プルガトリウムの扉
春古年
プルガトリウムの扉
目覚めて気付くと、見覚えのない部屋。
オレはソファーに座って眠って居た様だが。
「ここは、いったい……?」
他にも、テーブルを囲む様にあと五人、ソファーに腰掛け寝息を立てている。
ぼーっとした頭で、何となくそのメンツを眺める。
テーブルを挟んで右側の二人掛けのソファーに、ガタイの良い若い男と中年の男性。
若い男の方は多分俺より若い、二十歳ぐらいだろうか。
その隣の中年の男は、車掌とか駅員の様な制服姿だ。
向かいの一人用のソファーに座っているのは、かなり年配の女性。
足が悪いんだろうか、四本足の杖を持っている。
左の二人掛けのソファーには、女性と小学校低学年くらいの少年が寝息を立てている。
多分、親子だな。
何となく容姿が似てる気がする。
全員、見覚えが無い。
と、言うか……前後の記憶が無い。
オレは何で、こんな部屋に居るんだ?
意味が解らん……。
そもそも、ここは何処なんだ?
それを確認しようと、部屋を見渡しても窓が無い。
外の状況も判らない。
唯一、部屋の端に扉が見える。
あそこから、勝手に外に出て良いのだろうか……。
いまいち判断が付かない。
この部屋は、窓が無いだけじゃない。
なんか奇妙だ。
オレが今座っているソファーや目の前のテーブル、そのほかの調度品も随分と高級そうな感じがする。
何となく、金持ちの家の応接室の様な雰囲気が漂う。
しかし、目の前のテーブルの上の、あのフィギュアは何だ?
随分とこの部屋にふさわしく無い、いかにもオタクが好きそうなアニメ顔の天使のフィギュアだ。
なんかのアニメかゲームのキャラクターか何かか?
それと、そのフィギュアの前に有る箱の様な物。
銀色で光沢がある。
多分金属製だ。
その箱の上に、一から六までの数字の振られた
鍵だろうか……?
でも、一つの箱に六つも鍵が刺さってるって……何の意味が有るんだ?
あ、頭が痛い……。
ぼーっとした頭で、このシュールな状況を整理しようとしても、頭痛がするだけだ。
イヤ、それだけじゃ無い、体の節々も痛い。
「ともかく、一度外に出て、外の様子を見よう」
何か事件性が有る事なら、交番に駆け込むかすれば良いし、そうで無いなら早く家に帰りたい。
ジャラ。
「ん、今の音は?」
チェーンだ、細長いチェーンがオレの首から床に垂れ下がっている!
慌てて首元をまさぐると、首輪の様な物。
外そうと金具らしきものをいじっても、外れる気配が無い。
そうだ、こんな細いチェーンなら引き千切れば良いじゃ無いか!
チェーンを左右の手に巻き付けて力いっぱい引っ張るが、見た目以上に頑丈で千切れない。
そもそも、このチェーンの先はどうなってるんだ?
細長く、床にとぐろを巻いているチェーンを手繰っていくと、床に有る金具に固定されている。
今度は両手に巻き付けて、踏ん張る様に金具から引き千切ろうと試みるが、やっぱり千切れない。
いったい、どうなっているんだ……。
周囲の気配がモゾモゾと動き出す。
オレがチェーンと格闘してた音で、他のメンツが起きて来た。
「な、何だこの首輪とチェーンは!」
「こ、これは、どう云う事なの?」
自分達の置かれた不可解な状況に、皆が声を上げる。
「オイ、てめぇ!どう云う積りだ!」
若い男が、何故かオレに掴みかかって来る。
「知らん!見たら判るだろ、オレもアンタらと同じだ!」
そう、自分の首輪を指差すと、「チッ!」と舌打ちして引き下がる。
納得出来ている雰囲気では無い様だが……。
「それにしても、本当にどういう状況なんです? この首輪とチェーンは?」
中年の男がオレに聞いて来る。
何でオレに、とは思うが、多分皆より先に目が覚めてたからだろう。
「本当に、何も知らないんです。オレも今さっき目が覚めた所なんです。と、言うか、前後の記憶が全く無くって、ここが何処なのか、何んでこの部屋に居るのかもさっぱり……。皆さんこそ、何かご存知の方は居ませんか?」
そう冷静に聞いてみる。
さっきの若い男みたいに、頭に血を登らせても何も解決しないし、返って状況が悪く成る。
ここは冷静に。
「あ……いや、そう言えば、私も前後の記憶が……」
中年の男がそう呟くと、他の皆も首を横に振る。
「そうだわ、スマホ!」
女性が気付く様に呟き、ハンドバッグをまさがる。
確かに、そうだ!
