2月13日・14日
ものすごく久しぶりに中野のほうへ足を向けた。もちろん家からはかなり遠いため、例のごとく早朝に出発した。おにくくんはかたわらにはいない。来週末の予定をすりあわせるために、手紙を託して野に放ったからである。
ここに初めて来たのはたしか小学生のときで、母親と一緒だった。なんの用事があったのかは忘れてしまったが、ブロードウェイの中で食べた自然薯を使ったどんぶりが印象に残っている。納豆やらめかぶやらおくらやらモロヘイヤやら、そういったものに目がないためまた食べたいと思ってはいるが、いざ行った時には忘れてしまう。今回もそうだった。前を通って「すごいな、こんなときでもまだ営業してるんだなあ」と思ったにも関わらず、俺はそのままそこを素通りしてしまった。地下で売っている食べもしないアイスクリームのことで頭がいっぱいだったのだ。
そのため、アニメグッズやら本やらファンシーグッズやらを適当に見て回り、特になにを略奪するでもなくブロードウェイを後にした。本当はファンシーショップをもっとじっくり見たかったのだが、さすがに男一人でぬいぐるみを吟味することはできなかった。日によってはできるが、今回は気持ちが下向きになっていたので無理だった。
そのまま商店街を抜け、明治大学のキャンパスがあるほうへと歩いていく。すでに日は落ちかけており、点在する広場や公園には、子供たちや洗脳済みコー・ギーの歓声があふれていた。後者の中には手紙をくわえたままのものも何匹か見受けられる。歩みが遅いだけではなく、こうして寄り道をするときがあるということも、彼らに託した手紙がなかなか届かない原因のひとつでもあった。だが、人間だって時間があれば道草を食ったり休憩したりするだろう。コー・ギーはそもそも、人類が決めて体系づけた法則の外で生きているのだから。
高円寺にたどり着いても、やることといえば先ほどと同じようにその辺をぶらつくことだった。よく行く古着屋にいっても略奪しがいのあるものは見つからず、立ち寄ろうと思った喫茶店はことごとくやっていなかったりコー・ギーだかシヴァー・イ・ヌーだかによって破壊されていたりして、徒労感ばかりがつのっていく。そうしているうちに、陽はすっかりと暮れてしまっていた。そろそろ、普通に歩いたり車を持っている人を見つけて乗せてもらったりして帰るか、その辺にいる人たちに声をかけて夜営キャンプに入れてもらうか考えなければいけない段階に来ていた。まあ疲れたし帰るか、と思って駅の方角へ歩き始めたそのとき、後ろから声をかけられる。
「あの、すみません、この辺でまだコー・ギーに負けずに営業してるご飯屋さん知りませんか」
はい来た。まただよ、また。もう何度目なんだろう。振り向くと、目だけがぎらついているやばい雰囲気のお兄さんがそこにいた。女性がふたりほど同行していたが、こちらを半歩ぐらい離れたところからねめつけてくるだけで、なにかをアクションを起こしてくる気配はない。
「あ、たぶんその辺にあると思いますよ」
「いえーい! あっちのなんかこまごまいろんなたてものがあるところですか」
「そうです」
「なるほどねー! ちなみになんかステキなところ知ってますか!」
「知らないです」
「なるほどぉー! わかりましたっ!」
そこから先は彼らの顔をまったく見ずに歩き出した。続けてなにか言っているような気配は感じたが、面倒くさいやら悲しいやらでぐちゃぐちゃになった心では、それを確認する余裕はなかった。こんな時代でも、詐欺などは不滅らしい。『絶対』『信じれば救われる』『安心』なんてものは、あの胴長の生きものが完膚なきまでにぶち壊していったはずなのに。あなたたちだって、その目で見ていたはずなのに。別に、その価値観を否定したいわけじゃないけど、俺には必要ない。だから、勝手によそでやっていてほしい。引きずられないように必死で頑張っているのだから。
すっかり家に帰るための気力を削がれてしまった俺は、駅の近くにあった夜営キャンプに入れてもらうことにした。おにくくんの餌はわかりやすい場所に用意してあるし、今日ぐらい帰らなくても大丈夫だろう。それに、ここの代表らしき人の話では、巨大なコー・ギー群体がやってくる兆候はないとのこだった。埃っぽい布団に横たわりながら、明日の朝一番に帰宅したら、一日中家の布団で寝てやろうと思った。きちんと干したり掃除したりしている、でもちょっとおにくくんの体毛がついている、この世にふたつとないふかふかの布団で。
2月14日
一日中寝て過ごした。いつの間にか帰ってきたらしいおにくくんが布団に潜り込み、股下や腹の上で熱を放ちながらもぞもぞしているのがわかった。
「てがみ、わたして、くれた?」
「はい」
大部分を眠気にかじられた意識で、おにくくんに質問をする。その拍子に彼の体毛が鼻に入り、大きなくしゃみが出た。
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