女らしさ
北川エイジ
1
むかしむかし、ある国の王さまが困り果てていました。
この国の森には一匹の人食いドラゴンが棲んでおり国民を恐怖に陥れていたのですが、先週のこと王さまは国民の願いに応え、王宮の屈強な衛兵五人をこの人食いドラゴン討伐に森へ送り込んだのです。
ですが悲しいことに五人とも返り討ちにあい食べられてしまいました。彼らはドラゴンの養分となったのです。
これには衛兵の家族だけでなく、王宮で働く者たちの多くが腹を立てました。亡くなった衛兵は彼らにとって同僚であり友人であったからです。
みな、口には出さずとも内心では「何も衛兵を出さなくてもいいだろうに」と思っていたのです。衛兵の養成に多額のコストが掛かるということも王さまの政治面での評価を低下させていました。
そもそも王宮付きの賢者からはドラゴンに関わるのはやめた方がよいと忠告を受けていたのです。言わば心理的に四面楚歌の状況に追い込まれた王さまはこう考えるのでした。
「仕方あるまい。あの魔法使いに相談するか」と。
それは流れ者で五年前から森に棲みついているデュカスという名の若い男の魔法使いでした。しかし素性の知れぬ謎めいたこの男には悪評しかなく、王さまとしてはできるだけ自分から遠ざけたい存在だったのです。
だいたい魔法使いというだけで警戒対象なのですから当然のことではあります。しかし此度は致し方ありません。他に相談する人物が見あたらないのですから。
さっそく王さまはデュカスの棲みかへ使者を送り王宮に来るよう申し付けました。
お昼過ぎにデュカスは来訪し、玉座の前に立つと彼は「はじめまして王さま」と挨拶をしました。
王さまはその姿を見て玉座の間から人払いをし、ふたりきりの場を設けました。王さまには一目で相手の本質を見抜く眼力があったのです。これはとりあえずは信用のおける男だと。
「堅苦しいことはよい。相談があって来て貰った。人食いドラゴンを退治してほしい。報酬は望む額をきちんと払う」
若い魔法使いは王さまの目をみつめ、少し間をとってから答えました。
「申し訳ありませんができかねます。あのドラゴンは年に二、三人しか人を食べていません。生きていくために食べる分は許容すべきです」
「噂ではそなたはドラゴン族と親しいそうではないか。そのためか?」
「それも確かにあります。あのドラゴンは特殊なタイプで例外ですよ」
「では事実なのだな」
「もしあのドラゴンが自分の楽しみで人狩りをやるようなら、その時には退治に向かいますよ。しかしそうではない。いまは共存を優先すべきです」
「なぜだ? なぜ人間のそなたがドラゴン族の肩を持つ」
「動物界の頂点にいるのが彼らだからです。我々人間もまた動物です」
「けだものが我らより上だと?」
「王さま。世の中はパワーバランスで成り立っています。全体を見渡せば私の申し上げていることに理があるのはお分かりになると思います」
「頼りにならぬな。なんのための魔法か。人々のため、世のための魔法ではないのか? 人食いドラゴン退治は正しい使い方だと思うぞ」
役に立たないのなら国を出ていって貰う他ない、と王さまがそう口にしようとした時でした。
突然、玉座の間の高く大きな扉が開きました。
三女である王女がひとり、部屋に入って来て扉が閉まると勇んで玉座に歩みを進め、手前のデュカスの横につけると足を止めました。
「あなたに用があって来たのです。魔法使いデュカス」
少々驚きつつもデュカスは応えました。
「はい。なんでしょう」
「私に、魔法力を染み込ませた剣を用意してくださいませんか」
「なんの話をしておるバシリカ」
王さまは怒りをにじませていました。
「お父さまは黙ってて。賢者から聞いたことがあるのです。そういう魔法があるのだと。そして私にはその武器を扱える素質があると」
余計なことを、とデュカスは思いました。ずいぶんおしゃべりな賢者じゃないか、しごく複雑で困難な物事を簡単に言ってくれる。
彼は尋ねました。
「で、何にお使いになるのでしょう」
「もちろんドラゴン退治です。私、剣術には自信があります」
「剣が届く距離まで詰める前に、あなたは尻尾で吹き飛ばされてしまうでしょう。その一撃で失神し、あなたまで補食されてしまう。無理ですよ」
「やってみなければ分かりません」
「許さぬ!」
王さまは声をあらげました。
しかしかまわず王女はつづけます。
「武器さえあれば私は戦えます。ドラゴンには報いを与えなければなりません。お父さまの反対は承知の上、処分はどうとでもなさってください。私の仕事のあとに」
「許さぬ。お前が勝てる相手ではない。戦うことは許さぬ。お前の仕事はいずれ子を産み育てることだ。何を血迷うておるか」
王女はデュカスに向き直って言いました。
「私の素質はどうですか?」
「王さまの許しがないのですからその質問には答えかねます」
ついには王さまは怒鳴り上げます。
「いいかげんにせぬかバシリカ! 去れ!」
王さまの顔を睨みつけ、くるりと背を向けて王女は言われた通りにしました。扉が閉まり、ひと息つくと王さまは落ち着いた声でデュカスに尋ねました。
「で、バシリカには魔法の剣を使う素質とやらがほんとうにあるのか?」
「剣の柄を握ることができる、という意味ではその通りです。自在に振り回せるかはわかりません」
「ふつうは柄を握れぬのか」
「握った手が焼けただれます」
「どこでそのような力を」
「生まれつきです。あなたが賢者の資質を秘めているように、あの王女には攻撃魔法への耐性が備わっています」
「ある意味血筋ということか」
「そうなりますね。まあ違う分野ではありますが根本は同じですから」
「魔法の剣は他とどう違うのだ」
「斬る力そのものが千倍くらいにはなります。ただし“ひと振り”だけですよ」
「使える人物は衛兵におらぬかな。他の職種でもよいが」
「少なくともこの国にはふたりだけです。彼女と賢者の」
「賢者は戦いを禁じられておる」
各国に賢者を送り込んでいる賢者協会は〈自身の防衛〉以外の戦いを禁じているのです。戦争に利用されることを防ぐためです。
「では王さま。話はそういうことで。いまの苦悩は時間が解決してくれますよ」
「簡単に言うてくれる」
デュカスが玉座の間から立ち去ると、別の扉がひらいて賢者が部屋に入ってきました。彼はこれまでの会話を聞いていました。王さまの指示で。
「ミノス、どうかな? あの男は」
「ガードが固くて奥が見えません。つまり私を凌駕する法力を持っています。特に攻撃魔法の力は想像を絶する大きさで、推し量ることすらできません…… 私に言えるのはただひとつ」
「申してみよ」
「敵に回すのは非常にまずい」
王さまは深いため息をつきました。まったく同じ思いをしていたからです。それが現実でした。
排除か、さもなくば取り込むか、です。
しかしもし退去命令を出せば他の国に行くことになり、彼は潜在的な脅威となってしまいます。
一方、取り込むとしたら? どうやったら取り込めるのでしょう。魔法使いという種族は根っからの自由人です。魂から魔法力が生まれるのですからまず魂の自由を彼らは求める。つまり王族の部下にすることはできないのです。
どうしたものか、そう王さまは考え込みました。
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