第333話母に攻撃する小姑と娘に反抗してみた1
とある連休の初日。
奏介は姉の姫と母親の安友子と共に、地方路線の電車の四人席に座っていた。
「奏介、それ美味しい?」
チキンステーキ弁当をつついていた奏介はもぐもぐしながら正面に座る姫を見やった。
「うん。冷めてるけど美味いよ」
先ほどの小さな駅で買った駅弁は当たりだったようだ。
「ねえねえ、一切れちょうだい?」
「いや、ちょっと。これ、俺の弁当のメインなんだけど」
「なら、しいたけと交換」
「駄目」
釣り合わな過ぎだろう。
「ていうか、それ美味しくないの?」
「釜飯弁当、美味しいけど、肉が小さかったから」
「ダイエットでもしてるの?」
「あの時は釜飯の気分だったのよ」
「まあ、そうか」
そんなやり取りをしていると、姫の隣に座る母が浮かない顔をしていた。弁当も進んでいない。
奏介は姫と顔を見合わせた。
「えーと、お母さん、そんなに行きたくないの?」
「え? ……ああ、そういうわけじゃ。何か嫌な予感がして」
「母さん、里ばあちゃんと仲良かったよね」
父方の祖母である菅谷里子と安友子は嫁姑問題とは無縁で、昔からかなり仲が良い。今回は里子が体調不良で寝込んでいるらしく、洋輔から様子を見てきてほしいと頼まれたのだ。
「お義母さんのことは普通に心配なんだけど、もしかすると」
何が言いたいのかわからないが、里子の家に行ってみれば分かるだろうか。
それはそうと、電車の旅をもう少し楽しむことにする。
○
山や田畑に囲まれた駅から少し歩いたところに大きな集落があり、その一角にある一軒家が菅谷里子の住む家だ。
呼び鈴を押して、曇りガラスの戸を開けると、パジャマにはんてん姿の高齢女性が出てきた。染めているのか、ほぼ黒髪でほんの少し白髪が混じっている。
「あらあら、安友子さん。お久しぶりねぇ。元気だったぁ?」
「お、お義母さん? 熱があるって」
「もう治りかけなのよ。あら! あらあらまあまあ、姫ちゃんと奏君? 随分と大きくなっちゃって」
「お久しぶりです。おばあちゃん」
姫が手を振る。
「久しぶり」
続いて奏介も。
それぞれ声をかける。優しい笑顔は昔と変わらずだ。
少し興奮した様子で歩み寄ってきて、姫と奏介の頭を優しく撫でる。
「なんかもう元気になっちゃったわぁ」
そう言った途端、
「こほッ、こほッ」
こちらに向けないように後ろを向いて、咳き込む。
「大丈夫ですか? 風邪をこじらせたって洋輔さんに聞いたのですが」
「ああ、そうなのよ。悪いわねぇ」
一人暮らしで病気になると不便になのだろう。風邪を引くと、姫も帰って来たりするので。
「でも、市子とマミカちゃんも来てくれてるから」
安友子がびくっと肩を揺らした。
菅谷市子は洋輔の妹、マミカはその娘で奏介のいわゆる、従妹にあたる女の子だ。現在小学生のはずだ。幼稚園生の頃に一回会ったきりなので印象は薄い。
(そういうことか……)
奏介は姫と目線を交わした。市子は安友子にとっての小姑だ。あまり仲はよろしくなかったはず。
「さ、上がって」
「お邪魔します、お義母さん」
家の中へ。他人の家の不思議な香りは何か懐かしい。居間に通される。
「お茶淹れるわね」
畳の和室で、こたつにテレビと茶ダンスがあった。
「え、そんな。手伝いに来たんですから、寝てて下さい」
「そうそう。洗濯ものとかご飯の用意とかするから、おばあちゃんは休まないと。また酷くなったら大変だし」
「もう治りかけだから大丈夫よぉ」
そう言ったものの、時々咳き込んでいるので心配だ。
「へえ、お母さんにお茶淹れさせる気? 良いご身分ね、お嫁さんって」
そんな声が聞こえて来て、奏介と姫は居間と繋がる台所の入り口を見やった。そこには三十代前半だと思われる女性が立っていた。彼女が市子だ。その隣には小学生の女の子、娘のマミカだろう。
「え……あ、いや。今、無理をしようとしたので、止めたところなんです。淹れさせるなんてそんなことしません」
「ふーん。てか、何しに来たの? 無能な嫁が来てもできることないと思うけど」
「……っ」
初手で物凄い言い様だ。一時期、彼女からの攻撃で病んでいた時期があったと父、洋輔から聞いている。
姫が小声で耳打ちしてくる。
「性格の不一致で旦那さんに逃げられて、シンママなんだってさ」
「あー」
この態度を見ると想像がついてしまう。
「ん? あんたの子供達? 挨拶もできないのね」
姫がにっこり笑う。
「失礼しました。菅谷姫です。こんにちは。こっちは弟の」
「奏介です」
二人そろって、頭を下げる。
「洋兄に似た方はまあまあじゃん。そっちは完全に陰キャの嫁似ね」