首輪を付けられ、チェーンで繋がれているのだから、警察に……。
「何だこれ!? 電源が入ら無ぇじゃねえか!」
若い男が吐き捨てる様に怒声を上げる。
オレのもだ。
スマホの電源が入らない。
中年の男性と子連れの女性のスマホも電源が入らないらしい。
年配の女性のガラケーも……。
ここにオレ達を監禁した奴等が、壊したんだ……ん?
変だな、それだと単に取り上げれば良いだけだ。
わざわざ壊した後、皆のバッグやポケットに戻すか普通……これ見よがしの嫌がらせか、何かか?
「ふざけんな!」
若い男が自分のスマホを床に叩き付け激怒する。
そして扉の方に向かって行く。
当然、チェーンで繋がれ、行動範囲は限られている。
ギリギリ、ドアノブに手が届かないらしい。
「俺達を出せ! 何の積りだ! 顔を見せろ!」
そう、扉の向こうに向かって怒声を上げる。
オレも、その扉の方に歩み寄っていく。
別に、アイツにつられた分けじゃ無い。
もしかすると、ドアノブに手が届かないかと、試してみたかったんだが……やっぱり届かない。
中年の男も同様に試して居たが……やっぱり、無理か……。
ん、何だアレ?
扉に紙粘土で作られた様なプレートが掛けられている。
これも、この部屋に似つかわしくない程、ファンシーなものだ。
何となく、そのプレートのカラフルな文字を読む。
『purgatorium』と書かれている。
発音はプルガトリウムで良いのだろうか?
勿論、意味など知らん。
突然、さっき迄
「寄こせ!」
と、杖を奪う様に取り上げる。
その拍子で、年配の女性がソファーから転げ落ちる。
「オイ! 乱暴は止せ!」
中年の男性が、そう声を上げ、年配の女性に駆け寄る。
オレも、駆け寄ろうとしたが、チェーンが絡まりそうだったので、諦めた。
それにしても、この若い男、年長者への敬意とか思いやりとかは無いのか!
そして、その奪った杖でドンドン! と、ドアを叩き、「出せ! 開けろ! 出て来い!」と喚き立てる。
当然だが杖で叩いたところで、どうにか成るもんでもない。
まったく、アホかこいつは……。
と、その時。
「ママは5番だね」
そう、か細い少年の声が聞こえる。
「え、何の事?」
「ママの首輪に、5って書いてるよ」
その言葉に、改めて皆の首輪に視線を向ける。
確かに、番号が振られている。
少年は6、年配の女性は4、中年の男性は3、若い男は2。
と、云う事はオレは1か。
「ん、番号!?」
オレは慌ててテーブルの上の金属製の箱を手に取って改めて確認する。
この番号の振られた
どう引っ張っても、回しても抜くことは出来ないが、多分間違いない、
とすると……。
首輪の金具を慎重にまさぐる。
有った!
