恋するリビングデッド
玻津弥
ハロウィン一日目
月のきれいな夜。
あたしはとなりで寝ている姉さんたちを起こそうと、半分枯れた雑草の茂みの中の四角い石版をノックした。
「早く出てきなよ。いい夜だよ」
月の明かりの下にぬっと現れた青白い肌、もう半分の暗がりには大きなギョロ目に骨と皮ばかりの顔。あたしとよくにている顔が二つ出てきた。
二人は、あたしの姉さんだ。
「あーあ、一週間ちかく寝てたから体がボッキボキ。あっ、大腿骨が裏っ返しになってたみたい。どうりで後ろに歩いちゃうわけだわ」
両手で自分の足をねじるようにし戻しながらシナー姉さんが言った。
「寝相が悪いのねェ! あら、首回してたらとれちゃった。キャハハハハッ」
一番年上のキム姉さんが自分の丸い頭を手に持って笑い声をたてた。姉さんたちっていつもユニークだ。
あたしも姉さんたちにつられて白い歯を出して笑った。
「もう、二人ともドジなんだから!」
あたしたちはリビングデッド三姉妹。
このサイレント公園の墓地に何百年も棲んでいる。ここの墓の下は最高に居心地がよくて、あたしたちは一年中ほとんど、土の中にいる。
あたしたちリビングデッドの特技は、骨の関節をはずすこと、手足や首をもぐこと、あと『死ぬ』ことくらい。
でも人間にはそれが簡単にはできないらしい。だからなのか、あたしたちを怖がって墓地にはあまり近づこうとしない。
あたしたちの方は、人間にものすごく興味があって、毎年この町で三日間続くハロウィンの日を待ち遠しく思ってるくらいなのに。
ハロウィンの夜は町を堂々と歩ける。町の人たちが、ハロウィンの扮装と間違えてくれるから正体がバレる心配はない唯一の日だから。
「ねぇ、今年はどんなイタズラをしようか?」
姉さんたちはハロウィンの前の週から遊ぶ気満々だった。
「アタシ、ミガズリーのチョコバーが食べたい。家を荒らしまくって、チョコバーをくれないかぎり暴れまくろうと思うの。いい考えでしょ?」
シナー姉さんが舌を出して、べろべろと言った。
キム姉さんのギャハギャハという笑う声といっしょに、関節の骨がぎしぎしと興奮した音を立てた。
「で、あんたはどうするの、キャシー」
シナー姉さんがあたしに聞いた。
「あたしは人間に混じってお祭りを楽しむよ」
ハロウィンの夜は特別だ。なんていったって、人間に一番近づける日だから。
ハロウィンの日、太陽が落ちると同時にあたしたちはサイレント公園を出て、通りで二手に分かれた。
姉さんたちはちぎれそうなほど両手を振って、くりぬかれたカボチャのジャック・オー・ランタンが飾られているにぎやかな住宅街のほうへ向かった。
一人になったあたしは伸びをして肩の骨をポキポキ動かした。一年ぶりの墓の外はとても気持ちがいい。
公園から少し離れた大通りまでくると、仮装をしたモンスターたちがぞろぞろと歩いてくるのが見えた。大きなお菓子入りのバッグをかけてる幽霊、とんがり帽子の魔女、口がさけたお姫さまなんかが楽しそうに列を作っている。
あたしはその列になに食わぬ顔をして並んだ。
それから数分が経過した。だけど、だれも悲鳴をあげない。みんな自分たちの変装に満足してぺちゃくちゃしゃべるのに夢中になっている。
あたしは一人でうれしくなってほほえんだ。すると、ふいに隣にいたフランケンシュタインがあたしの方を向いた。
ぶよぶよのただれた顔をしたフランケンシュタインは、本当にリビングデッドの仲間なんじゃないかと思うくらいによく出来ている。
「ハロー、フランケン!」
あたしはあいそよく話しかけてみた。
「あなた、本物?」とあたしが聞く。
フランケンシュタインは縦にうなずいた。
「じゃ、きっとあたしたちの親類ね。よろしく!」
冗談交じりの挨拶をフランケンは愛想よく受け取ってくれた。
あたしはフランケンのぶにょぶにょの手と握手を交わす。
その後、どこの出身かとか、いろいろ尋ねたけれど、フランケンは無口をつらぬいた。
もしかして、フランケンってしゃべらないキャラクターなのかもとあたしは思い始めた。
モンスターの列はぞろぞろと巨大なカボチャのランタンが入口に置いてある広場に入った。広場ではあちこちにテントが並んで、いろんなゲームをやっていた。
入り口に一番近いテントでは、顔にピエロのペイントをした男の子たちが、ビニールプールに浮かんでいるりんごにかぶりついてるのが見える。
あたしは射的をやっているテントに近づいていった。
そこにさっきのフランケンが空気銃をかまえて立っているのが見えた。
パンと音がして、フランケンが撃つと景品の兵隊のフィギュアがコロリと落ちた。
「うまいのね」
あたしはフランケンのとなりに身を乗り出して言った。
また無言。パンと空気銃だけが口をきいて、景品の首飾りを落とした。
「当たった!」
あたしがそう叫んだとき、フランケンは自分の顔を脱ぎ捨てた。
フランケンの下から出てきたのは、当然といえば当然だけど人間。十四くらいの人間の男の子だった。くせのあるブロンドの髪がピンピン好き勝手にはねていて、グリーンのやさしそうな目があたしを見つめている。
「マスクしてると、口が塞がっててうまくしゃべれないんだ」
