絶滅危惧種観察日記 十匹狼の遠吠え

高見南純平

第1話 幻を求めて

 運転手の後頭部にあるぎらついた目玉が、舐めまわすように私を見てきた。

 何ら不思議なことではないが、やはり常に見られるのは気分が悪い。


 私は運転手席側の後ろに座っていたので、もろに目が合ってしまう。すぐにでも隣に移動したいところだが、移動をすれば、彼に見られていることが気持ち悪くて仕方がないということを、彼自身に伝えることになる。そういった人を傷つけかねない行動は、日ごろから気をつけることにしている。


 人は知らぬうちに何かを傷つけている。それは、同じ人間だけとは限らない。


「あんた学者さんって、言いましたっけか。若いのに立派ですなぁ。こんなところまで調査ですか」


 言葉が少しなまっていて、かなり高齢者のように聞こえるが、見たところ四十代といったところか。田舎のタクシーなので、制服は着ておらず、だらしない布服を着ていた。


 私はそんなことは気にしていない。今運転して貰っているのは、辺境も辺境。ド田舎だ。そんな場所で車を走らせているというだけで、私にとってはありがたい。


 なので、タクシーも黒塗りではなくかなり年季の入っているものだ。西暦30xx年では、かえって珍しい。錆が目立っていたので、最初は形の変わったトラックかと思ってしまった。


 「いえ、当たり前のことをしているだけです。人類が犯した罪は、人類が償わなければいけませんから」


 人類の文明は進歩しすぎた。テクノロジーが発達し、様々な道具やシステムが誕生した。そのおかげで我々の生活は一気に便利になっていった。しかし、そのせいで資源不足や地球温暖化といった環境問題に拍車がかかった。


 人類はいずれ滅びる運命かと思われたが、そうではなかった。二十五世紀にそれは始まったっと記録されている。


 「いやいや、恐れ入りましたや。確かに、お客さんの言う通りですわ。人間は進化しすぎたんですかねぇ?」


 そう言って運転手は、さっきよりも大きく瞼を開いてきた。悪気はないのだろうが、やめてほしいものだ。


 「一概には言えません。でも、それによって失われたものがあるというのも事実です」


  進化期。二十五世紀に活発化したとされている生命の突然変異。環境に適応をしようとした人間は、テクノロジーだけではなく自らも進化した。

 目の前にいるタクシー運転手も、そういった人類の一種だ。顔の正面にある二つの目玉に加えて、もう一つ後ろに目玉がある。そこにだけ後ろ髪が生えていなく、目玉を抜けば綺麗な十円禿げの出来上がりだ。


 「ほへ~」


 間抜けな返事だ。あちらから質問してきたはずだが、すでに興味はそれほどないようだ。

 彼らを総称して三つ目族と呼ぶ。特徴はその名の通りだ。

 こういったように、人類は様々な進化を繰り返してきた。腕が四本もあるものもいれば、顔が三つあるものもいる。


 時が進むにつれて、動物、魚、植物、全ての生命が進化をたどっていった。

 それが進化期だ。


 かくいう私も、進化した人類の一種だ。

 私には角が生えている。角と言えば聞こえはいいが、頭から少し飛び出ている程度だ。私は鬼人と呼ばれる種族だ。成人すれば、武器にさえなれる強固な角が生えてくる種族だ。


 けれど、私は出来損ないだ。この歳になっても一向に成長はしない。

 私が今の仕事を選んだのは、もしかするとそこが由縁なのかもしれない。


 「一つ、質問したいのですが、あなたは狼を見たことがありますか?」


 私の肩書きは絶滅危惧種調査委員。進化期のさなかで、多くの生命が絶滅していった。進化し強大な力を得た生物は、進化をしていない弱い生物を淘汰していく。人類の中でも戦争が増え、自然界では食物連鎖が過激になった。これによって、人口は調整されて、人類の文明はそれほど発達しなかったと述べる学者もいる。


 多くの進化できなかった生物がいたなかで、今でも変わらない姿で生存している生命が存在する。その多くは絶滅危惧種に認定されており、それらを調査時には保護をしていくのが、私の仕事だ。ほぼほぼボランティアだが、やりがいのある仕事である。もうかれこれ、十年は続けているだろうか。


 「狼ねぇ。おらの村じゃ、伝説の動物だなぁ。白銀の狼。名前は聞いたことがあっても、見たことある奴はほとんどいないですぜ」


 先ほどの質問をすれば、大体の人間が知らないと答える。この運転手はまだいい方だ。けど、近くの村でさえ、伝説級に扱われている。これこそ、問題なのだ。


 あと数キロ走れば、目的の場所にたどり着く。多種多様な動物たちが生息している、巨大な密林だ。この運転手の村が一番近いところだが、車で何時間もかかる。なので、人間が狩猟目的で訪れることはほとんどなく、自然の力だけで形成されている密林だ。こういった純粋な場所は少なく、辺境にこないとなかなか巡り合えない。


 今回の調査対象は「狼」。二十世紀ですら絶滅危惧種に認定されており、ニホンという国に生息していた狼はすでに絶滅したとされていた。


 なのにもかかわらず、彼らはこの時代でも子孫を絶やすことなく生活している。しかも進化せずだ。狼の進化系も存在する。より獰猛により素早くなったものが多い。そういった狼は、絶滅危惧種ではなく、一般動物として動物園でも見ることができる。


 けれど、今回の対象者である狼は、大きな変化をした形跡がない。それによって、多くの狼が淘汰されてきた。それでも彼らは生きている。生まれ持った姿で生きていく彼らに、私は美を感じている。

 

 気になる。気になって仕方がない。

 何故彼らはあえて進化をしなかったのか。

 生命の謎が、私の学者魂を揺さぶる。


 「いるといいんですが。はやく、彼らの姿を拝みたいものです」


 砂利道が続いていて乗り心地が悪かった。けれど、しばらくすると野原になってきたのか、不快感は消えていった。密林はもう少しだろうか。


 「あんたなら会えるさ。ただの、おやじの勘だがね」


 運転手は大笑いをした。気休め程度の言葉だが、それでも嬉しい一言だ。こういった、その土地の人間の勘は、案外馬鹿にできないものである。


 鼓動が高まっていくのが分かる。全身の脈が打つのが伝わってくる。

 この調査は仕事でもあり、大切な環境保護だ。

 けれど、それ以上に、新たな出会いに興奮せずにはいられなかった

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