糸くんの絵

キノ猫

 

小学校の帰り道。

糸は弾むように歩いていました。

今日は、糸が描いた絵が佳作を取った日。

さえずる小鳥たち、揺れる木々に遠くで聞こえる笑い声。世界の全てが輝いていました。

そんな糸は、ママにどう言おう、どうやって絵を見せようなど考えていると、家の前でした。

「ただいま、ママ!」

「おかえり、糸くん。手を洗っていらっしゃい」

糸は手洗いを済ませ、ランドセルを開きます。

「ママ、僕の絵が選ばれたよ!」

「わあ、どんな絵を描いたの?」

連絡帳に挟んでいた紙をママに渡しました。先生がコピーしてくれたものです。

「すごい上手! 糸くんは絵を描く才能があるね」

ママは糸を撫でました。五年生である糸は撫でられるのはあまり嬉しくはありませんが、褒めてもらったのでどうでも良くなりました。

「おじいちゃんにも言わなきゃね!」

ママは鼻歌を歌いながらお菓子を出してくれました。


パパとママに沢山褒めてもらった次の日。

近所に住んでいる中学生の令仁くんと出会いました。

「絵で賞取ったらしいな。おめでと」

糸は満面の笑みで、ありがとう、と返事をしました。

「でも、妹が『あの絵のどこが良かったのか分からない』って言ってたんだよな」

糸の笑顔が凍りつきました。

令仁くんの妹は誰にも真似できない素晴らしい作品を描きます。

でも、それを言っちゃうのはどうなんだろう。どうしてそれを僕に伝えちゃうのだろう。

糸は昨日の喜びをかき消してしまった悲しみを抱えて、学校に向かいました。


学校でも、沢山の人からよかったね、おめでとう、という言葉をもらいました。

ですが、所々で「あれくらいなら自分も書ける」と言った旨の、心ない言葉が聞こえてきました。

糸の心は喜びよりも、拭えない苦しさ、溢れてくる悲しさに支配されてしまいました。

休み時間、外に出る元気も失われてしまった糸は泣きそうな気持ちのまま、学校が終わりました。


昨日とは打って変わって、なんでもない通学路を通って家に帰ると、おじいちゃんがいました。

「糸くんおかえり、元気しとったか?」

ただいまの挨拶だけをして、手を洗います。

ごめんねじいじ、今日は元気じゃなくなっちゃった。

「糸くん、絵で賞取ったらしいなあ。じいじに見せてくれへんか?」

糸は、「全然上手くないよ」と自信が無くなったコピーの絵を渡しました。

それを受け取ったおじいちゃんは、ゆっくりとその絵を見ます。

「優しい絵やな。心があったかくなる気がするわ」

じいじは糸をわしわしと撫でます。

糸は溢れた涙を見られないように、下を向いて、おじいちゃんの手の温もりを感じていました。


それから、糸は絵を描くことがもっと大好きになりました。いくつか賞も取り、同じくらい嫌味を言われました。

それでも、糸の心の灯りである、おじいちゃんの言葉が糸に自信をくれるのでした。

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糸くんの絵 キノ猫 @kinoneko

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