雪原の足跡

月浦影ノ介

雪原の足跡




 それは彩音が十歳の冬のことだった。

 

 母親と一緒に、田舎に住む祖父母の家に帰省した大晦日、夜遅くなってから雪が降り始めた。ニュースの天気予報でも明日は積もるだろうと伝えている。窓から外を覗くたび、雪は大粒になっていくようだった。

 

 翌朝の元日は、見渡す限りの雪景色である。

 新年の挨拶もそこそこに、祖父母の家で飼っている柴犬の小太郎を連れて、彩音は玄関を飛び出した。

 雪は足首が埋もれる程度の深さだった。もっと積もるかと思ったのに、あまりたいしたことがないので少しガッカリした。

 それでも久しぶりに見る雪景色に心は浮かれる。小太郎に引っ張られるようにして、彩音は雪の中を駆け出した。

 雪にまみれて飛び跳ねる小太郎のハッハッという荒い息遣い以外、何も聞こえないほど静かだった。

 目の前の低い山並みも、狭い道路も、広がる畑も、その間に点在する家々も、全てが境界線をなくして白一色に覆われている。

 道路脇の溝に落ちないよう気をつけながら、彩音は小太郎の先導に任せてしばらく歩いた。


 やがて細い道が斜めに重なる十字路に出た。左手に進む道は山の中に湾曲して伸びている。その麓の雑木林に隠れるようにして、小さな祠がこじんまりと建っていた。

 屋根に雪を被った祠の前に、きちんとお供え物が置かれている。

 何が祀ってあるのだろう。そう思った彩音は恐る恐る祠に近寄った。そして、その格子戸が僅かに開いているのに気付いた。

 

 祠の格子戸の下から、小さな窪みが点々と伸びている。足跡だった。たぶん自分と同じ子供ぐらいの大きさの。なぜか女の子だと思った。

 だがそれはいささか奇妙な足跡だった。普通、足跡は左右交互に残るものだ。しかしその足跡は、蟻の行列のように真っ直ぐ一直線である。形から見ると右足のようだった。

 少し考えて、この足跡の主は一本足なのだと気付いた。杖も付かず、片足だけでケンケンしながら歩いているから、このような足跡が残るのだ。

 

 風が吹いた。

 一本だけの足跡は道路を外れ、雪に覆われた畑の方へと向かっていた。

 昨夜の悪天候が嘘のような穏やかな青空で、日の光が雪に反射して少し眩しい。風に舞い上がった雪の欠片かけらがキラキラと輝いて綺麗だと思った。

 動くものの影すらない真っ白な雪原の中を、片方だけの足跡がどこまでもどこまでも続いている。


 それをじっと見ているうちに、何故かふいに怖くなった。

 その心を感じ取ったのか、小太郎が彩音のコートの裾を噛んで、もう帰ろうとでも言うように引っ張っている。

 足早に祖父母の家へ戻る途中、彩音は何度も後ろを振り返った。足跡の主が雪原に姿を見せることはなかった。

 

 家に帰りついた彩音は、母親に自分が見た足跡について話した。

 娘の話を聞き終えた母親は「神様も雪に浮かれて遊びに出たのね」と、優しく微笑んだのだった。


                 (了)



 

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雪原の足跡 月浦影ノ介 @tukinokage

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