エピローグ ―新たな自分として―

 唯佳達と別れ、木場は正門のところまで戻ってきた。最初にここを潜った時とは違い、今は晴れやかな気分が心を満たし、照りつける日光さえも気持ちを高揚させてくれる。木場はスキップしながら正門を潜り、無意識のうちに鼻歌を口ずさんでいた。


「……随分と機嫌がいいな。俺といる時とは大違いだ」


 急に知った声がして、木場はびくりとして立ち止まった。見ると、ガマ警部が正門前の表札のついた柱にもたれ、煙草を燻らせながらこちらを見据えていた。


「が、ガマさん!? どうしたんですか、こんなところで……」


「今日は午前中に人間ドックに行っていてな。その病院がたまたまこの近くにあるんだが、予定よりも早く終わってな。ここらで適当に一服していたら、お前が上機嫌で通りがかったというわけだ」


「は、はぁ。そうですか…」


 答えながら、木場の内心ではいくつもの疑問が渦巻いていた。ガマさんの家ってこの近くだったっけ。それにいくら時間ができたからって、わざわざ高校の正門前で煙草を吸うことはないだろう。そもそも、人間ドックに行くなんて予定表に書いてなかったけど――。


「それで? 生徒との面談は上手くいったのか?」ガマ警部が煙草を咥えたまま尋ねてきた。


「あ、はい。唯佳ちゃん以外にも、的場君や古賀さんも来てくれて。みんな、ちょっとずつ変わったように見えましたよ」


 最初に会った時の3人の姿を思い出す。学級委員長のイメージに捕らわれていた敦子は、自らの殻を破り始めた。他人に関心を寄せなかった貴弘は、傷心していた唯佳に手を差し伸べ、彼女の心の支えとなった。そして、悲しみを押し隠して笑顔を繕っていた唯佳は、自分の底にある悲しみを認め、それでも立ち上がろうとする強さを手に入れた。

 この事件が彼らに残した傷は大きい。だがそれでも、彼らはその闇に屈することなく、前を向いて進んでいくのだろう。


「ふん……それは何よりだ。しかし、生徒3人が揃ってお前に会いに来るとは……。木場お前、刑事より教師になった方がよかったんじゃないのか?」


「あ、それちょっと思いました。見た目のキャラと中身が全然違ったり、違うタイプの人間同士が友達になったり、いろんな生徒の姿を見れるのが学校なんだなって思って。そういうのを見るのも面白そうですよね」


 存外に真面目に答えられ、ガマ警部は一瞬言葉をなくしたが、すぐにいつものように眉間に皺を刻むと、心底疲れた顔でため息をついた。


「……転職を考えているなら引き留めはせん。刑事なんざ、勤務時間は不規則だわ、人間のろくでもない姿を見せられるわ、関係者には憎まれ口を叩かれるわ……ろくな仕事じゃない。お前が手を離れれば、その分俺も楽になるからな」


「やだなぁガマさん、冗談ですよ。自分はどこまでもガマさんについていくって決めてるんですから!」


 木場が意気揚々と宣言した。ガマ警部は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、煙草を地面に落として靴で踏みつけた。


「……用が済んだらさっさと帰るぞ。俺達を待っている事件は山ほどある。1つのヤマが解決したからと言っていつまでも浮かれ気分ではいれんからな」


「はい! あ、でも、その前に食事していいですか? この近くに美味しいイタリアンの店があるって聞いて、そこのアンチョビパスタを食べるのを楽しみにしてたんですよ」


「そんなOLみたいなことを言うんじゃない。刑事の飯なんざ牛丼で十分だ。さっさと行くぞ」


 ガマ警部が木場の返事を待たずにずんずんと歩いて行く。木場は残念そうに声を上げ、名残惜しそうにレストランの方角を見やったが、すぐに諦めた様子で肩を落としてその後に続いた。


 女子高生の目にはヒーローのように映った木場も、ガマ警部を前にしては未熟な新米刑事に過ぎない。彼が憧れる老刑事に追いつくためには、まだまだ時間がかかりそうだ。

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悪意の学園 瑞樹(小原瑞樹) @MizukiOhara

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