男の子が抜け殻みたいになったフランケンの頭をぶらぶら揺らして説明した。
「君も射的やる?」
男の子はそう言って、あたしに空気銃をくれた。
「どうやって使うの?」
「こうだよ」
男の子はあたしの指に自分の指をかさねて空気銃を握らせてくれた。
それからしばらく的を狙ってみたけれど、うまく当たらなかった。あたしはつまらなくなってきた。
「この鉄砲おかしいんじゃないかな?」
「そんなことないよ」
男の子はあたしの空気銃を持つと、棚に並んでいたルービックキューブを打ち落としてみせた。
あたしはちょっと不機嫌になる。
こんなのリビングデッドが本気を出せば簡単なのに。
自分の骨を飛ばした方がずっとうまく的に当たりそう。
そこで、男の子が隣のテントに目を移している見ていないすきに、あたしはそれを試してみることにした。
人差し指を景品の人形に向け、ポーンと指から小さな骨を出して景品に向かって飛ばした。
うまくいった。骨は景品の小さな箱に当たった。
「わあ、当たったんだ!」
景品が棚から落ちるのを目撃した男の子が驚いた顔であたしを見た。
「うん、コツがあったみたい」
あたしはぺろりと舌を出して笑った。
景品の箱の中身は、マッチだった。
「なんだぁ。もっとかわいいものがよかったな」
「そうだ。これよかったら、あげるよ」
そう言って男の子がくれたのは、姉さんの白目みたいに真っ白な丸い石のついたネックレスだった。さっき男の子が打ち落とした景品の一つだ。
「ありがと」
あたしはネックレスが気に入った。
「そうだ。ハロウィンのあいだ、市民ホールが貸し切りなんだ。関係者は誰でも入れるんだよ。よかったら、君もこない?」
「いいの?」
「もちろん。ぼくはジム。きみは?」
「あたし、キャシーだよ」
ネックレスをつけてあたしは笑った。
市民ホールは人でいっぱいだった。
人ごみですぐにとなりにいるジムが見えなくなってしまう。でも、ジムがあたしの腕をひっぱってくれてあたしは人の間から抜け出すことができた。
腕ふり、腰ふり、みんな思い思いにダンスを踊っていた。ノリのいい音楽にあたしも体を動かし始める。
ジムもいい感じであたしに合わせるようにして踊り始めた。
「ダンス、うまいね」
スポットライトの影のジムが感心した風に言った。
「まぁね」
あたしは得意げに答えた。
リビングデッドはダンスがうまい。
人間よりも体中の関節がくるくるとよく動くから、いろんな動きができる。
サイレント公園に三年に一度やってくるヴァイオリン弾きのおじいさんがいて、その音色にあわせてダンスするのがあたしたちは好きだ。もちろん、そのおじいさんもリビングデッドだけど。
「君、かわいいよ」と、ジムが急に言った。
あたしは胸骨の下のあたりがふしぎなくらい熱くなるのを感じた。
そんなこと言われたのは生まれて初めて。
なんだか『生きてる』みたい。だって心臓がジムに聞こえそうなほど音を立ててタップダンスを踊ってる。
いったいどうしちゃったの?
あたしは発作が起きたみたいに、ジムにもっとかわいいと言ってほしくなった。
だけど、こういうとき、どうしたらいいのかわからない。今わかるのは首を三百六十度回すコツくらいだ。
「ジム、ちょっと見て」
あたしは特技の関節曲げを披露してみた。手の先がぐんにゃりと曲がって、ふつうの人間には曲げられない方向に向いた。
「どう?」
「……手、やわらかいんだね」
ジムの反応はそれだけだった。
あたしはがっかりした。ジムは困ったように眉をまんなかに寄せている。あたしの特技はなんだか不評みたい。
もしかしたら曲げるだけじゃインパクトが足りないのかもしれない。
「じゃあもっとすごいの見せてあげる!」
頭の中が意味がわからなくなりながら、あたしは自分の肩から腕をもぎとって見せた。
ぷらぷらととれた腕は自信満々でジムに手をふった。
「すげぇ……! どういう仕掛け?」
今度は興味を持ってくれた。あたしはにっこりしてみせる。
「ひみつよ」
「へえ、よくできてるなぁ」
ジムは感心しているみたい。いい感じ。
首をもいだらもっと喜んでくれるかしら?
そんなことを考えていたら、ジムがあたしの手をとってくるくると回した。
あたしはダンス人形になったみたいに、ジムといっしょに踊りふけった。
その夜は楽しすぎて、サイレント公園に帰ってもあたしはまだ足がリズムをとっていた。
ホールで流れていた音楽が体から離れなくなっている。
「……あんたも楽しんだみたいだねー。ウーヒック」
墓石の穴からキム姉さんの片目があたしを見て言った。
「姉さん、なんか飲んだの?」
「うーん? ちょっとシャンパンとウイスキーとワインとー。しゃっくりした拍子にグラスに目玉を落としちゃってー、キヒヒヒっ。目玉のワイン付けがいっちょあがりーと」
キム姉さんの墓石の下から笑い声だけが聞こえてきた。
どうやら、姉妹それぞれハロウィンを楽しんだみたいだ。
あたしは頬に笑みを浮かべながら、満月を墓石でさえぎって墓の上に横になった。まだジムとダンスしているみたいな夢の気分だった。
こうして、ハロウィン一日目は終わった。
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