2月21日



「では、今から不肖このわたくしがピスタチオのマジパンが載ったフレジエになります」

「では、僕は隠し味にオレンジブランデーが使われたガトーショコラに」

「では、私はメインを飾るいちごのショートケーキに」

 使い古してボロボロのコックコートを来た男女が、椅子に座っている僕たちの目の前でシヴァー・イ・ヌーの顔を再利用した窯のようなものに入っていく。口ががちゃんという硬質な音を立てて閉じると、さびた金属が無理に動いて擦れ合うような音とともに、冷たいお菓子の甘くて重い香りが辺りに立ち込め始めた。俺と同じ席に座っている友人、周りにいるたくさんの客がわあっと歓声をあげる。それに出迎えられながら、彼らはシヴァー・イ・ヌーの顔の後ろに取り付けられた革張りの扉から出てきた。宣言したわりに、かわいいお菓子にはなっていない。でもその代わりというように、なにも持っていなかったはずのてのひらに、それぞれ事前に申告していた洋菓子が載った皿を掲げ、彼らは「お待たせしました!」と声を張り上げた。


 先週おにくくんに託した友人との約束のすり合わせというのは、今ここでおこなわれているケーキバイキングのことだった。シヴァー・イ・ヌーには大規模災害に備えて食料をみずから生産する機能が搭載されており(内部は国家機密)、それをうまく利用することによってこんな状況でも任意の食物を作り出すことが可能だった。世界が滅んでも、食糧に関してあまり悲壮感がないのはこれが理由だ。彼らの残骸は腐るほどその辺に投棄されているし。現に、修理したり改造したりしてそれを販売している人たちもけっこういるらしい。


「めちゃくちゃおいしいー! でも、やっぱニセモノ食ってる気がするよね。お菓子の形に整えた別のものを食ってるというか」

「たしかに。だからああいうシヴァー・イ・ヌーを売ってる人たちはリアルの食べ物を対価としてもらったりするんだって。本物の牛肉とか」

「あー、牛とかめっちゃ死んじゃったもんね」

「いちおううちの近所に牧場だったところがあるんだけどね、めっちゃ洗脳コー・ギーで厳重警備されてる。まだ牛とか豚とかいるんだろうね」

 紅茶と新たに生産され運ばれてきたいちごのビスキュイを口に運ぶ。溢れ出る果汁と中に挟まっていたクリームがまざりあい、すっきりとしているのに濃厚な舌触りがはじける。だが、彼女の言うとおり、やはりその味にはどこか違和感があった。なんというか、完璧すぎるのだ。まるでほとんどの人間が『いちごのビスキュイ』と聞いて思い浮かべるものを集めて平均化したような味に思える。


「でも、あの中って国家機密なんだよね。じゃあ知ってんのこの係員の人たちは。秘密てきなやつ」

「知らないんじゃないかな、あれボタン押してるだけだし。本来は人が中に入る必要もないと思うよ。パフォーマンスとしての意味しかないはず」

「そんなんで事故起きたらどうすんの。怖くね?」

「日本って、ていうか世界ってなんとなく昔からそうだったじゃん。滅ぶ前も。同じだよそれと」

「たしかにー」

 彼女は納得した様子で次々とケーキをたいらげていく。その様子を眺めながら、俺は新たなケーキや料理を取るために席を立った。不思議の国のアリスをテーマにうさぎやトランプの飾りがところせましと並べられたディスプレイコーナーを抜け、タラのフリットやムール貝のゼリー寄せ、ライチと薔薇のゼリーやビスケットでシルクハットを模した形のケーキなどを係員から受け取る。最後にまたディスプレイの横を通り、そこで係員によってスライスされていたブリオッシュに包まれた牛肉の料理(名前を見ていなかったのでわからない)をもらった。欲望のままに積み重ねられた食物に限りなく近いなにか別のものがいろいろな形の香りを放出し、あの手この手で俺の鼻腔をくすぐる。


「うわ、よく食べるねーほんとに」

 あとでその変なお肉のやつちょうだい。席に戻ると、スコーンにクロテッドクリームを塗りながら友人が肉の乗った皿をさししめす。いいよ。とうなずきながら座り心地のよい椅子に腰掛け、ナイフとフォークをソースのかかったブリオッシュにあてがう。皿の底に金属が軽くぶつかった感触がした。幸せだ。とりあえず。






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週末日記 大滝のぐれ @Itigootoufu427

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