第1章1話 前世と今の私



次に目が覚めたのは、それから一日たった後だった。


そしてその時には、私自身も混乱は収まり、記憶もはっきりとしだした。




『今の私』は、ワイズラック侯爵のヴォワトール家の長女カメリア。


今年で齢10歳になる少女だ。


事件が起きる――いや、前世の記憶が思い出す前の私は、


かなりの人見知りで大人しく、それでいて自己主張が出来ない文学少女だった。


普段は屋敷の庭で一人本を読んだり、迷い猫と戯れたり、


兄に教わりながらピアノを弾いたりと一般的なおしとやかな令嬢として過ごしていた。




よくあるゲームのような家族に意地悪されているわけでもなく


逆に家族には、大層大事に育てられた記憶がある。




父親のワイズラック侯爵であるアラン・ヴォワトールは、


4人目でやっと生まれた女児である私が可愛くて仕方がないらしい。


嫁にやらせたくないと、まだ子供でいいんだとよく言われている。


私の栗色の髪は、父から受け継がれた。目の色は、瑠璃色でとても綺麗だ




母のアネット・ヴォワトールも時には厳しく、時には甘く、


家族で唯一の女児である私が社交場に行った際も恥じぬよう沢山の教養を与えてくれる。


母様の髪は漆黒。瞳の色は深緑色で、私の瞳の色は母譲りである。




長男のローエングリン・ヴォワトールは、5歳上の兄だ。


寡黙な性格だが、冷静に人をみれる自慢の兄だ、


騎士にならないかとスカウトされるほど剣の才能がとてもあるらしい。


ローエンが愛称で、皆ローエン兄様と呼んでいる。


短髪で髪色は黒で瑠璃色の瞳をしている。




次男のメルリ・ヴォワトールは、3つ上の兄。


博識のある優しい兄だ。ただ、身体は弱くてよく寝込んでいる。


メルリ兄様の知識の豊富さは有名で王宮は、将来は来て欲しいと思っているみたい。


音楽が好きで、よく家族のためにピアノを弾いてくれる。


長髪で後ろでゆるく結ばれた漆黒の髪で深緑色の瞳をしている。




三男のガラード・ヴォワトールは、1つ上の兄。


明るくガラード兄上の周りには多くの人が集まる。


釣りが好きでよく、湖に私を連れて行ってくれる。


世話焼きでよく年下のお嬢様方から熱い視線を送られている。


肩までの長さの髪は栗色で、瑠璃色の瞳だ。




4兄弟の末っ子で唯一の妹ということで


兄上たちにもそれはそれは可愛がられて、


使用人達にも蝶よ花よと育てられて今ここまで来たのだ。




そんな私がある日、街へと家族で遊びに行った時のこと。


何かの拍子で、興奮した馬が街中を暴走していたのだ。


そしてその走り行く先にいたのは、白色の可愛い猫。


無意識に私はその子を護る為に兄や両親の制止を振り切り馬の前へと飛び出した。






強い衝撃、悲鳴、そして猫の無事を確認した後――


――私は、思い出したのだ。


『前世の私』も同様に猫を護るために死んだのだと。




『前世の私』の名前は覚えていない。


だが今の私とは違い、元気で人当たりよく活発的な少女だったと思う。


趣味で絵を描きながら、よく野良の猫や犬の保護活動をしていた記憶がある。


あとは、特に特別なことはない何処にでもいる大学生だったと思う。




そんな『前世の私』が死んだのは、大学二回生という20才の夏。


大通りの真ん中で怖くて動けない仔猫を見つけたのがきっかけ。


勇気を出して歩道へと走り出した仔猫だが、


タイミングが悪くトラックがもうスピードで走ってきたのだ。




猫が轢かれる。そう思った瞬間全てを投げ出して走り出していた。


何処かのアニメのように華麗に助けられるわけもなく、


私は、数メートル先に地面へと跳ね飛ばされた。




そして腕の中にいる自分が護れた小さな命の無事を確認した後、


『前世の私』は死んだ。あっけない死だった。




そんな記憶と馬に蹴飛ばされる瞬間がリンクして、


私は前世の記憶を思い出したのだ。












「――カメリア。まだどこか痛むの?」




私が前世について考えていると、ベットの傍に座っていたお母様が声をかけてきた。




「ああ、お母様。大丈夫ですわ。少し考え事をしていただけです」




「そう? 何かあったら私でも―ー、マリアでもいいわ。誰かに言うのよ?」




お母様の言葉に後ろで控えている私の侍女、マリアがこくこくと何度も頷く。


今の私――カメリアは、頭をぶつけて意識不明になったこと以外は、そこまでの大怪我はしなかった。


全治3週間といったところで、もうある程度の痛みはなくなっている。


しかし、そんな事はお構いなしに家族も使用人も皆私を自室からは出してくれない。


何かあると心配だと、あと3日はベットの上で過ごすように言われたのだ。




「ありがとうございます。でも、この通り怪我も痛みはないのでお二人ともご安心なさってください」




私がにっこりと笑うと、お母様は眉を寄せる。




「それならいいのだけど……でも、カメリアったらあれから少し大人びたように見えるわ」




お母様の言葉に私は曖昧な笑みを浮かべると、話題を変えようと思考をめぐらす。




「そういえば、猫ちゃんは……あの猫ちゃんはどうしたのですか?」




「ああ。あの猫なら、今はメリルの部屋にいるわ。貴女から離れないから連れてきたのよ」




困ったように笑いながらお母様が応えると私の頭はもうその猫だけになった。




「まあ!! ねえ、お母様。早く私あの子に会いたいわ。ねえ私の怪我もよくなったのだから、


 この部屋で飼っていいのでしょう? ねえ、お願い」




「そうねえ……あと三日安静にしていればいいわ。お父様には私から言っておくから。


 今はもう少しお休みなさい。私の可愛い駒鳥ちゃん」




お母様は私が今にも起き上がりそうな勢いで話すのを静止させ、


もう一度私をベットへと寝かすと、そう言って私の額にキスをする。


なんだか、恥ずかしいような嬉しいような気持ちになりながら私はこくりと頷く。


頭を撫でられると、睡魔が再び襲ってくる。


意識が曖昧になる中で、私は猫の名前を何にするか。


それだけを考えていた。




――そう、


私の人生において、大事なことを思い出したのを忘れて。




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ヒロインではなく、隣の親友です 月島ミサト @tsukishima63

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