鬼殺しの豆男

神崎 ひなた

第1話

 不機嫌な色によどむ曇天の空――摩天楼まてんろう

 毅然きぜんとしてそそり立つビルッ! その群れ群れッッ!! 

 おびただしいビビットピンクのネオンッッッ! その群れ群れッッ!!

 猥雑わいざつに照らされた街並みを辿っていくと駅前――

 それはサツバツ横丁駅ッ!

 サツバツ横丁駅の、駅前ッッ!!


 おお見よ! 絶望的サラリーマンが千鳥足ちどりあしで会社へ向かい、鬼殺のコスプレイヤーが背負ったかごからは、おぞましき悲鳴が挙がっている! 人さらいだ! 通りすがりの元海上自衛隊員ネイビー崩れは悲鳴を聞いた途端、湾岸警備時代の悪夢がフラッシュバック! なんの前触れもなく拳銃を発砲! 哀れ、流れ弾に被弾したマンドラゴラ密売人は拳で抵抗する! 乱闘の騒ぎを嗅ぎつけたサイバネティック住職(非合法)が乱入して混戦状態に! さらに、サイ・ボーグ(条例違反)も負けじと取っ組み合いの中へ突撃! まさしく朝の通勤ラッシュ!

 路地裏からは、ストリート・ワンカッパー(ワンカップを飲む者)たちの高らかな笑い声が響く――! 残響する――! そんな駅前の光景ッ!!


 とどのつまり、日常!

 圧倒的、日常風景!

 おお、なんと名状しがたき近未来都市か!? だが、れっきとした名前がある!

 その名もサツバツシティ! 狂人の吹き溜まりして、人間性の終着地点と恐れられる底辺の街だ! 


 そして今日、この街には恐ろしい悪夢が襲来しようとしていた――それは鬼!

 とどのつまり、節分ッ!

 原因は、節分ッッ!


 そもそも鬼とは、季節の狭間に棲む化生けしょうである!

 鬼はかつて、世界中を好き勝手に闊歩かっぽしていたッ! しかし時の魔王、平安京をほしいままにした最強の陰陽師、阿倍野あべの晴禍はるかによって、季節の狭間に封印された!


 その封印が今――緩もうとしている!

 なんせ、三千年前の封印――! 来ているッ! ガタがッッ!!

 最強の陰陽師とて、過去の人ッ!

 勝てない――時間の流れにはッッ!!


「ウオオオオオオォォォォォォォォォォォォォッ!!!!」


 かくして、封印は解かれてしまった! それは、サツバツ横丁駅の地下1,900メートル地点で発生! 都市開発に次ぐ都市開発によって跡形もなく消失した、鬼塚が眠る地層がそこにはあった!


 かの鬼が、季節の狭間を破壊した衝撃によって、周辺の空間は跡形もなく消失! そのためサツバツ横丁駅全体に地盤沈下が発生! そして一瞬にして沈没した! 飲み込まれる新幹線……そして人! 人! 人ッ! 人ッッ! 


 壊滅したサツバツ横丁駅から、なにかが飛び出そうとしている……瓦礫の最中さなかから……這いずり上がる音が聴こえる。そして、駆け上がる音へ――疾走する音へと変貌! 鬼はとうとう瓦礫を突き破って…上空へ飛翔!!

 サツバツ横丁駅――上空二千メートル!!

 君臨する――史上最悪の鬼!

 蘇る――節分の悪夢!

 

 鬼は、赤い! なによりも、赤い!

 そして、筋骨隆々きんこつりゅうりゅう! 双肩そうけんはフジヤマの如く隆々!

 また、角はおぞましく、ヤギ! おぞましいヤギは、すなわち悪夢の象徴!

 目は白く見開かれている! そして下界を睥睨へいげいしている!


 鬼は探しているのだ……変わり果てた街並みの中から、宿敵を!

 時の魔王、平安京を恣にした最強の陰陽師、阿倍野あべの晴禍はるかを!

 だが時は流れ、すべては過去の出来事!

 戻らない――過ぎ去った時間だけは!

 しかし、鬼には分からない!

 時間の概念すら超越しているため時間の意味が分からない!


 だから鬼は襲う!

 手当たり次第に、目の付いた人間から、順番に!!


「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 最初の犠牲者はコスプレイヤー! いや人さらい! 彼はマッハ3で飛翔してきた鬼からは逃れる術もなく、直撃! そのおぞましきヤギの角に直撃して紅蓮花! 一瞬で血飛沫に変えられてしまう!


