第4話 自然界の家族

 ワリアルスも狼と同様に鼻を動かし、餌を探しているのだろう。

 しかし、私が知る限りではワリアルスの鼻は特に発達していない。


  ジャングルには未知の植物がわんさか生息しており、香りも様々。嗅ぎ分けるには相当な嗅覚が必要だ。ワリアルスの祖先は熊やライオン、はたまたワニや鳥ともいわれており、鼻は犬などに比べれば劣っていると言わざる終えない。


 なので、進化するなかで彼らは鼻ではなく、他を進化させた。


 それが目だ。ワリアルスの視力は人間の十倍はあり、色も十色以上見えていると言われている。。

 私は服の上から、右胸の部分を軽く触れた。すると一瞬で、衣服、ヘルメット、リュックの色が草木と同化した。保護色がこの調査服には搭載されている。


 これで、いくらかはワリアルスの目をごまかせるだろう。


 問題は狼だ。ワリアルスを確認すると、どうしていいかわからず固まってしまった。このままでは、森の主にバレてしまう。

 私がそう考えたころには遅かった。すでにワリアルスは子供狼を捕捉してしまっていた。忘れていた。ワリアルスは視野も恐ろしく広いのだ。


「グルウォォォオォォ」


 ワリアルスはその場で雄たけびを上げた。威嚇をしているのだ。怪物から放たれた咆哮は、私たちの動きを止めるには十分すぎた。


 子供狼は怯え切ってしまって、固まり続けている。


 雄たけびを上げたワリアルスは、王者の余裕でゆっくりと距離を詰めていった。足は笑えるほど遅いが、歩幅がそれを補っている。下手に速く走るよりも、体力を温存しながら近づける。


 もしかしたら、子供狼が全速力で逃げれば、ワリアルスの視界から消えることはできるかもしれない。しかし、子供狼は一瞬ためらってしまった。この一瞬の立ち止まりは、狩りにおいては命取りだ。


 このままでは捕食されるかもしれない。私は立ち上がり、やむを得ず策を講じようとしたときだった。

 まるで楽器が奏でられたかのような、透き通った遠吠えがどこからともなく聞こえてきた。


 私の視界に映っていないので、声の主はそれなりに離れていると思うが、遠吠えは鮮明にすっと耳に入り込んでくる。


 これにいち早く反応したのは、子狼だ。聞きなれた声なのだろう。

 安心したのか草むらから身を乗り出し、ふわりとした尻尾をせわしなく振りながら、声の方へと走り出した。


 それに気がついたワリアルスも、同じ方角へと歩みを進める。

 これでは先ほどと状況は変わらない。まだ、森の主は獲物を見失ってはいない。


 ワリアルスが重みのある足音を立てながら歩いていると、今度はその後ろから同じような遠吠えが聞こえた。何度聞いても、美しい音色だ。


 強竜 ワリアルスの耳は極小だ。パッと見ただけではついているのかわからないほどに小さい。

 そのため、それほど耳は機能していないと言われており、小さい音をほとんど拾わず、はっきりとした音しかキャッチしない。


 なので、近くで大きな物音が立てば、過敏にそっちに反応してしまう。そういう習性なのだろう。例えば今鳴っている鳴き声や、爆発音などには、異様に食いついてしまう。


 後方から聞こえる遠吠えに反応した密林竜は、その場で足を止めて、顔だけ振り返った。両目をギロっと見開き、音の居所を探った。


 何かを捕捉したのか、すぐさま全身も振り返らせた。そして、相変わらずの鈍足でそちらへ向かっていく。


 この時点で、ワリアルスは子供狼のことをすっかりと忘れていることだろう。双眼鏡で子供狼が走った方角を見ると、嬉しい光景が映った。


 子供よりも一回り大きい、成熟しきった狼が二匹、傍についていた。無事に群れと合流したのだろう。

 さっきの遠吠えは、子供狼に位置を知らされるための合図だったのだ。

 そして、二発目が引きはがすための囮。見事なチームワークだ。


 少しすると、また別のところから遠吠えが聞こえてきた。そして、少し経つとまた同じような声が聞こえてくる。密林の奥に行ってしまって詳しくはわからないが、今頃狼たちにワリアルスが翻弄されている事だろう。


 辺り一帯が急に静かになった。騒音に近い足音も、芸術的な遠吠えももう聞かない。ワリアルスは、密林の奥底へと行ってくれたようだ。


 しばらく子供狼たちの様子を見ると、ワリアルスが歩いていった茂みから、数匹の狼がやってきた。神々しさを感じるような銀白の毛に包まれた凛々しき獣。

 それが、肉眼で拝めるほど私の近くを歩いている。

 保護色のおかげで私には気づいていないようだ。


 おそらく彼らが、ワリアルスを攪乱した斥候といったところだろう。子供を守るために自らを囮にした、勇敢なる戦士である。


 彼らは先で待機している狼たちの元へと、軽やかなステップで走っていった。

 私も、気づかれないように細心の注意を払って後を追った。


 狼たちが合流すると、別の茂みから新たな狼たちがゆっくりと歩み寄ってきた。

 大人が二匹おり、その後ろをぬいぐるみのような足で、子供が二匹ついてきていた。

 もしかしたら、さっきの子供と兄弟なのかもしれない。微笑ましい限りだ。


 これで群れが全員揃った様子だった。

 大人が七匹に子供三匹、総勢十匹の群れだ。

 狼は家族で群れを形成すると言われるので、全員が何らかの血縁関係ということだ。


 これは結束力を強めていると言われているが、その反面、近親相姦になる可能性が高いので、狂犬病などの病にかかわりやすいともされている。 


 何はともあれ、家族全員が集結したのは喜ばしいことだ。安心しきった子供狼は、親と思われる狼の体を、ぺろぺろと舐めている。


 森の主に襲われるいうハプニングには、私もたじろいでしまったが、結果的には群れと遭遇できたので、結果オーライといったところだ。


 これでようやく、私の仕事に取り掛かれる。

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