吐き捨てるように言われる。とんでもなく失礼だ。
(よし、喧嘩かってやる)
奏介は笑顔を浮かべながら、内心でそう決めた。
「で、あんた何が出来んの?」
「あ……その、家事はもちろん全部出来ます。市子さんがお夕飯を作られるなら、お買い物行ってきますけど」
「はあ? 来たんだから全部あんたがやれよ」
安友子は委縮してうつむいてしまう。
「いい加減にしなさい。せっかく来てくれた安友子さんになんていうことを言うのっ」
温厚な里子がむっとして睨むと、市子は肩をすくめた。
「お母さんもよくその無能をかばうわよね。んじゃよろしく。ああ、そうだ。あんたらはマミカの面倒みといてよ。それくらいできるっしょ?」
姫奏介にそう言ったかと思うと、不安そうなマミカを置いて、市子は欠伸をしながら自室へと戻って行った。
「強烈ぅ。お母さん、あの人と何かあったの?」
「ううん。初対面からあんな感じだから何がなんだか。心当たりないけど、わたしが何かしたのかもしれないわ。……でも」
安友子は拳を握りしめた。そして、思う。
(うちの子達をこれ以上、馬鹿にされるなら、私だって)
心の中でそう強く呟いた。
「ごめんなさいね。あの子、気に入らない相手には攻撃的で」
里子は深いため息を一つ。
「いいんです。えっと、お買い物行ってきますね。そしたらお夕飯の準備を。おかゆかうどんが良いですか?」
「そうね、お願いするわぁ。泊まって行くのよね?」
一泊のつもりで来ている。身の回りのことを手伝う予定だ。
「明日の朝ごはんとか、お掃除とかなんでもしますよ」
「ふふ、ありがと」
と、奏介と姫の前にマミカが近づいてきた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。マミカと遊ばない?」
無邪気な笑顔を向けられ、奏介と姫も笑顔を返した。
「俺は良いよ」
「んー、そうね。何かしよっか? うちのお母さんが買い物から戻ってくるまでね」
「わーい。トランプとかできる?」
マミカの要望で、居間のテーブルでババ抜きをすることになった。居間の隣に里子の寝室があるので、見守るには最適だ。
「マミカちゃんて今何年生なの?」
と、姫。
「マミカ、小学校二年生なの。おばちゃんは?」
「ぐっ」
奏介は顔を引きつらせた。先ほどはお姉ちゃん呼びだったはずだが。
「あーそうね。わたしはもうお仕事してるの」
姫、かなり頭に来ているようで、笑顔が引きつっている。
「ふーん。学校行ってないんだぁ。ママ三十五歳なんだって。おばちゃんは四十歳とか?」
「……」
姫が黙ったので、マミカは奏介を見る。
「お兄ちゃんて、女の子の後を追いまわしたりする?」
「……ん? それってどういうこと?」
「最近ね、学校の先生が不審者に気を付けなさいって言ってたの。その不審者さんの写真にお兄ちゃんが凄く似てるから。ストーカーって言うんだよね?」
にこにことしながらそんなことを言ってくる。
「あのね、マミカちゃん。その不審者って悪いことしてる人だよね? そういうことをむやみに人に言っちゃだめだよ」
「だってお兄ちゃん、見た目不審者そのものなんだもん。あはは」
「だからね? そういうことを」
奏介の口調の変化を感じ取ったのか、マミカはビクッと肩を揺らした。怯えた様子に奏介もはっとする。
「う……うああああん。怒られたぁ。マミカ思っただけなのにぃ」
ガチ泣きだった。
奏介も姫も面食らう。
と、里子の寝室の襖が開いた。
「ど、どうしたの?」
「おばあああちゃん! このお兄ちゃんが嫌なこと言ったぁ」
里子は複雑そうな表情で、奏介を見た。
「奏君、あのね、マミカちゃんはまだ小さいから、ね? いじめないでね?」
里子はそう言って、寝床に戻って行った。
そこで頬杖をついたマミカがにやりと笑う。
「とりあえずさ、お菓子とか買って来てくんない? 言っておくけど、おばあちゃんは完全、あたしの味方だから。あんたらにいじめられたってママにチクればあんたらの母親に攻撃行くかんね? そこんところよろしくぅ」
マミカの馬鹿にした言い方、完全にこちらを舐め切っている。
奏介と姫はうつむいていた。
うつむきつつも、纏うオーラは闇色だ。
※あとがき
今年も1年ありがとうございました!
来年もよろしくお願いします。
読者様に感謝……!
良いお年を!
見た目いじめられっ子の俺は喧嘩売られたので反抗してみた たかしろひと @takashiro88
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