第170話 道半ば

 白富東の県大会連覇の記録は、春、夏、秋の全て15連覇で終了した。

 県内一強のチームは他の都道府県にもあるが、ここまで圧倒的だったのは、白富東以外にはない。

 それがついに途切れた。

 大阪光陰だって今年は、甲子園に来れなかった。

 だから白富東でも、同じことがあってもおかしくはない。


 ちなみに県大会の決勝は、勇名館がトーチバを破って優勝した。

 この二校は10月中旬の関東に参加することとなる。

 関東大会に出られなかった白富東は、もう選ばれることはない。

 これが初出場とか、数十年ぶりの大会であれば、21世紀枠で選ばれた可能性はある。

 だが夏の覇者を次のセンバツに、21世紀枠で出す理由はない。


 ベスト4まで進んだのだから、これでも充分な結果だと言えよう。

 だが常勝軍団が、ようやく敗北を知ったのだ。

 そしてセンバツへの参加も消えたとなれば、学校全体の雰囲気も暗くなる。


 だがこれが普通なのだ。

 SS世代以来の、去年までは異常だったのだ。


 国立は職員室で、応援への感謝と、期待に添えなかったことへの謝罪を口にした。

 だが教頭が部長として、その采配を見ていた。

 国立の予測は、ほとんど当たっていた。

 新チームの始動が遅れているのは確かだったので、苦しい大会になるとは分かっていたのだ。


 本番の夏へ向けて、国立はスケジュールを考える。

 そして練習試合の予定も組んでいった。

 早くしなければ秋が終わり、練習試合禁止期間に入ってしまう。

 今のチームに必要なのは、とにかく試合経験だ。


 なおもう少し後の話であるが関東大会においては、トーナメント運に恵まれたトーチバが、優勝した勇名館を差しおいて、ベスト4まで進んだ。

 おそらくセンバツには選ばれるのであろう。

 県大会の決勝で負けたのは、エースをあれ以上使えなかったからだ。

 センバツに出るトーチバと、一点差の勝負。

 白富東も潜在能力は、かなり高いことは間違いない。

 これから半年以上をかけて、最後の夏へと向けていくのだ。




 またもう一つ、今年の仕事が残っている。

 それはドラフトである。

 12球団全部から、悟は獲得の意思があると伝わっている。

 最後の夏の甲子園で、散発をスタンドに放り込んだ宇垣も、確実に評価は上がった。 

 国立の知る限りでは三球団がかなり積極的に動いている。

 ドラフトの上位指名次第では、宇垣も高い順位で指名されることはあるかもしれない。


 悟の場合は、打てて走れて守れるショートだ。

 またショートが出来れば他のポジションも出来るだろうと、コンバートされる可能性もある。

 あれだけの運動神経と身体能力を誇り、そのくせ長打も打てる。

 大学の西郷と共に、このドラフトの目玉になると言っていいだろう。


 よりにもよって関東大会の最中に、このドラフトは行われる。

 白富東はここまで、三年連続で二人ずつのプロ野球選手を輩出してきた。

 だがそれも今年で最後だ。

 ユーキがアメリカに戻ることから、プロ入りを全く考えていないのだ。

 あとは今の二年が、どこまで成長するか。

 さすがに高卒プロ入りというのは、難しいのではないかと国立は考えている。




 そして運命のドラフト会議当日。

 悟としてはさすがに、自分の人生を決める日を、そうそう平常心で迎えられるわけはない。

 学校で対面した宇垣も、同じように眠そうな顔をしていた。


 二人にとっては運命の日でも、学校の授業は普通に行われる。

 授業が終わって放課後からが、ドラフト会議の始まりである。

 クラブハウスに集まっているのは、候補の二人だけではない。

 コメントも求められるだろうし、大学の練習に参加するまでに、体を鈍らせるわけにはいかない三年生もいる。

 そしてもちろん、一二年生は練習もある。


 悟を取るところはどこか。

 当然ながら打撃と守備を期待されるだろう。

 今年はピッチャーの出物が、案外拮抗している。

 二位以下でもいいピッチャーが取れそうなので、一位はバッターの層が厚いチームでも、西郷や悟を取りに来るかもしれない。

 その中で長距離砲を求めるか、打てるショートを求めるか。

 おおよそ一位指名される選手は決まっていると考えられる。


 最多五球団から指名されたのは西郷。

 そして悟は、四球団から指名された。

 広島、中京、埼玉、神戸である。

(中京と神戸は嫌だな)

 中京は今年、セ・リーグ最下位であった。

 そして神戸も、投手陣が軒並故障して崩壊した東北に次ぐ、リーグでブービーの成績である。


 埼玉にはアレクが、中京には哲平がいる。

 同じ学校の先輩がいれば、それなりに頼りになるだろう。

 広島はあまり馴染みのない場所ではある。だがファンが優しい球団であるとも聞く。

(出来れば埼玉がいいかなあ)

 そしてクジを引き当てたのは、その埼玉であった。

(よし!)

