記念SS5 とっておきのフワフワ

「揚げ油よし! 小麦粉2種類よし! 砂糖にバターに塩よし! 卵と牛乳、膨らし粉にパン種、粉砂糖もバッチリだ。じゃあエリー、計量から始めよう」


「なんか思っていたよりも材料の種類が多いな。フランシスさん抜きで、ちゃんとできるか心配になってきた」


 さて。


 ウォータッド大神殿の厨房で、これから、俺とエリー大の男二人で何をしようとしているかというと、ずばり、新しいスイーツの試作だ。


 以前は、新レシピのお菓子作りはフランシスさんにお願いしてきた。でも、俺の調理スキルのレベルが高くなった影響か、そろそろ独り立ちしてみては? なんて提案をされた。さらに『指導する側に回ると新たな境地が開けるかもしれません』なんてことまで。


 ……うん。スキル発生の匂わせっぽい。


 だったらやってみるかと、最近菓子作りに着手し始めたエリーを誘ってみたわけだ。


「そこはゲームだから。レシピ通りにやれば大きな失敗しない……はず」


「だといいが」


 調理系の生産職プレイヤーが日々開発しているレシピ。既にリアルにあるいろいろな種類のスイーツが再現されている。


 でもここはゲームなので、全く実装されていないものは、当然イメージ通りには再現できない。


 どうやら、ゲーム当初から運営に要望を出していた人たちがいたらしくて、ここ最近次々と素材や基本レシピの実装ラッシュになっているみたいなんだよね。凄く助かる。

 

 「さて。新しいレシピを使用する場合、最初は手順通りに手作業マニュアルで成功させる必要がある。今回のポイントは『発酵時間』と『油の温度』だと思うから、そこはきっちり測っていこう!」


 今まで、クッキーやサブレなどの焼き菓子を作ったことはあるが、今日挑戦するのは初めての揚げ菓子。なんだかワクワクするね!



 計量が済んだら、粉ものは粉ふるいにかけ、粉砂糖以外の材料を混ぜ合わせ、生地を捏ねる。


「こんなボソボソしていて大丈夫か?」


「捏ねていれば、バターと水分が生地に馴染んでくるから、だんだん滑らかになってくるよ」


 途中はベタつくけど、それも解消されてつるんとひとまとめになった生地が完成。


ボウルにバターを薄く塗って丸めた生地を置いて濡れ布巾をかける。あっちにあるパン用の発酵器に入れたらしばらく待ちだ」


 一次発酵は生地が倍くらいに膨らめばOK。


「なんでわざわざ発酵させるんだ? ネットで調べたレシピでは膨らし粉を使うだけだったぞ」


 おおっ! ちゃんと予習してきたんだ。俺もしてきたけど、エリーも武闘系とはいえ正規ルートを選ぶだけあって、地道な性格なのかも。


「膨らし粉だけだと、しっかり目の生地になるんだよ。それはそれで美味しいけど、今回はフワフワした食感が目的だから」


「つまりケーキのスポンジっぽい感じになるのか?」


「あれはメレンゲを使っているから、またちょっと違うかな? 発酵が上手くいけばもっとフワフワになるかも」


「それは楽しみだ」


 一次発酵はよさげな感じ。軽く生地をパンチして余計なガスを抜き、生地の分割をする。


「生地が乾かないように、手早くやるのがコツだって。均等に9個に分けたら、丸め直して濡れ布巾をかけ、ベンチタイムだ」


「ベンチタイム? スポーツの試合みたいだな」


「休ませるっていう意味では近いかもね」


 短いベンチタイムが終わったら、生地の形を整える。


「まずは生地を軽く押さえて平らにする。中心に穴を開けて丸く広げる。穴の大きさは後で膨らむことを考慮してちょっと大きめで」


「案外難しいな、これ」


「生地が柔らかいからね。できたら、網の上にそっとのせて、そのまま二次発酵だ。今度は表面が乾燥した方がいいから、濡れ布巾をかけずに室温で」


「また待ち時間か。作業そのものよりも待ち時間の方が長くないか?」


「そうだな。でもたぶん、時間をかけた甲斐があった——っていうのができるよ。じゃあ、鍋と揚げ油の準備をしておこう」


「ゲームの中とはいえ、まさか俺が揚げ物をするとはなぁ。子供の頃『危ないから絶対に近寄るな』と母親に煩く言われていたから、なんか緊張する」


「ここなら、もし火傷しても直ぐに治せるから、気楽にやればいいよ」


「そういえばそうだった!」


 揚げ物用の鉄鍋と網に油、そしてプレイヤーメイドの菜箸と砂時計。菜箸は木製で、生地をひっくり返すだけでなく油の温度をチェックするのにも使える。


 さすがに驚いたけどね。揚げ油の温度を調べる方法は、菜箸から出る泡を見たり、天ぷらなどの衣を落として浮き上がり方を見たり、パン粉の広がり具合をみたりと、幾つか方法があるが、その全てが実装されているらしい。


 さすが拘りのISAO。開発する人は大変じゃないのかな? 


「よし! 適温になった。揚げていこう!」


 砂時計は1分計で、まず1分揚げて、表裏をひっくり返して、さらに1分。


「いい色に上がったね」


 揚げ終わったら、粗熱が取れるのを待って、ひとつづつ皿に載せる。そして溢れるくらいに満遍なく粉砂糖を振りかける。


「これで完成?」


「うん。早速試食してみないか?」


「もちろん!」


 贅沢な粉砂糖塗れの穴あきドーナツの出来上がり! 試食したら、期待以上にフワフワで、ちょっと懐かしい味がした。


 今回は妖精たちには内緒で作った。きっと驚くだろうなぁ。その時が楽しみだ。



*——ISAO「不屈の冒険魂3」発売中!——*

 「とっておきのおやつ」の制作シーン。いかがでしたでしょうか?


発売記念SSは、今回でおしまいの予定です。

挿絵公開はまだあるかも?


3巻の売れ行き(発売から1週間くらいの販売部数)で4巻が出せるかどうか決まるので

皆様、応援よろしくお願い致します。

集英社ダッシュエックス文庫です。集英社さんはきっちり数字出せないと打ち切りなんですよね。そこはさすがジャンプを育ててきた出版社。

我が身(作品)に降りかかると、感心ばかりもしていられない(常に危機感)のですが。

漂鳥

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「不屈の冒険魂」 [ISAO]The indomitable spirit of adventure online【Web版】 漂鳥 @hyocho

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