鍵穴らしきものが指先に引っかかる。
オレの様子を見て気付いたのか、若い男がオレの手から箱を奪い取り、必死の形相で2と番号の振られた摘みと格闘している。
「フフッ、そんな事をしても無駄よ♪」
突然、そう
子連れの女性の声じゃない。
勿論、年配の女性の声でも無い。
「それに、勝手に鍵を抜か無い方が賢明よ♪」
天使のフィギュアだ……あのフィギュアから声が聞こえて来ている。
「アンタがオレ達をここに監禁したのか?」
そう、単刀直入にフィギュアに向かって話す。
別に、人形に向かって話してる分けじゃ無い。
この人形に仕込んだスピーカー越しに話しかけてきている女に向かって問いかけたんだ。
だが、そんなオレの問いかけを無視する様に話を続ける。
「あの扉の向こうに行けるのは一人だけよ。他の五人は扉の向こうに行く事は叶わないわ……永遠にね♪ 」
「オイ! どう云うことだ!」
若い男が、天使のフィギュアに向かって怒鳴り付ける。
が、それを無視して更に続ける。
「その扉の向こうに行ける一人は、アナタ達で話し合って自由に決めて良いわ。決まったら教えてちょうだい。首輪のカギの抜き方を教えてあげる♪」
「どう云うことだ、つってんだろ!」
「質問は受け付けないわ。さっさと決めてちょうだい。私これでも結構忙しいの♪」
「ふざけんなっ!」
若い男がフィギュアを手に取り、床に叩きつけようとする。
オレと中年の男が、それを慌てて止める。
「オイ、止せ! これを壊したら、外に出る方法が判らなくなる」
そう
そして、「じゃあ、どうすんだよ!」と。
「ともかく、誰かが外に出て、交番にでも駆け込んで助けを呼ぶしか無いでしょうな」
中年の男性がそう提案する。
「でしたら、私は辞退するわ。足がこれですもの、助けを呼ぶのに時間が掛かりますから……」
と、年配の女性が。
「だったら、俺が助けを呼んで来てやるぜ。足には自信がある」
若い男が、そう名乗り出る。
「でも……その助けが来る前に、残った人はどうなるの……」
女性が子供を抱きしめて、不安がる。
確かに、残った五人が助けが来る迄、無事で居られる保証はない。
ただ、それを言えば、一人でこの部屋から出たヤツが、無事に交番までたどり着く保証も無い。
何しろ、あの扉の向こうがどうなってるか分からない。
オレ達を監禁した何者かが、武器を片手に待ち構えている可能性だって有る。
それに、彼女はお子さんを連れている。
二人揃って出るとは行か無いこの状況、心配する気持ちは良く判る。
「いや、
と、中年の男が年配の女性の方に視線を向ける。
確かに、一理ある。
「オイオイオイ、ふざけんなよ。ババアに行かせたら助けが来んの遅く成るだろうがよ! 第一、老い先短いババアだけ助かって、俺達は助から無ぇとか、洒落に成ん無ぇぜ。どうせなら、未来ある若者の俺だろうがよ」
何ちゅうか……呆れる程、自己中なヤツだな!
「それならオレは社会人だが、まだ二十代前半だし、君と年齢は大して変わらんぜ。それに、年少者が優先と云う事なら、あの子が先じゃ無いのか? そう言う事ならオレも賛成だ」
こう言う状況だ、子供を優先させるのが妥当な判断だ。
だが、オレの言い方が気に食わなかったのか「テメエ!」と若い男が掴みかかって来て、もみ合いに成りかけるが。
「今は、そんな事してる場合じゃ無いでしょう!」
と中年の男が、間に入って止めてくれた。
それにしても、これじゃあ
話し合いで、意見が纏まるとは思えない。
ふと、若い男が「チッ!」と舌打ちし、自分の鞄からシャーペンとノートを取り出し白紙のページを一枚千切る。
「だったら、あみだくじで決めようぜ。それならテメエらも文句無えだろ」
確かに、グダグダと話し合いを続けるより、その方が早い。
「ババアは辞退って事で良いんだな」
そう年配の女性に言い放つと、彼女が頷くのを見る事も無く、ノートに縦線を五本引く。
「 テメエらこっち見んじゃ無え!」
若い男がそう怒鳴り、不正が無い様に皆、壁の方を向く。
「オイ、さっさと選びな。俺は最後だ」
下三分の一が折り畳まれ、当たりが判らないそのあみだに、皆順番に自分の名前を書き込む。
そして最後に若い男が、自分の名前を書き込んで行く。
「チッ」
ん、微かに若い男が小さく舌打ちしたのが聞こえた気が……。
ペチッ!
シャーペンの芯が折れ、カチカチと芯を出して、若い男が自分の名前を書き終える。
妙に、不自然な仕草に感じる…………ん!?