 埼玉は若手を使うのが上手いと言われる。

 またそのドラフトでの当たり具合も、球界ではナンバーワンとも言われる。

 それが即戦力として悟を選び、入団が決まった。

 在京圏内の球団は、なんだかんだ言いながら便利である。

 甲子園を騒がせたスターが、新たな力となって、打倒ライガースへ決意を新たにする。


 


 そしてあとは宇垣である。

 体格だけを見ればスラッガーで間違いないのだが、実際のところはセーフティバントも決められる、動ける筋肉デブだ。

 最後の夏に悟と同じ三本を甲子園で放り込んだので、その評価は高まっている。

 ただここまで守ったのは、サードとファーストしかない。

 一応本人としては、外野も守れるつもりではある。

 強肩なので、その点でも外野適性はあるのだ。


 三巡目に、神奈川が指名した。

 打線のパワー不足を感じる神奈川としては、数年後の主力として期待しているのだろう。

 外れ一位でも野手を取って、二巡目でも野手を取った。

 攻撃力の向上が、やはり現在の神奈川の課題である。

 神奈川には一個上の先輩である赤尾もいる。

 別にメンタルの弱いわけではない宇垣だが、先輩がいれば心強いだろう。


 悟にとっては、なんとも長い三年間であった。

 いや、それ以前からと言えるかもしれない。

 中学生の最後のシーズンを前に、故障してスカウトから漏れることとなった。

 体格もあまり成長せず、フィジカル重視の名門校からも誘いはない。

 親の転勤でまだしも関係のあった東京から、完全に知り合いのいない千葉へ。


 ただ、そこに白富東があった。

 春夏連覇、それ以前から四季連続での甲子園出場と、五季目の出場も完全に手にしていたチーム。

 怪我から治った悟のことを、知っている者はほとんど周りにいなかった。

 スポーツ推薦にて入学後、ショートに一年の春から抜擢。

 それからずっと三番ショートで、白石二世などと千葉では呼ばれたものだ。


 甲子園でも活躍し、一年目の夏から主力選手。

 そして三年の夏でも優勝し、甲子園での通算ホームラン数は、歴代三位。

 つまづいてしまって、そのまま進んだ道の先に、この未来があった。

 プロ入りは出来ればいいとは思っていたものの、あくまでも夢であった。

 それが具体的なものとなってきたのは、やはり一年から甲子園で打った時だろうか。


 様々なピッチャーを打ってきた。

 様々なピッチャーを援護してきた。

 そしてこれからも、様々なピッチャーを打って、援護していくだろう。

(とりあえず最初は、スタメン。それからライガースに勝つ)

 悟は大介とは入れ違いで、白富東に入ってきた。

 直史には投げてもらったことがあるし、大介も甲子園では差し入れをもってきてくれた。

 だが共に戦う機会も、対決する機会もなかった。


 しかしここで埼玉ジャガース入りである。

 今年の日本シリーズも、ライガースが優勝した。

 現在のセ・リーグはスターズとライガースの二強状態。

 そしてパ・リーグもまた埼玉と福岡の二強状態である。

 だが日本シリーズでは、セ・リーグ側が五連覇を果たしている。

 そしてライガースは三連覇。

 勝てるチームで、倒すべき強敵も存在する。

 一年目の選手も積極的に使うチームで、優勝が狙える。

 悟にとってはこれ以上の幸運はないだろう。


 プロになるのだ。

 野球をずっとやってきて、これからは野球で食べていく。

 その覚悟が、じわじわと湧いてきている。




 今年もまたプロ野球選手を二名輩出した白富東だが、現役の後輩たちは先輩を祝う余裕などはない。

 ここまでずっと続いていた白富東の覇権が、ついに途切れたのだ。

 だが敗北したのちもすぐに、練習は開始される。


 なぜ敗北したのか。

 理由としては、ユーキに負担がかかりすぎたことだろう。

 最後の同点ホームランにしても、その後のピッチングにしろ、ユーキ一人に負担がかかりすぎた。

 ただ決定的な力の差はなかったように思う。

 細かい部分の連携がとれていなかったということはあるが。


 守備力はこのままでも充分というか、普通に伸ばしていけばいい。

 問題は攻撃力、あるいは得点力である。

 ランナーが出た時の得点の仕方が、トーチバよりもバリエーションが少なかった。

 あとはトーチバは、局面に応じてどんどんと、選手を入れ替えていった。

 白富東にそんな余裕はなかった。

 今年の夏までは、長谷という走塁のスペシャリストがいて、石黒が代打で決定的な働きをした。

 選手の力の全体的な底上げも必要だが、何かに特化した力も必要だ。

 国立にはそれが分かっている。


 練習試合の申し込みは、どんどんと来ているし、こちらからもお願いしている。

 夏までには、まだまだ時間がある。

 春の大会を目標に、確実にベスト8に進めるように力の底上げは必要だ。

 来年の夏を最終目標に、長い戦いが始まったと言える。




 白富東の、勝ち続けた神話は終わった。

 三度目の栄光を成し遂げた選手は、またプロへと進む。

 新しい白富東は、プロを目指すわけではない。

 また初心に帰って、甲子園すら目指さないことから考えなければいけない。


 ただ、負けるのが嫌だから。

 勝利が約束されてはいない、戦いの日々が始まる。

 これが普通のことなのだ。

 あらゆる全国のチームたちは、甲子園を目標に、日々の練習をこなしていく。

 だが白富東にとって甲子園とは、あくまでも結果にすべきなのだ。


 本当に必要なのは、少しでも勝ち続けること。

 負けずに、一試合でも多く戦うために、強くならなければいけない。

 そういう考え方をしなければ、普通に甲子園を目指す強豪私立には、とても勝つことなど出来ないだろう。


 秋が深まりゆく。

 そして長い冬が来る。


 伝説のようであった、白富東高校野球部の日々。

 だがそれが終わった後にも、残された人間は多いのだ。

 そういった人々の物語は、まだまだ続いていく。

 創作物のように、完結してしまえないのが、人生のめんどくさいところである。


 来年の夏、白富東高校が、どういう姿を見せるのか。

 甲子園の舞台へ、また戻っていけるのか。

 それはまだ、誰も知らない。




   第四部A 続・白い奇跡 完


   第四部E 高校編 へたぶん続く

 https://kakuyomu.jp/works/16816700426350608898

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エースはまだ自分の限界を知らない[第四部A 続・白い軌跡] 草野猫彦 @ringniring

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