第6話 エピローグ
「結局燃料になるプリズマ鉱石は見つからなかったな」
月影の森からヌアル平原へと戻ったアルドは、開口一番そう言った。
「そうだね。でもまあ無事に戻って来られただけでもよしとしないと」
暗い森から出たばかりでチカチカする目を慣らすように、何度も瞬きを繰り返すリシテアが明るい声で答える。目元を押さえているため表情が見えず、それが空元気なのか本心なのか確認する術はない。
「あ、それなんですけど、大丈夫です」
地面に座り込んで休んでいたウィルが、おずおずと口を開く。
「ボク、森の奥でちょうど良さそうな鉱石を見つけて……」
話しながら、ウィルは自身の肩掛けカバンに手を突っ込んで、ごそごそと中を探る。
どれだけものを詰め込んでいるのか、固いもの同士がぶつかる音やぐしゃりと紙の擦れる音、様々な音が聞こえてくる。
「あった! これなんですけど……使えそうですか?」
カバンの中から取り出されたのは、公共の場に設置されているものと遜色ないサイズのプリズマ鉱石だった。
「う、うん。問題ないと思う」
「いつの間に、プリズマを手に入れてたんだ?」
「あのおっかない魔物に襲われる前です。というか、これを採ろうとして見付かっちゃったんですよね……素材集めは助手の基本だというのに情けない限りです」
ウィルはしょんぼりと肩を落とす。
「なんでそんな無茶……アタシ、今日会ったばっかの人間だよ?」
「そうですね。でも、ほら、リシテアさんはボクに夢を思い出させてくれたので。リシテアさんが飛行機で空を飛ぶ姿を、ちゃんと見てみたいなって」
リシテアは何かを堪えるように唇を噛み締めた。
「……うん、わかった。最高のフライトを見せて上げる。ウィルもアルドもしっかり見ててよ」
「もちろんです」
「ああ、楽しみにさせてもらうよ」
リシテアは歯を見せて得意気に笑うと、自身の愛機に向けて駆け寄った。受け取ったプリズマを動力部に入れ、コックピットに乗り込みエンジンを掛ける。駆動音と共に銀色の機体が震え出す。飛行機が命を吹き替えしたのだ。
「掛かった! 成功だよ! これで飛べる!」
リシテアの明るい声に、ウィルはほっと胸を撫で下ろす。
「良かった。ダメだったらどうしようかと……」
「もう。ダメじゃなかったんだから、泣きそうな顔しない。せっかくだから一緒に喜んでよ……これで、お別れなんだし……」
泣かないでと口にしたリシテアの方が、よほど泣き方な顔をしていた。
見知らぬ場所に飛ばされたというのに、弱音ひとつ吐かず笑っていたリシテアが始めて見せる表情に、アルドの視線は自然と下がる。
時を越えて旅をするアルドと違って、ウィルとリシテアは、この先もう二度と会うことはないだろう。生きる時代の違う者同士、本来なら出会うことすらなかった二人だ。
柔らかな風が吹く穏やかな平原に、重い沈黙が落ちる。その沈黙を破ったのはウィルだった。
「あの、聞いて欲しいことがあるんですけど、……ボク、自分で飛行機を造ってみようと思います。こんな凄いやつは無理かもしれませんけど、空を飛ぶ夢を見続けようと思うんです」
ウィルの言葉に、リシテアが驚いたように口を開く。
「あなたが人は空を飛べるんだってボクに教えてくれたから」
「アタシは何もしてない。この子と一緒に、この時代に迷い込んじゃっただけ」
「……そんなことないだろ。ウィルに夢を諦めるなって言ってたじゃないか。リシテアと出会えたから、ウィルは夢を思い出せたんだと思う」
出会いは、ただそれだけで人を変えるものだ。アルドにも心当たりが沢山ある。
「なに他人事みたいなこと言ってるんですか。アルドさんもですよ。今当たり前にあるものも最初から存在したわけじゃない、そう教えてくれたのはアルドさんです」
ウィルが苦笑する。それから改めてリシテアに向き直った。
「リシテアさん、未来に戻ったらボクを探してください。きっと何百年先にも名前を残すような凄い発明家になりますから!」
リシテアは一度目を見開き、それから力強く頷いた。
「うん、わかった。きっと見つける! だからウィル、絶対に飛行機を作ってよ!」
「はい! 約束します」
堂々と言い切ったウィルに、リシテアは満面の笑みで答える。
「またね、ウィル!」
その挨拶を最後に飛行機は飛び立った。大地に黒い影を残し、銀色の機体が青い空へ一直線に昇っていく。それはまるで羽を広げて自由に空を舞う大きな鳥のようだった。
どこまでも高く、どこまでも遠くへ。何にも隔てられることのない、誰にも手の届かない場所へと向かって、それは飛ぶ。
銀色の機体はやがて、空にぽっかりと空いた黒い穴の中へと飛び込んで、そのままどこかへと飛びさった。
「行っちゃったな」
その光景を焼き付けるように見つめるウィルに、アルドは声をかける。
「はい。無事に未来に帰れていたらいいんですけど」
「それは大丈夫だと思う。きちんと穴の向こうに消えていったろ。もといた場所に戻れた証拠だ」
言いながら、時空の穴を越えたことのないウィルにはわからないかもしれないな、とアルドは思う。
「そうですね。リシテアさん、運が強い方だって言ってましたもんね」
リシテアが消えていった空に向けて、ウィルは優しい笑みを浮かべた。
「……未来に帰ったリシテアさんにちゃんと見つけてもらえるように、ボクも頑張らないと!」
「ああ。その情熱があれば、きっと出来るさ」
「ありがとうございます、アルドさん。もし完成したら一番にお知らせしますね」
「楽しみにしてるよ」
「よーし、こうしちゃいられない。さっそく設計に取り掛からないと! ウィリアム・シルバードの名を歴史の一ページに刻むんだ!」
ウィルは自身を鼓舞するように、強く夢を口にする。それから大地を力強く蹴って、走り出した。
遠くに消えて行く背中を見送りながら、アルドはふと気付く。
「ん? シルバード? ……確か、リシテアの飛行機の名前もシルバードだったよな……」
リシテアに聞かされた名前の由来を思い出し、アルドは破顔した。頭上に広がる青空のように清々しい気分だった。
「……がんばれよ、未来の大発明家!」
空に見る夢 七崎七 @7saki7
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