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明くる日のことでした。
デュカスが棲みかにしている小さな洞窟の元にふたりの訪問者が現れました。
王女のバシリカと賢者ミノスです。
洞窟入り口の前に立つデュカスが言いました。
「なんです? 用件は」
バシリカ王女が答えます。
「ドラゴン退治について、王の許可を得ましたので参りました。証人が必要ですので彼を連れてきました」
「賢者の方。おはようございます。ほんとですか?」
「ほんとうだ。やむにやまれぬのでな。わずかでも討伐の可能性があるのならと」
デュカスは考え込みました。そのあとゆっくりと王女に語りかけます。
「剣術、体術、スピード、戦いのセンス……、そういった全体像を把握しないと、すぐには承諾できませんね。勝てる可能性なんて一%くらいなものです」
「トライアウトならそのつもりで来てます」
背中の剣を抜き、バシリカは地面にかるく剣先を突き刺しました。デュカスは幻術で生み出した剣を実体化させ、王女の実力を試してみることにしました。
洞窟前のスペースが試験場となり緊張感から空気が凍りつきます。バシリカの闘気が、荒々しい闘気が放たれています。
なるほど、魂は戦士か。そうデュカスは納得します。それだけの質を王女は誇っているのです。
と、賢者ミノスがふたりに背を向けて歩き始めます。
バシリカが声をかけました。
「試験、見ていかないの?」
「行くところがありますので」
ミノスはそう言い残すと森に消えていきます。
試験が始まりました。
二○分ほど経つとバシリカは地面に片膝をつきました。
ゼェゼェと息を吐き、ふらふらの体を懸命に支えています。
「あ、あなた……、何者なの……?」
デュカスは幻の剣をすっと消して、静かに答えました。
「魔法使いですよ。専門は戦闘。戦闘系魔法使いです。つまり本来は剣など使いません」
「そう……、どうりで。……それで結論は?」
「合格です。相手はドラゴンですから評価の主な対象はスピードと戦いのセンスのふたつ。剣術はそれ用に鍛練すればなんとか」
「……それはよかった」
バシリカは地面に大の字になって横たわりました。
デュカスは剣を手に握りつつも、まったく振るうことはありませんでした。防御にもです。ただ身のこなしだけでバシリカの剣をかわし、時おり繰り出す蹴りもかわしていました。
ひとつもかすりもしない。そのうちスタミナが切れておしまい。
(訓練とはいえ、衛兵たちと互角に渡り合えた私が……なにもできない)
バシリカは打ちのめされていました。
「この試験のことは忘れてください。ドラゴン退治にはなんの役にも立ちません」
それはその通りなのでしょう。
「相手はドラゴン族のなかでも小型のタイプ。つまりスピードに優れる相手です。そのイメージを常に頭に描いて鍛練していきましょう」
「はい……」
そう答えるだけで精一杯のバシリカでした。
立ち上がったバシリカに向かい、デュカスは疑問に思っていたことを尋ねました。
「なんでまた、あなたが打倒ドラゴンなのですか? 王族としての責任感から?」
「そんなんじゃない」
長い沈黙のあと彼女は沈んだ表情で語り始めます。
「……姉のふたりは容姿にも器量にも恵まれていて、昔から王妃たちに可愛がられてきてるんです。昔から、いまもずっと。私はそうじゃなかったから武術や剣術に打ち込んできた。そこにしか居場所がなかったから」
デュカスは黙って聞いていました。
「居場所を作ってくれたのが衛兵たちだった」
「王族には王族の社会での競争があって……私ははじかれていた」
デュカスは言いました。
「わかりました。もういいですよ」
「私には憎しみの積み重ねがある。これは私の強み。私以外にドラゴン退治にふさわしい人間がいて?」
「わかりました。……ですが、私は流れ者ですから幾つかの国々を回ってきてて、その基準から言ってもあなたの容姿は上の方ですよ」
「王族の世界を知らない人間にそう言われても」
少しして礼節を欠いた自分の言葉の粗さに気づいた彼女は詫びました。
「ごめんなさい。そんなつもりで言ったんじゃありません」
「いえ」
気まずい空気が流れました。いろんな事柄が混じった空気が。
上から見下したような口ききはともかくとして、器量については確かに、間違いなくバシリカには女性らしい器量はゼロでした。中身は男と変わりありませんでした。やわらかさや、たおやかさといったものに無縁な、硬い雰囲気しか彼女にはありませんでした。残酷なまでに。
「今日はここまでにして、明日から鍛練を始めましょう。送りますよ」
そう言ってデュカスは移動用の魔方陣を地面に浮かび上がらせます。
バシリカは瞬間、不満なような困ったような顔をして、でもすぐに勝ち気な顔に持ち直すと言いました。
「便利ね。迎えに来て貰おうかな」
デュカスは王女のわがままを受け流し(後日からその要求に応えるようになるのですが)、言いました。
「中庭と王宮の門の前とどっちがいいですか?」
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