第31話 いつもの街で、いつまでも
学校に向かっていると背後から駆けてくる足音が聞こえてきた。
「おはようございます、先輩!」
「おはよう、琴梨ちゃん」
息を切らして駆けてきた琴梨ちゃんは俺の顔を見て満足げに微笑む。
言われた通り前髪で目を隠してメガネをかけているのに満足したのだろう。
あとから追い掛けてきたマキちゃんは相変わらず不服そうに俺を睨んでいた。
一切ブレないマキちゃんに感動すら覚えてしまう。
「これ、お弁当です」
「ありがとう」
「今日は先輩と食べなよ」
マキちゃんがボソッと呟く。
「え? いいの?」
思わず俺が聞き返してしまった。
「きょ、今日だけだから。じゃあ」
「あ、待ってよ、マキちゃん! じゃあ先輩、またお昼休みに!」
「おう」
彼女なりの感謝なのだろう。
案外可愛いところもあるようだ。
「なんであんな奴が琴梨ちゃんと……」
そんな声も相変わらず聞こえる。
その質問はむしろ俺が教えて欲しい。
なんであんないい子が俺なんか好きでいてくれるのだろう。
教室に入るといつもと変わらず俺の存在などないかのように、話し掛けてくる奴はいない。
「みんな、おはよう!」
大きな声で挨拶すると全員が驚いて振り返った。
「うっせぇな。おはよー」
鳩田が苦笑いしながら返事をすると、どっと笑いが起きた。
その後に続いて「おはよう」と声をかけてくる人はいなかったけど、思ったより変な空気にはならなかった。
これまでさんざん変人を装ってきたのだから当然だ。
挨拶一つで急に俺を取り巻く環境が一変したりはしない。
でもこうして少しづつ変えていけば、いずれ人からも受け入れられるようになるだろう。
昼休みになると琴梨ちゃんが俺の教室までやってきた。
「先輩、ごはん食べましょ!」
「よし、行くか」
破局の危機を乗りきり、琴梨ちゃんとの絆は以前よりもさらに強くなっていた。
隠し事がないっていうのはなんだか気分がいい。
一目を気にせず校庭にあるベンチに並んで座る。
俺と琴梨ちゃんが付き合ってるという事実は認めた奴らでも、こうして並んで座って弁当を食べるのを見ると奇異に映るらしい。
ジロジロと不躾な視線を浴びながら弁当を食べるのはちょっと気まずかった。
でも琴梨ちゃんの愛を真正面から受け止めると決めたのだから逃げるわけにはいかなかった。
「先輩、美味しいですか?」
「うん。美味しい。朝からこんなに作るの大変じゃないの?」
「全然。先輩が食べるところを想像しながら作ってるとむしろ楽しいですから」
にっこり微笑むその顔はまさに天使だ。
「ありがとう」
そっとあたまをなでると琴梨ちゃんは擽ったそうに目を細めた。
「やっぱりアレルギー反応は出ちゃってるんですか?」
「まぁね。でも以前に比べたらましになってる気もするよ」
「無理しないでくださいね」
「どうかな? 琴梨ちゃんが可愛いから無理しちゃうかも」
「えー? じゃあ」
琴梨ちゃんは少しもじっと照れてから耳打ちしてくる。
「今日の放課後、先輩の部屋で無理しちゃいますか?」
「え? 無理ってなに?」
「それは、その、だから……」
琴梨ちゃんは顔を真っ赤にしてさらに小声で囁く。
とても人に聞かせられないような内容だった。
「ちょっ!? そ、それはさすがにまだ早いんじゃ!?」
「嫌ですか?」
「嫌というか……そのっ……」
俺まで顔が熱くなる。
このアレルギーがいつまで続くのか、まだ分からない。
でも琴梨ちゃんと二人で必ず克服する。
改めてそう誓った。
お昼の校内放送が流れ、食事が終わった生徒のはしゃぐ声が聞こえる。
誰が世話をしているのか分からないけど鮮やかに咲く中庭の花も、数十年開いたことないんじゃないかと思うような錆び付いた非常ドアも、燦々と照る日差しも、ちょっと肌寒い風も、その全てが堪らなく愛おしくなる。
琴梨ちゃんと出逢う前は色褪せて見えていた景色が、白々しいくらい青春に色づいて見えていた。
<了>
────────────────────
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
とても共感を得られず、かといってアンチヒーローと呼ぶには小物な主人公のラブコメ。
どれほどの人に受け入れてもらえるのだろうかと不安を感じながらも書かせてもらいました。
それがこんなにたくさんの人に受け入れてもらえてなんて思いませんでした。
本当にありがとうございます!
本作の終了と共に新作
『美少女アンドロイド』と呼ばれる無表情の安東さんが、俺にだけデレる
をアップしました!
無表情ヒロインを表情豊かにしようと奮闘する物語です。
今回は主人公視点のほかにヒロイン視点もある作品となっております。
両片想いの甘々なストーリーとなっておりますので、併せて読んでいただけると嬉しいです!
これからもよろしくお願い申し上げます!
2021年3月
鹿ノ倉いるか
『こっぴどくフラれてみた』チャンネルのYouTuber、純真無垢な美少女後輩にベタ惚れされてしまう 鹿ノ倉いるか @kanokura
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