D いつものように愛したい

 二人で遅いお夕飯を食べ終えた。

 白蓮の手が荒れてはいけないので、いつも通り智樹が洗い物をしていた。


「今日は、お茶碗拭きを私にもさせて」


「いいけれども、手を冷やさないようにね。それから、お茶碗で指を怪我しないようにして欲しいな」


 白蓮は、頬に涙を伝わらせて、眉間にしわまで寄せた。


「や、優しくしないでよ……」


「いや、俺にとっては普通だって」


 智樹は、ささっと茶碗を片付けた。


「やーだー。もうもうもうもう……! クッションを投げるわよ」


「今度も受け止めるよ」


 袖をまくったままの智樹が、キッチンにじいっと立つ。


「やけくそだって、分かっているもん。私のワガママだって分かっているんだから!」


「な、だったら、ソファーに座ろう。クッションは投げるものではないよね」


 泣きじゃくってしまった私の肩を抱えて、ソファーへ座らせた。


 ――突然、智樹がその口をふさぐように優しくキスをした。


「ごめんね、白蓮」


 優しくて心がこもっていた。


「ごめんね、智樹さん」


 反省しきりの感じだった。 


「いや、俺が悪いんだから……」


 智樹はいつでも白蓮の目を見ながら話す。

 大切なときは尚更だ。


「うううん。ジェラシーで一杯だったの。それが恥ずかしくて、恥ずかしくて……」


 白蓮は目を逸らしながらだ。


「それが当たり前の感情だよ。俺だってきっと同じ気持ちになると思うよ」


 二人ともちょっと気持ちもゆとりが出て来る。


「ごめんね、智樹さん」


「ごめんね、白蓮」


 二人で見詰め合っている内にぷっと吹き出してしまった。


「白蓮、可愛い! ふふふ」


「なあに? 子供扱いして! あはは」


「俺って甲斐性ないだろ? 経済的にさ。去年の白蓮の方が収入多いんだよ」


 食後のモカを飲みながら、胸の内を開く。


「俺はあの頃はまだ自分の絵って言うのができていなくってさ、何を撮っても駄目。白蓮に出逢ってからだよ。そう……写真集、『コムCommeダビトゥードゥd'habitude』を作ったろ。グアムへロケとか行って、凄く楽しかった。あれで変われたのかなって感じなんだ」


「そうなんだ……。知らなかったの。ごめんね」


 白蓮は、ひたすら聞き入る。


「今日はさ、ちょっとセミヌードだなんて過激な仕事だったんだ。もうしないよ、白蓮の為にね」


 柄にもなく、ウインクなんかしてみせた。


「えい、ウインク返し!」


 いつもは、バシッと打ち返す所だけど、白蓮からもウインクした。


「私ね、ヤキモチだったみたい」


「あはは。俺みたいなのが、モテていいの?」


 照れると頭を掻く。


「智樹さんってカッコいいよ。優しいし」


 お返しの頬にキスをした。


 ◇◇◇


 智樹は、明るく笑いながら、バッグを持って来た。


「実は、この間からさ、秘密にしていたことがあるんだ」


「なあに?」


 白蓮は涙を拭いながら尋ねる。


「これ……。買ってあげられなかった、マリッジリング。白蓮の気持ちに可哀想なことをしていたから。せめて、これをプレゼントしてあげたくてね。仕事に力を入れていたんだよ。決して汚れたお金ではないよ」


 一呼吸して目を瞑った。


「お揃いだよ……」


 小さな声で。


「さあ、左手を出して……」


 二人で……。

 指輪を交換した……。


 私達、結婚式はできなかったけどこうして愛し合えるねって。




 ――何度も何度もキスを繰り返した。

 白蓮も智樹の気持ちが唇から伝わって、切なさがきゅんと溶けて行った。


 


 智樹はカメラを構えた。


「指輪交換と初の白蓮セミヌード記念日だね。じゃあ、写真を撮るよ」


「きゃ! まだ服着てないよ――!」


 慌てて胸に脱ぎ散らかした下着を押し当てる。


「確かにセミヌードの私を撮って欲しいと私から頼んだけれどもね」


「ぶつぶつ口を尖らせている白蓮も可愛いんですけど……。さっきのキス、続きは?」


「ごめんしてだわ。もうジェラシーは焼かないからね、ね」


 白蓮はツンツンと智樹の頬を叩いた。

 智樹が、又叩かれてしまったと笑いを堪えた。

 連写モードで二人の写真を沢山撮る。


「ウソ! 白蓮がもうジェラシーは焼かないって? うううん良いんだよ。素直なままが好きなんだ。これからもよろしく。写真集、『コムCommeダビトゥードゥd'habitude』のタイトルは、フランス語で『いつものように』って意味なんだから」



「これからも、いつものようにね」と二人。



 パシャ。

 パシャ。

 パシャ。



 ベストショットの写真が微笑む。


「私ね、ファインダーから覗かれないのも好きなの。智樹さん以外には見せないでね」


「そうだね」と、優しく微笑んでくれる。


 二人で頬を擦り寄せる。




 白蓮からキスを贈り、智樹にしなだれる。


「――智樹だけなのよ」


 






Fin.

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