第30話 チャンネル閉鎖

『こっぴどくフラれてみた』チャンネルは閉鎖する。


 その報告だけの動画を昨日アップした。

 最後の生配信を翌日となる今日の夜十一時より行うと告知だけしておいた。


 集まったのは百人程度。

 もちろんその中にブサエルの姿もあった。

 最後まで苦情を言いたいのか、クレーマーの姿もあった。

 俺がチャンネルを閉鎖するのを自分の勝利宣言にしたいのか、暇な奴らだ。


「動画でも告知した通り、この『こっぴどくフラれてみた』は閉鎖する」

『マジかw』

『釣りじゃなかったwww』

『おめでとうTAC!』


 一斉にコメントが溢れ出す。

 不覚にも、早くもうるっときてしまう。

 ブタのマスクをしていてよかった。


「みんなには本当に助けられた。おかげで俺と琴梨ちゃんは本当の恋人になることが出来た」

『えっ!? それってまさか!?』

『R18的な!?』

『嘘だ!嘘だと言ってくれ!』

『やったな!』

『淫行なんじゃね?』


「ちょ、待てよ、お前ら。そういう不健全な意味じゃないからな?」

『でもキスはしたんだろ?』

『えっ?黙るなよ!?』

『マジか!今日からアンチになるわw』


「本当にこれまでお前たちには助けられた。感謝している。ありがとう」

『こちらこそ!』

『ありがとな、TAC!』

『勝ち逃げは卑怯だぞw』


 みんなのコメントが押し寄せるなか、ブサエルがURL付きのコメントを飛ばしてきた。


『今日までのこのチャンネルのまとめ動画を作ったから観て』

「おー! ありがとう! さすがブサエル! みんなで観てみよう」


 URLをクリックし、モニターはその動画を再生するように操作する。


 動画は第一回の『ツンデレ先輩はいつデレるのか?』から始まる。

 各回のフラれシーンを上手にまとめていた。


「こうして改めてみると、我ながらよくこんなバカなことをし続けたよなぁ」


 お茶を飲みながら呟く。

 今の俺の声は流れないから一人称も『俺』にして、リラックスしている。


 琴梨ちゃんが料理を作るシーンが終わると、画面は喫茶店に切り替わった。


「ん? こんな動画アップしてたっけ? 」


 見覚えあるけど、動画としてアップした場面じゃない気がする。


「ではここからは私、ブサエルの撮影です」


 いきなりブサエルのナレーションが入る。


 ぶほっ!?


