記念SS3 ブルーベリー
【ヒュギエイアの杯】の貸し出し許可が出るまで、俺はユーキダシュで再教育——じゃなくて、スキルレベルが不足しているJスキルを鍛え(させられ)ている。
でも、毎日毎日礼儀作法の勉強では息が詰まるだろうと、今日は最近忙しくなってきたという施療院の手伝いに駆り出された。
意外なことに、今、湖沼地帯が人気の狩り場なんだって。
新規参入プレイヤーは購買意欲が非常に盛んだ。市場に良い装備が幾らでも売られているからね。見たら当然欲しくなる。でもそれには先立つものが必要なわけで、手っ取り早く稼げるからという理由で、真珠狩りに挑戦する人が増えたらしい。
ところが、湖沼地帯といえば猛毒に強麻痺が定番だ。その治療薬である「毒中和薬」と「麻痺解除薬」は高価なので、ケチってアイテムを準備せずに挑んだプレイヤーが、ここアラウゴア大神殿の施療院に駆け込んでくる。
なぜかというと、湖沼地帯に最も近い街である「クワドラ」では、神殿長が司教なので通常の毒と麻痺までしか治療できない。
湖沼地帯から距離があるここの施療院にたどり着くまでに死に戻りしそうなものだけど、彼らは無謀にもアイテムごり押しでそれを防いでいた。
聞いた話では、今現在、一番安い回復薬が市場で値崩れしていて、ひと山幾らで売っているらしい。それをまとめ買いしておいて、猛毒になった際には、移動の間は回復薬をガブ飲みしてHPをギリギリ保つという手法だ。
今日も、そんなプレイヤーが一人、施療院に駆け込んできた。
「次は猛毒治療の方です。かなり危険な状態です」
問診担当のNPC神官が焦ったように告げてくる。
「では急いだ方がいいですね。すぐに中へ入って頂きましょう」
回復薬の瓶を両手に施療室に入ってきたのは、目の覚めるような赤い装備に身を固めた金髪の男性プレイヤーだった。
猛毒に冒されていることがひと目で分かるくらい、既に顔色が悪い。露出している肌が、まだらにブルーベリーみたいな色になりかけている。
「猛毒の治療をご希望ですね? 早速スキルを使います。料金が発生しますがいいですか?」
プレイヤーが相手の時は、事後に料金の支払いで揉めないように予め念を押しておく必要がある。偶にだけど、なぜか無料で治療を受けられると勘違いしていたり、踏み倒そうとしたりする人がいるからだ。
「ふっ……私もよくよく運のない男だな」
ん? 確かに猛毒には確率で汚染されるけど、湖沼地帯に行ったのであれば運というよりは必然じゃないかな?
「じゃあかけますね」
「ああ。認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの過ちというものを」
なんか意味不明なことを言っているが、許可を取ったのでパパっと治療してしまう。目の前で死に戻られるのは嫌だから。
「はい。治療はおしまいです。まあ、無茶はしないことですよ。あそこの毒は避けがたいですから」
言っても無駄かもしれないが、一応助言はしておく。
「あたらなければどうということはない」
は? 当たる? 敵に当たる? それとも毒に
「うーん。俺も真珠狩りをしたことがありますが、現地で治療できないと厳しくないですか?」
「戦いは非情さ。そのくらいのことは考えてある」
いやいや。たった今、運がないとか過ちだとか言ってたじゃん。一応は死に戻りリスクを覚悟に上で行っているって意味?
「あそこは稼げますけどね。準備しておかないと死に戻りのリスクが高いですよ」
「チャンスは最大限に生かす、それが私の主義だ」
チャンス? 稼げるチャンスってことかな? なんかいまいち意志の疎通ができていない気がするが、治療も終わったし帰ってもらおう。
「では、また何かあればご相談下さい。お大事に」
*
そして翌日。
「次は、猛毒治療の方です。一刻を争う状態です」
今日も施療院にヘルプに出ている。また猛毒患者か。
「では、すぐに中へ」
フラフラする身体をNPC神官に支えられながら室内に入ってきたのは、まだ記憶に新しい赤い装備の金髪プレイヤーだった。
「とりあえず猛毒を治療しますね」
自力で立てないのはかなりヤバい状態だ。HPがギリギリか、麻痺か、あるいはその両方かは分からないが。
「……見えるぞ、私にも敵が見える」
なんだ? 「混乱」もかかっているのか? でも湖沼地帯に、そんな状態異常になるモンスターっていたっけ?
今すぐ死に戻りをしてもおかしくない。そのくらい顔色が悪い。まずは治療だ。今回は、猛毒治療だけでなく回復もいるかも。
「猛毒を含めて状態異常は解除しましたが、HPが減りすぎて動けないみたいですね。回復もかけますよ」
「ならば、今すぐ愚民ども全てに英知を授けてみせろ」
は? まさか「混乱」が解除できていない? ならもう一回。あと回復も。さすがにこれで大丈夫だろう。
でも昨日あんな状態で駆け込んで、今日またより酷い来るとは、懲りないというか何というか。
「はい。もうこれで大丈夫なはずです。あまり煩い事は言いたくありませんが、今回は神殿内に辿り着く前に死に戻りする可能性が高かったと思います。無茶し過ぎです。なぜこんな危険なことを?」
「坊やだからさ……」
うーん。やっぱり意味不明。さっきのは「混乱」のせいじゃなかったか。こういうキャラなのかもしれない。ここはサッサッとお帰りいただこう。
「ではくれぐれもお大事に。あなたに神の祝福がありますように」
いや本当にお大事に。お願いだから目の前で死に戻らないでね——と願いを込めた祝福のお祈りを捧げる。辺りがピカピカ光っているのは多分気のせい。
すると、何か感じるものがあったのか、真顔になった金髪くんがとても殊勝な感じに頭を下げてきた。
「……昨日も今日も世話になった。……名もなきNPCくん、ありがとう」
なんか(前半部分は)初めてまともなセリフを聞けた気がするので、「NPCじゃないから! あなたと同じプレイヤーですよ」……と言いたいのをグッと堪えて、お帰り頂いた。
あれはいったい何だったのか?
妙に芝居がかったセリフだったし、もしかしてロールプレイか何かなのかな? なんか疲れた。施療院がやけに混んでいたからね。お仕事大変だったし、今日は早めにログアウトするか。
*——不屈の冒険魂ISAO3 挿絵紹介②——*
↓近況ノートへのリンクです。
https://kakuyomu.jp/users/hyocho/news/16816700426156403224
(金髪プレイヤーのユーザーネームは「キャスバル」。こよなく尊敬するある人物の言葉を丸暗記していて、活用する機会を常に伺っている。赤い装備には拘りがあり、実は特注品だったりする。そのため金欠になり真珠狩りへ……という設定です)
少佐のファンの方がいたらすみませんすみませんすみません!
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