3

 それからの三日間、鍛練に明け暮れた王女はたくましく成長を遂げました。対ドラゴンに特化した戦士となった王女をデュカスは一日休ませ、今日、ふたりは五日めの朝を迎えました。いよいよドラゴン退治です。


 闘志に満ち溢れたバシリカ王女はデュカスに連れられ人食いドラゴンの巣近くに移動します。


 ふたりが移動の魔方陣からせり上がって来ると、巣である洞窟の奥からドラゴンが出てきました。ドラゴンはすでに何かを感じ取っていたようでした。


 デュカスが声をかけます。


「よく来訪がわかったな」


 ドラゴンが言いました。


「同じ森にいるんだ。びんびんに感じてたさ。俺に対する敵意をな。……が、お前じゃないのはわかってた。しかし何とまあこんなお嬢さんだとは。……デュカス、お前は戦わないのだな?」


「ああ。立会人だ」


「とはいえ、俺はまったく腹へってないんだが」


 敵意を剥き出しにしたバシリカが言いました。


「お前の腹がへってようがいまいが、私の憎しみはいまにも破裂しそうよ」


 いきなりドラゴンの長い尻尾がぶん、と振るわれバシリカを襲います。バシリカはそれを身を屈めてかわしました。


 デュカスはいつの間にか遠くの木に寄りかかって立会人の位置についています。


 ドラゴンはバシリカに向かい、つぶやくように言います。


「わかるぞ…… その剣は危険だ……」


「覚悟しな」とバシリカ。


 この戦いは双方とも弱点を抱えていました。ドラゴンの方はいくら相手の武器が危険だと理解していても、下等生物である人間族に対して距離を取った戦い方はできないということ。


 バシリカの方は攻撃魔法が有効なのはひと振りだけ、ということです。ファーストコンタクトですべてが決するのです。


 殺気に満ちた空気が張りつめるなか、バシリカが動きました。左右に揺れながら距離を詰めます。再び長い尻尾が振るわれ、今度は右に左に往復します。バシリカは後ろに跳びこれをかわすと、次は本気の速度でドラゴンの間合い──つまり巨大な顎と鋭い牙の射程圏に踏み込みました。


 反射的にドラゴンは相手を噛み殺すべく牙を剥き、バシリカはそれを左腕で受ける形をとります。左腕を捨てる覚悟でした。

 その瞬間、右腕一本でバシリカはドラゴンの首めがけて魔法力の乗った剣を下から上に振るいます!


 音もなく剣はドラゴンの太い首を切り裂きました。どん、とドラゴンの頭が地面に落ち、よろよろと揺れたあと胴体もまた地面に倒れ込みます。ずしんと低い音が響きました。


 一方のバシリカも地面に膝をつきました。左腕は血だらけでとてつもない痛みが彼女を襲っています。猛烈な痛みと熱さに叫び声をあげそうになりましたが、彼女は声を出すのを踏ん張ってこらえます。


 そこへデュカスが歩み寄り黄金の輝きをたたえる光の玉を手のひらに生み出すと、それをバシリカの左腕に密着させ、包み込むようにまとわせました。


「治療もできるのね……」


「応急措置レベルです。血止めと麻酔と殺菌というだけでね。まだ勉強中です」


 しかしどう見てもどのような治療を施そうと元に戻りそうではありませんでした。それはバシリカにもわかっています。


「くっついているだけでも、もうけものってとこね」


 デュカスは黙っていました。しばらくして「あなたは立派だ」と一言だけ言いました。


 傷ついた左腕を見るデュカスの横顔を見つめているうちに、バシリカは気づきました。


 自分の気持ちに。


 私が求めてきたものがこの男にはある。私はこの男を好いている。そう気づくと、まるで心を覆っていたぶ厚く重い膜が剥がれていき、心が軽くなったような感じがしました。


 森に声が響きました。ミノスの声です。


「お見事ですバシリカ王女」


 この場に現れた賢者に向かい、バシリカは尋ねました。


「ずっと見てなかったけどあなたどこ行ってたの?」


「賢者協会と、あとはいろいろ調査をしてまして。その報告に参った次第」


「報告?」


「その魔法使いは、とある魔法国家の元王子です。だな、アイン・シュナイダー」


 デュカスはどこか悲しげに言いました。


「捨てた名です」


 バシリカは驚いて声も出ません。


「バシリカ王女。その男は十年前、決闘にて国王、つまり実の父親を消滅させ、その罪で国を追放されたのです」


 小さく彼女はデュカスに訊きました。


「ほんと?」


「まあ、はい」とデュカス。


 ミノスは口調を穏やかな調子に切り替えてつづけます。


「アイン。とはいえだ。私には疑問がある。確かにお前は父親を自らの法力で葬った。が……、それは謀られた罠だ。仕組まれたものであることをお前は知っているはずだ。やろうと思えば敵対勢力を力で排除することもできたのになぜやらなかった? なぜ自分の身分を取り戻さなかった?」


 デュカスは表情なくしばし沈黙していましたが、観念したような様子で話し始めました。


「うちにも賢者がいましてね。その人が師匠でもあったんですが、まあ、懇願されたわけです。お前が報復に動けば国が崩壊すると。お前にとっては不幸だが、分断を避けるには古い体制を維持しようとする古い権力を排するしかなかったのだ、と」


「運命に甘んじたわけだ」


「私の故国は軍事国家です。あなたくらいの魔法使いはごろごろいる。分裂は争いを生み、争いは戦いに発展し、やがては自滅の道をたどる……魔法国家が繰り返してきた歴史です」


「それでよいのでは? 戦闘系なんぞそんなものだろう」


「国民を流浪の民にせよと?」


 デュカスの言葉にミノスは黙り込みました。


「ま、そういうシンプルな話です」


 賢者ミノスは体をひるがえらせ王宮へと帰路をとりました。

 静まり返った森に遠く鳥の声が響き渡ります。


 ミノスが立ち去り、デュカスがふと気づくとバシリカは涙をこぼしていました。


「ごめんなさい……、なにも知らなくて、、ずっと生意気な口きいて、、」


 デュカスは言いました。


「あの、ここでは私は一介の平民で、あなたは王族です。なにもおかしなことしてませんよ」


 目と目が合い、

 その時、ふたりはお互いの気持ちに気づきました。

 これが伴侶というものかと。


 バシリカが心に思い浮かんだことをすぐに口に出しました。


「え……と、このままずっと一緒にいたいんだけど」


 デュカスもすぐに応えます。


「一緒になりましょう」


 彼はバシリカの涙に一瞬で射抜かれていたのです。

 ふたりは近寄り、そっと抱き合いました。

 互いに固くこわばったものを背負って生きてきたふたりが、いま初めて互いに自分をさらけ出していました。


 過去がやわらくなって溶け出し、未来だけがふたりを包んでいます。


 デュカスはこう思うのでした。

 これは魔法だな、と。




                Fin



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女らしさ 北川エイジ @kitagawa333

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