雨の上がった夜空に…。
今日私は、付き合っていた彼と別れた。
駅のホームで喧嘩した。喧嘩して、其のまま彼をホームに残し、私は振り返ることなく駅を後にした。
明日は友達皆に言われるだろう。
「やっぱりね…」「だからずっと言っていたじゃない?!」「長続きする訳ないと思ってた」どれも皆、散々言われ続けてきた言葉。
駅のホームを後にした私は雨の中立ち尽くし、見ず知らずの人に「大丈夫ですか?」と声を掛けられた。交差点でぼんやりと立ち尽くし、青信号を何度も渡ることもなく遣り過ごしていたそうだ…。其れを見て…其の人は心配になって声を掛けてくれた…。私は交差点で立ち尽くし泣いていた。雨の止んだことにも気付かずに傘を差したまま、其の下で泣いていた。
「大丈夫ですか?」
大丈夫なのかどうか私にも分からなかった。涙が頬を伝うことにも気付いていなかった。奇妙なことだけれど、あの涙の意味が分からない。強がっている訳でもないけれど、失恋の涙とは少しニュアンスが違う気がした。
不釣り合いな二人。其う言われ続けてきた彼と私。
「長続きする訳ない…」其う言われ続けて居た二人。
パンクロッカー風のツンツンと髪を立てた彼と黒く長い髪の私。
常に革ジャンの彼と、ワンピースの私。
常に友達の輪の中に居る彼と、友達も少なく人見知りな私…。
涙は失恋の所為ではない…。
すぐには涙の訳を理解出来なかったけれど、悲しかったんじゃなく、悔しかったんだ…。そうだ、悔しいんだ。
男も女も分け隔てなく仲良く出来る彼に、私は憧れていた。
彼と仲間達。いつも彼が連んでいる仲間達。普段から、肩を組んだり、ふざけてしがみついたりつかれたり。特に他意なども無く自然と其う云ったことが出来る仲間たち。仲間の部屋でみんなで雑魚寝したり出来る仲間たち…。其う、彼は言っていた。
其んな人たちに憧れた。
其んな人と一緒に居れば私も変わることが出来るのだと思った。小さい頃から自分を主張することも苦手で、友達の輪の中に…輪の一番外側にかろうじてついてまわる…其んな子供だった。其んな私が、常に輪の中心に居られる人と一緒に居れば…変われると思った。変われると、勘違いしていた。結局は人頼みだ。本当に変わるつもりなら、変わりたいのなら…私、自らが変わらなければ…其れは変わったことにはならない。影響され…人を頼りに、変わった様に見えても、其れは本当に変わったんじゃない。
人の顔色を伺うのではなく、自らの想いのままに…。其んな生き方が憧れ。
彼の周りに集う女の子たちに憧れても、憧れたまま何も変わらなかった私…。変わりたいとは言いつつも、髪の色を染める程度のことすら出来なかった私…。
いつも彼の傍に居る女の子…髪を紫に染めた明るい女の子…。あの子に私は憧れていた。彼とつきあっていたのは私だったのかもしれないけれど、私はあの紫の"パンクガール"にずっと憧れていた。彼女と彼が一緒に居る姿、いつまでも其れを遠くで見るままだった私。そうだ…其んな自分に我慢がならなかったんだ…私。不甲斐ない私…。嫉妬…。
駅のホームでの喧嘩。
彼が「そんなんじゃない!」と言った時、背を向けて去ろうとする私の傘を彼が「行くなよ!」と掴んだ時、私は叫んでいた。
「放してっ!」
其の声に驚いた彼。私自身も驚いた。あれ程大きな声など、今まで出したことはなかった。自分でもあんなに大きな声が出るだなんて、知らなかった…。
其の傘が今、私の手元にある。
彼が掴んで歪んでしまった傘…。彼が誕生日のプレゼントに買ってくれた赤い傘。不恰好に歪んでしまった傘…。手元の歪んだ傘を見つめながら、声に出して言ってみる。
「何で私…此んな壊れた傘を、いつまでも持ってるんだろう…」
声に出してみると、随分と其れだけで気持ちが晴れた。
もう誰かに寄りかかって生きるのは止めよう。自分の足で立ってみよう。
其う決意する。其う決意することがやっと出来た。今度こそ…。
「さようなら…」
公園の隅にひっそりと佇んでいるゴミ箱へと、歪んだ傘を棄てる。
もの悲しくゴミ箱に突き立てられた傘に別れを告げ、私は歩き出す。
歩き出す足元に月明かりに照らされた自分の影が映っていた。
「雨はもう止んでいますよ………か」
交差点で傘を差したまま立ち尽くす私に掛けられた言葉を思い返した…。
雨の上がった夜空を私は見上げる。
もはや雲ひとつなくなった空で月が、静かに私を見下ろしていた…。
-了-
歪んだ赤い傘…。 宇佐美真里 @ottoleaf
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