 お茶を吹き出してしまった。


 そうだ、この喫茶店はブサエルと待ち合わせた店だ。


「実は私、ブサエルは女の子でした。これは私がTACと会いに行ったときの映像です」

「マジかよ!? なんでこんなもん撮ってんだ!?」


 今さら俺が動画を停止したところでURLは公開されているから意味がない。

 ドキドキしながら先の展開を観ていた。


 ちゃんと俺もブサエルも映らない構図で撮影してくれているのでひとまず安心した。


 あの喫茶店で交わされた会話がそのまま流されている。


「それにしてもブサエルはなんでこんな動画を差し込んだんだ?」


 その言葉を予測していたかのように再びブサエルのナレーションが入る。


「実は私は動画を観ているうちに、いつの間にかTACに恋をしちゃってました」

「え? は?」

「キモい人ということ以外は正体不明なのにね。きっと辛くてもそれを見せずにあっけらかんとしてるところに惹かれたんだと思う」


 予想もしなかった展開に心臓がドキドキと暴れだす。


「でもほら、ご覧の通りTACは私に触られてもアレルギー反応すら起こしません。ウケますよね。女として見做されてない証拠でしょう」


 まさかあのとき、そんなことを思っていただなんて夢にも思っていなかった。


「というわけで私はTACにこっぴどくフラれました! 『こっぴどくフラれてみた』チャンネルのラストは古参のブサエルが主催者のTACにこっぴどくフラれて終了です!」


 そこで動画は終わっていた。

 気が付くと既にブサエルは生配信ルームから離脱している。


『なにこれ』

『TACひでぇw』

『驚愕のラスト!』


 空騒ぎのようなコメントが飛び交うが、部屋の空気はしんみりと沈んでいた。


 急いでブサエルのスマホにメッセージを送ろうとして、やめた。

 連絡してなにを言うのか。

 最後の散り際に見せた鮮やかなブサエルの仕掛けに傷をつけるだけだ。

 スッとスマホをポケットにしまう。


「まさか最後をブサエルに持っていかれるとは予想外だったけど、これでこの『こっぴどくフラれてみた』チャンネルは閉鎖する。みんな、これまでありがとう。さようなら」


『じゃあな』

『ふざけるな!』

『もう帰って来るなよ』

『ふざけるな!』

『ふざけるな!』

『終わりとか実感湧かないなw』

『ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな!』


 静かに幕を下ろそうという空気に一人激しく反発している人物がいた。

 それは古参の一人だが俺のファンではない。

 古くから粘着してきたアンチの『ジャスティス』だった。


「『ジャスティス』? お前は確かいつも正義感ぶってアンチコメントばっか書いていた奴じゃん」

『勝手に辞めるなんてふざけるな! 辞めるなよ! 続けろよ!』

「なんだよ、急に。いつもさっさと閉鎖しろとか言ってただろ?」

『お前の動画を観るのが慰めだったんだよ!』

「慰め?」

『俺はモテない。フラれっぱなしなんだよ!顔は別に悪くないし、ノリも悪くない。それなのにフラれてばっかだ!彼氏はムリ、ウケる、ありえないっしょ?みんな冗談かのように笑って断ってくる』


 熱量を感じる速度のタイピングでコメントをしてきた。

 アンチ野郎のコメントだからみんな冷やかしの言葉をぶつけていた。


『うぜー』

『辞めるも辞めないもお前が決める権利ねーから』

『モテなさそうだもんな、お前』


「まあまあみんな。最後なんだし仲良くやろう。それで? フラれっぱなしだけどTACよりはましだって慰めになってたわけ?」

『まぁな。フラれてるのは俺だけじゃないって思うと気が楽になって』


 ジャスティスがコメントすると他のメンバーごヒートアップする。


『だったらなんでアンチになんかなったんだよ!』

『TACの方が全然イケメンだからな』

『性格悪いからフラれんだよ!』


「おいおい、みんな。そう責めるなよ。アンチの存在は人気の証だ。そういう意味ではジャスティスにも感謝してる」

『いい奴ぶるんじゃねぇよ!』

「いい人ぶってはいない。ていうかこんなチャンネルやっていて今さらいい人ぶる必要なんてないし。お前は同じようにフラれてる俺が慰めでもあり、逆にここでは人気だということに嫉妬もしていたんだろ?」


 その質問にジャスティスはすぐに答えなかった。

 図星を衝かれ回答に迷っているのだろう。

 しかし俺は彼を追い詰めるのが目的じゃない。


「ジャスティス、お前がこのチャンネルを引き継げ」

『は? 嫌だし』


 ジャスティスは慌てたようにコメントする。


『それ名案だな! ジャスティスならTACよりもこっぴどくフラれそう!』

『賛成!』

『二代目豚男!』

『頑張れよw』

『ちょ、ふざけんなよ!』


 簡単には引き受けてくれないだろうが、それはこれから根気よく説得していこう。

 うまく行けば収益化も出来るかもしれないし、悪い話ではない。

 とはいえ本人は収益化より彼女が欲しいんだろうけど。


「それじゃ、みんな。これでお別れだ。さよなら。元気でな!」

『元気でな!』

『グッドラック』

『おしあわせにー』

『ちょ、おい、待てって!』


 ブツッと回線を切断する。

 これで俺のYouTuber生活は終わった。

 どこにも移動してないのに、なにも変わりがないのに、なぜか室内も違う景色に見える。


 一つの終わりが、また一つ俺を成長させてくれた。

 そう信じてパソコンを閉じた。




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