エピローグ

ガタンという音と共にバスが停車する。

少し古い型のそのバスには、私の好きで好きで愛した車掌さんが乗っている。

扉が開くと同時に、私は乗り込む。

私だけのために同窓会が終わるのを待ってくれていた車掌さん。

最期の、「留華」という停留所に迎えに出向いてくれた車掌さん。

これが、本当に最期なんだと、私は唇を噛んだ。


車内には誰もいない。静かに、桜の香りだけが漂っていた。

これはいつものこと。

運転席から声がした。


「まもなく発車します。とっとと席に着け」


私はいつもの席に座る。

これもいつものこと。

会話もなくバスは発車する。最後の道をバスは行く。

町をぐるりとバスはめぐる。知ってる。知ってる。ああ、あそこも知ってる。あんなことがあった。こんなこともあった。

いつもの道が、今日は特別に思えた。これが最後なんだ。車掌さんは何も言わない。

少しだけ、スピードが遅い気がする。

これも、いつものこと?

小学校の前と、通行止めの看板が出ているトンネルの前を通る時だけバスは一旦停止した。扉は、開かない。もちろん、誰も乗らない。

やがて、バスは発車した。

私と車掌さんの間には一言も会話がなかった。

これはいつものことじゃない。

町をぐるりと一周したバスは、どこか知らない道へ入り込む。

私は震える声で彼に尋ねた。


「車掌さん、どこに行くの?」


彼は淡々と答えた。


「終点だ」


私は拳を強く握った。


見たこともない不思議な場所へバスは辿り着く。

車内には車掌さんのアナウンスが響く。


「まもなく終点」


これが最後なんだ。車掌さんに会えるのも、最後なんだ。

バスは停まった。


私はゆっくりと静かに席を立つ。

そして、運転席の横へ立った。

これが、最後。

私は口を開いた。


「車掌さん、好きです。今まで、ありがとうございました」


頭を下げて口にした言葉は、いつもより遥かに小さく震えていた。

私らしくないぞ! 笑え!

そう思いながらも、堪えられずに涙が溢れ始めた。


「ずっと、ずっと好きでした。これで、最後です」


最期なんです。

顔も上げられずに、私は言い切った。そして、最後の別れを告げた。


「ありがとう。さよなら」


運転席の方にある扉から私は降りようとした。

扉が開かない。

いつまで経っても扉が開かない。


「あのー、降りられないんですけどー」


ゆっくりと私は振り向く。

そこには。





そこには、ニヤニヤとした意地の悪い笑みで私を見つめる彼がいた。


「何を言ってるんだ。お前を二度と降ろすつもりはない」


運転席からから伸びた手が、私の腕を掴む。

私の胸はドキドキと最高速で駆けていた。


「お前はこれから、俺と一緒にバスに乗り続けるんだ」


彼の碧眼が怪しくきらめいた。




同級生の言葉を思い出す。

その車掌さんは、留華をいつでも終点まで送ることはできたんでしょ? それなのに途中で降ろすなんて特別だよ。

大丈夫。留華は、その車掌さんの特別だって。


何処かの同級生がバスに乗り込む留華を見て呟いた。

やっぱり、あのバスは七不思議の怪異だね。ほら、見てごらんよ。あの車掌さん。

留華を自分のものにしたって顔してる。


大変だね、留華。

これから束縛系彼氏にとらわれ続けちゃうんだ。




桜の花が、彼らを祝福するように舞っていた。

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停留所 犬屋小烏本部 @inuya

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