記念SS4 始まりの街の白牛

「また祭司になったばかりの方が辞めてしまわれました。どうして、皆さん居ついて下さらないのかしら? カタリナさん、あなたにはその原因が分かりますか?」


「さあ? 私には分かりかねます」


「そうですよね。あなたに愚痴を言っても仕方ないのは分かっているのですが、本当に困ってしまって」


 修道院長はガイド的なNPCなので、その役割を考えれば困っている(本来の役割を果たせない)のは本当かもしれない。なぜなら、始まりの街の修道院は、深刻な人手不足と経営危機に直面していたからである。


 今現在、確実に集客が見込めるのは不定期に開催される合唱祭だけ。そして一時的に人が集まっても、修道院には収入に直結するような目玉商品がない。そのため、物販所はいつもガラガラ。そんな状況が長く続いていた。


「見習い期間が終わってからが肝心だというのに、ジルトレの大修道院に推挙しようとしても、皆さん辞退されてしまいます。カタリナさん、あなたもやはり気は変わりませんか?」


 若干期待する眼差しを向ける修道院長に対して、カタリナの答えは変わらない。


「はい。私は子供たちと離れがたいので、この街にずっといるつもりです」


 特殊なプレイスタイルのカタリナは脇に置いておくとしても、そもそも修道院に修行に来る女性の支援職プレイヤーは、基本的にパーティから一時的に離脱してきた者ばかり。彼女たちは外に仲間を待たせている。従って、必要なスキルを習得するとフィールド活動に戻ってしまうのが常だった。


 修道院の経営者である修道院長がなんとか引き留めようとしても、プレイヤーを説得するには至らず、人の流出は止められなかった。


 さらに最近は、始まりの街での滞在をスキップして、プレイを初めてすぐに、次の街に進んでしまうプレイヤーが目立つようになってきていた。


 リアル重視のISAOでは、プレイヤーの参加が極端に減ったり、金策に困るようになったりすると、施設の機能が大幅にカットされてしてしまう可能性がある。このままでは行き詰まることが予想されていた。


「この状況を打開する、よい方法があればいいのですが……」


「修道院長様、つかぬことをお伺いしますが、人の流出が止まらないのは、修道院だけなのでしょうか? この街の神殿も似たような状況なのではないですか?」


「ええ。あなたの言うように、この街では、神殿も人手不足に陥っているようです。でも彼らは危機というほどには困っていないと聞いています」


「その理由はお分かりですか? そこに危機を脱するヒントがある気がするのですが」


「ああそれは……耳にした話では、彼らはウォータッド大神殿から物販所で販売する品物を融通してもらっているらしいので、そのおかげではないかと思います」


「他の街から? そんなことができるのですか? ちなみに、どんなものを取り寄せているのでしょうか?」


「売れ筋は祝福の宿ったお菓子類のようです。信者の方々が列をなして購入されるくらいの人気だとか。それと、冒険者向けには大量の上級聖水や、祝福が宿った装備品が販売されているようですよ」


「では、修道院でも彼らと競合しないような祝福の宿った食品を販売すれば、多少は収益が見込めませんか?」


「もしそれが可能なら……見込みはあると思いますが、例えばどんな品をお考えですか?」


「修道院で飼っている白牛から得られる牛乳で乳製品を作るのはどうでしょう? 試してみないと分かりませんが、上手くスキルが生えれば、祝福の品が作れるかもしれません」


「それはいいアイデアですね。カタリナさん、お願いしてもよろしいですか?」


「はい。おそらく時間がかかってしまうので、それでもよろしければ」


「構いません。真摯に取り組めば、いい結果が出ると思いますよ」


 こうして修道院の歌姫は、忙しい時間を縫って商品開発に乗り出すことになった。


 安請け合いしたわけではない。幸いにも彼女には、そういった案件に助言をしてくれそうな相手に心当たりがあったから。


 そして実際に、ここ最近のクエストで知り合った何人かのプレイヤーに協力を求め、試行錯誤の後に新製品の開発・生産に成功する。


・修道院印の白牛チーズ(白カビ系のナチュラルチーズ)

・修道院印の白牛キャンディー(ミルクとバターが香るソフトキャンディー)

・修道院印の特級白牛バター(癖がなくふんわりとした高品質の最高級バター)

・修道院印の特級生クリーム(製菓材料として大人気)


 開発に協力してくれたプレイヤーたちが真っ先に顧客になり、口コミで調理系のプレイヤーに広めてくれたおかげで、予約注文が入るようになり、修道院の経営は少しずつではあるが持ち直していった。


 しかしその成功を受けて、「修道院の歌姫」と呼ばれるプレイヤーに新たな二つ名がついてしまうことに。


——「修道院の乳搾り姫」、あるいは「修道院の豊乳姫」


「乳搾りはいいけど、もうひとつは困るのよね。会った人、会った人が『あれ? 期待していたのと違う』って顔をするから」


「はぁ!? それってセクハラ案件ですよね。誰ですかそれ。酷いと思います」


「これだから男って……」


「今度見つけたら教えて下さい。失礼な視線を送る男なんて、ギッテンギッテンにしてやればいいんですよ!」


「うんうん。せっかくの女子会だもの。今日は飲んで日頃の憂さを晴らそう! おじさん、ジョッキ追加で!」


 始まりの街で行われた女子会で、気炎を吐く複数の女性プレイヤーの姿が目撃されたとかされないとか。



*——おしらせ——*

近況ノートにISAO3関連のイラスト(刀彼方先生)を公開しました。

是非覗いてみて下さい!


https://kakuyomu.jp/users/hyocho/news/16816700426177617332


今回のSSは書籍版の流れを汲んだ始まりの街の修道院の裏事情でした。

乳製品の開発には、ユキムラも協力したのではないかと思います。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る