第2話 この恋は、きっと


 ちょっと驚いて彼を見遣れば、私の隣の席の椅子に座った彼はバツが悪そうにそっぽを向いていた。


 ――いや。


(これはもしかして、バツが悪そうなんじゃなくて照れ隠し……なのか?)


 そんな事を思いながら、思わず凝視していると。


「良いからはよ、続きやれ」


 まるで猫でも追い払うかのように、右手でシッシッとやってくる。

 なんだかとても扱いがぞんざいだ。


 まぁいつもの事と言えば、いつもの事なんだけど。



 その後私は、必要最低限の仕事だけを片付けてから会社を出た。

 もちろん、隣には彼が居る。


「……彼女が家で待ってるんじゃないの?」


 なんだか落ち着かないのでそんな事を聞いてみれば、彼は「あぁ、それは別に大丈夫」と答えた。


「いや大丈夫じゃないでしょ、同期だって言ってもさぁ、ほら。……一応女と2人でご飯なわけだし」


 自分で使った『一応女』というフレーズが、私の心をチクリと刺した。


 一応、同期でも女。

 それ以上に言いようがないし、彼女持ちを相手に他に言いようがあっても困るので、まぁそれで良いのだろうけど。


「たとえが無くっても、異性と2人でご飯とか彼女は普通嫌がるでしょ」


 そう指摘してやれば、彼は何故か呆れ顔になる。


「何言ってんの? お前」


 バカにする様なその口調に、ちょっとカチンときて「はぁ?」と言い返したら、彼は「嫌がるとか、言わなきゃ分かんないだろ」と言ってきた。


 どうしよう、コイツ更に禁忌の『ゲス男属性』まで得てしまったのか。

 そう思った時だった。


「まぁ言っても分かってるのか、こっちは知る由もないけどな」

「? 分かんない筈無いじゃない、口が無い訳でもあるまいし」

「いや、口はあるけどさ」


 そう言いながら彼はスマホを少し弄ってから、印籠の如く画面をこちらに向けてきた。


「前年ながら人語以外を理解する頭は、俺には無いからなぁ」


 その声と共に私の視界に入ってきたのは、白い毛並みの――猫だった。

 ちょっとマルッとしているフォルムの『彼女』は、コロンと転がった状態で写真に撮られている。


 確かに可愛い。

 あざといくらいに可愛い。

 可愛い、が。



 3年越しの思い違いに、私の顔は羞恥で染まった。


 思えばあの話以降、彼の『彼女』話は聞かないようにしてきたかもしれない。

 それは己の心の平穏を守るための措置だった。

 しかし、まさか勘違いだったとは。



 恥ずかしすぎて彼の顔を見れない私を、彼が「どうかしたのか?」と覗き込む。

 真っ赤な私の顔を見て、怪訝そうな顔になって。

 その後「あぁ」という顔になった。


「何? もしかして『彼女』って、人間だと思ってたの?」


 揶揄い口調でそう言った彼が、何だか無性に腹立たしくなった。

 だから。


「痛っ! 何だよ蹴る事ないじゃんかっ!」

 

 脛を力一杯蹴ってやれば、彼が歩道のど真ん中で足を抱えて蹲る。


 涙目で「冗談じゃん!」と言って抗議してくる彼を、私はまだ赤みの引かない顔で見下ろした。

 そしてフンッと鼻を一つ鳴らすと、スタスタと1人先を歩く。


「待てって! ちょっとまだ痛くて歩けないから!」


 チラリと見れば、痛みで涙目になった彼の懇願顔がそこにある。


 そんな彼に、密かに私は笑みを溢した。

 そして素知らぬ顔で彼を、そのまま置きざりにして歩く。


「――でも、そっか」


 口の端から、そんな言葉が思わず溢れる。



 好きだからこそ、思いたい。

 この恋は、きっと叶うと。



 ゆっくりと歩道を進んでいると、後ろから小走りの音が追いかけてくる。

 フワリと小さな風が起こり、隣に彼が追いついた。



~~Fin.

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この恋は、きっと叶わない。そう思っているけれど。 野菜ばたけ@『祝・聖なれ』二巻制作決定✨ @yasaibatake

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