 混乱! 混乱が駅前を支配している! 絶望的サラリーマンも、元海上自衛隊員ネイビー崩れも、マンドラゴラ密売人も、サイバネティック住職(非合法)も、サイ・ボーグ(条例違反)も、ストリート・ワンカッパー(ワンカップを飲む者)も、ただ逃げ惑うことしかできない! それは鬼がもたらした悪夢!


 ――ああ、なんということだろうか?

 人間には何も、何もできることはないのか?

 ただ日常の風景が、淡く、儚く、崩れていく音を――ただ諦めて、聴くことしかできないのか?


 ――否ッ!

 否ッッ!!

 否ッッッ!!!

 断じて、否であるッッッッ!!!!


 ゆえに――必然!


「お、お、お、お、鬼はぁぁぁぁっっ外ォォォォォォォ!!!!!!」


 今や死を待つばかりであった、恐慌きょうこう状態のストリート・ワンカッパーからその言葉がこぼれ出たのは――偶然ではない!


 必然ッ!

 必然ッッ!!


 何故なら、今日は節分だから!

 節分の日に、鬼を目にしたならば――大体の人間は、そう言う!


 そういう風にできている――DNA……!

 三千年という長い年月の中で――刻まれているッ!

 確実に――人間の芯へとッッ!!

 鬼への恐怖と共にッッッ!!!

 だから――この展開は、必然ッッッッ!!!!


 時の魔王が鬼の復活を懸念し、後世に託した言葉!


 その言葉の本質は――召喚呪文!


「ウオオオオオオォォォォォォォォォォォォォッ!!!!」


 ああ、鬼の剛腕が今まさにストリート・ワンカッパーの首を跳ね飛ばしたそうとした、その瞬間!


「オニワーーーーーソトッ!!」


 甲高い嬌声きょうせいと共に爆散する――鬼の剛腕!! 降り注ぐ血飛沫の嵐!! ストリート・ワンカッパーはショックのあまり失神!

 鬼は肘から先を喪失したショックと怒りで、声にならない叫びをあげる――恨みがましい視線の先には、顔が豆の形をした白装束!! 彼の右腕はガトリング砲であった!


「我が名は豆男! 鬼を殺す者!」


 豆男は高らかに自己紹介! すかさず鬼へ向かって乱射!! 乱射ッ!!! 乱射ッッ!! 乱射ッッッ!!! 秒速108連射で放たれる豆を108秒間、念入りに撃ち尽くす!! 的がデカいから当てやすい!! 全弾命中!! excitingエキサイティング!!!


「グギャアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」


 鬼は暴れ狂って悶絶!! それも当然のこと! なぜなら豆とは即ち、魔滅まめつ! 悪夢の象徴である鬼にとって、数少ない弱点となる! 痛くて当然!

 しかし、それだけでは終わらない! 鬼はしぶとくも立ちあがり、まだ残っている片手で持って豆男を圧殺せんと試みる!!


 だが――状況はすでに完了している! なぜか!?


「言い忘れていたが――私の放った豆は特殊でな――弾着対象の、なのだ!!」


 豆男はガトリング砲の脇に付いている起爆スイッチを押したッ! 決断的指先――押すッッ!!

 次の瞬間――爆ぜる!! 鬼の体内に埋め込まれた豆が、爆ぜる、爆ぜる、爆ぜる爆ぜる爆ぜる爆ぜる爆ぜる爆ぜる爆ぜる爆ぜる爆ぜる爆ぜる!!!! その数なんと、秒速108連射×108秒間×推定年齢3,000歳=34,992,000回!!! 圧倒的爆裂!!! explosionエクスプロージョン!!!

 鬼は断末魔を上げる暇もなく木っ端微塵に弾け飛び、最後は跡形もなく姿を消した……。


「――魔滅、完了」


 豆男の低いうめき声は、静かに響き渡った――が、次の瞬間、歓声! 割れるような歓声!! 絶望的サラリーマンも、元海上自衛隊員ネイビー崩れも、マンドラゴラ密売人も、サイバネティック住職(非合法)も、サイ・ボーグ(条例違反)も、ストリート・ワンカッパー(ワンカップを飲む者)も、狂ったように豆男を取り囲んで拍手の嵐! 胴上げ!! 

 どこからともなくワンカップ――開催!! 路上宴会!!!


「やれやれ」


 豆男は、小さく息を吐きながら一人ごちた。


「これから毎年、忙しくなりそうだ――なにはともあれ」


 フクワウチ!!! と彼は大きな声で叫んだ! 人々もまた、口々に「フクワウチ!!」と叫んだのだった。 


 こうして、サツバツ横丁駅前の平和は護られた!

 ありがとう、豆男!!

 また来年会おう、豆男!!!

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鬼殺しの豆男 神崎 ひなた @kannzakihinata

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