間たちのなかをあたしはジムを探した。
ホール中を探しまわったけど、ジムは見つからなかった。
早くしないとハロウィンが終わってしまう。夜空の星が西方へ流れている。
あたしは白目玉のネックレスを握って、こんどは町を走りはじめた。
サイレント公園を出てすぐ、夜道をとぼとぼと歩く男の子を見かけた。うつむきがちだけど、背格好がジムに似ている。
「ジム?」
「ああ、キャシー」
声をかけると、やっぱりジムだった。
ジムは夜のなかでも白く光る小さな花束を持っていた。
「どこに行くの? ハロウィンなのに」
「サイレント公園だよ」
ジムが言って、あたしの目玉が飛び出しそうになる。
「どうして? あそこ、お墓しかないよ?」
「ぼくの母さんの墓があるんだ。ハロウィンは母さんの命日だから」
「そうなんだ。あたしもついて行っていい?」
「……うん」
ジムが静かにうなずいた。
サイレント公園は虫も鳴かない静けさだった。
特に今夜は騒ぐのが大好きな姉さんたちがいないから、よけいに静かな気がする。
あたしとジムは、あたしが棲んでる墓石のそばまで来ていた。
木々の上を見上げると、いつもより公園の空気がすんでいて、星空がきれいに見える。
もしかしたらジムが空気と星空を掃除してくれてるのかも。
「お母さんのお墓はどこ?」
あたしが聞くと、ジムは奥にある柵の方を指さした。
「ええっ!」
あたしは驚いた。じゃあ、ジムのお母さんってあたしのご近所さんだ! すごい、なんて偶然だろう。
ジムが花をお墓にたむけるのをあたしは興奮する気持ちをおさえて見守っていた。
しばらくして、ジムがあたしを見上げた。
「きみはもうパーティに行ったら? こんなところにいてもつまらないだろう?」
あたしは首を横にふった。
「ううん、あたしはジムといっしょいるよ」
「そう? きみって……かわいいけど、変わってるね」
またかわいいって言われてあたしはうれしくなる。
でもジムの方はとても青白くて今にも死んでしまいそうな目をしていた。
「ジム、もしかして悲しいの?」
あたしにはジムがお母さんのことを考えてるんだとわかった。
「……うん。母さんはガンで死んだけど、ぼくは納得できていないんだ。治療さえしっかりしていればきっと助けられたはずだって」
ジムは墓石の前にしゃがんだまま話した。
「ぼく、将来医者になりたいんだ。そして、誰もが愛する人と病気で悲しい別れをしなくてすむようにしたい」
「……そうだね。人間が死ななくなればいいのに」
あたしは本当にそう思ってつぶやいた。ジムが死ななくなれば、あたしも悲しいお別れをしなくていいから。
すると、ジムは困ったような声を出した。
「うーん……それはどうかな」
「え?」
「生まれる命があるから死んでいく命がある。そうやって、自然の掟で人は順番に生死をつむいでいくんだ。それを不自然なまでに壊すのはよくないと思う」
「……ふぅん。じゃあ死なない人間がいたとしたら、それは自然じゃないっていうの?」
あたしはジムの瞳をのぞきこんで尋ねた。
「それは医者いらずだね。ぼくが医者になる意味がないじゃないか」
「それは、たしかにそうかも」
リビングデッドのあたしには医者なんて必要ない。あたしは人間とは違って不死身だから。
しばらく黙っていると、ふいに右手があたたかくなった。ジムがあたしの手を握っている。
「ジム……?」
「今日は冷える。さぁ、帰ろう」
ジムはあたしの手をとった。それからあたしたちは大通りの途中までずっと手をつないでいた。
一人で先に自分の墓に戻って夜空を眺めていると、姉さんたちが帰ってきた。
「どうしたの、あんた。やけに血色がいいじゃない。まるで人間みたいだよ?」
シナー姉さんが自分の墓に入ろうと両足を入れてからあたしを見て驚いた顔をする。
「え、そう?」
あたしは思わず頬に手を当てた。これも人間によく似た仕草。
「うんうん、あんた最近おかしいじゃん! ねぇ!」
キム姉さんもうなずいた。
「……もしかして恋しちゃったからかも」
あたしは小さい声で言った。
姉の反応は二人そろって「げっ!」だった。
「人間に?」
あたしはうん、とうなずいた。
「あーあ。かわいそうに、キャシー!」
シナー姉さんが細い骨ばった腕でだきついてきた。
「どうして? なにがかわいそうなの?」
「考えてみなよ。あたしたちリビングデッドと人間が結ばれるわけないんだって! そりゃあさ、今はいいよ? ハロウィンにあたしたちのようなヤツらが混じっててもだれも気づかないもん。でもさあたしたちリビングデッドは明日になったらもう会えなくなっちゃうんだよ。あと一日でさよならだよ?」
「そんなことはわかってるけど……」
「アドバイスをあげるよ、キャシー」
シナー姉さんが指をふった。
「なぁに?」
「その人間とすっぱり分かれた方がいいよ。一番いいのはね、あたしたちの特技を披露すること。たとえば、その子の前で腕をもいでみるとか。そしたら一生あんたの前には現れないと思うよ!」
「え……本当に? でも、『腕もぎ』はもうやっちゃったよ」
「やったの? それで?」
「ただ、よくできてるねって。ハロウィンの仮装と思ってるんだよ」
「それなら、体からむしとれる全部のパーツをとってそれでおしまい。ぜったい嫌いになってくれるって!」
「ジムに嫌われる? そんなのいやだよ!」
「ハハッ、それを楽しむんだよ、おバカさん!」
キム姉さんは笑うけど、あたしはとても笑う気にはなれなかった。
「いいからやってみな。頭とってみせたときの人間の顔ったら面白いのなんのって! 悲鳴を上げて逃げていくよ! キャハハ!」
あたしはジムに嫌われたいわけじゃない。
でも、ハロウィンがおわったら、あたしはまた墓場で過ごす日々に戻らなきゃならない。
墓石のすきまから見える月明かりを見ながらあたしは思った。
明日は、ジムと笑顔で別れよう。あたしの正体は知らせずに……。
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