若い男が、折り畳んだあみだの下部を開こうとしたその時、ヤツの指先が不必要にあみだを横切り、線が一本増えた様な気がする。
さっきの、折れた芯だ!
それを、指先に付けて、線を一本追加したんだ!
コイツ、インチキしやがった!
「オイ、今一本線を書き加えただろ!」
「はぁ! テメエ、いちゃもん付ける気か!」
そうオレを睨みつけ詰め寄って来る。
「線を書き加えたって、どういう事ですか?」
中年の男のその質問に、さっき見た事をそのまま話す。
すると、中年の男があみだを手に取り確認する。
「確かに、一本歪で不自然な線が有りますね。これをそのまま辿ると…………確かに彼が当選者に成りますな」
「俺はイカサマなんかして無え! 俺が当たりってこった!」
「ですが、この不自然な線を無いものとして辿ると…………アナタが当選者です」
そう、オレに視線を向ける。
「ふざけんな!!」
そう怒鳴ると、若い男はオレに殴り掛かって来た。
咄嗟に、オレはヤツにしがみ付く様にして、もみ合いに成る。
床に、倒され何発かヤツに殴られる。
この体格差だ、日ごろ運動不足のオレじゃあ相手に成らない……マズイ!
ふと、マウントを取られていたオレの体が軽くなる。
「止めんか!」
中年の男が、若い男をオレから引き剥がしたんだ。
咄嗟に、オレも一緒に成って若い男を取り押さえる。
「テメエら! ふざけんなよ! オレが当たったんだ! 離せこの野郎!」
母親の腕に抱かれて怯える少年に向かってオレは叫ぶ。
「君が行くんだ! 外に出て、交番に駆け込んで、助けを呼んでくるんだ!」
怯えと驚きの混じった表情の少年に、母親が頷く。
そして、天使のフィギュアの前に立つ。
「誰が扉の向こうに行くか決まった? どの鍵にするのかしら?」
「これ」
「そう、その鍵ね。じゃあ、その鍵を右に6回左に6回、そしてもう一度右に6回回すと良いわ♪」
カチャ、と金属の箱から鍵が抜けた音。
取り合えず、これで良いんだ。
と、そこへ少年が、暴れる若い男を取り押さえている俺たちの元に歩み寄って来て、手に持った鍵を差し出す。
「え!? こ、これは?」
その鍵に書かれている数字は2に成っている。
已む無く、オレも中年の男も、若い男から手を離す。
「ぼく、おかあさんと、いっしょにいる」
「ケッ!」
と、オレ達をひと睨みし少年に礼も言わず、鍵を受け取ると、今までとは打って変わって上機嫌に成る。
「まあ、心配すんなって、直ぐにお巡り呼んで来てやるぜ♪」
そう言って首輪を外し、扉から出て行った。
チラリと見えた扉の向こうは、白く光っていて、結局良く判らなかった。
「はぁ~……」
オレと中年の男が同時にため息を付いて、苦笑する。
取り合えず、うるさいのが出て行って何となく安堵したと言う所だ。
そう言う状況じゃ無いんだがな……。
ふと、視線を移すと、少年と母親は抱き合っている。
年配の女性は、それを見て涙ぐんでる様に見える。
その後、念の為、さっき聞こえた手順で、全部のカギを試してみるが、やっぱり箱から抜き取る事は出来ない。
天使のフィギュアも、うんともすんとも言わない。
諦めて、ソファーに腰を下ろしたその時、突然部屋の中が紫色の靄に包まれる。
「ど、毒ガス!?」
匂いは無いが、皆パニックに成って口元を押さえる。
だが、いつまでも息を止めるなんて出来ない……だんだんと……意識が……薄れて……いく…………。
目が覚めると、白い天井が見える。
その天井が動いてる様に見える……いや、そうじゃない、動いてるのはオレの方だ。
左右に白衣の人達が居る。
多分、オレを乗せたストレッチャーを運んでいるんだ……あの部屋で意識を失った後、オレはどうなったんだ……全身が痛い……。
「オ、オレ達は……助け出されたんですか? 他の皆は……?」
「患者の意識が回復しました! 心配いりませんよ、今から手術します。直ぐに良く成りますから」
手術って?
あの後、あの天使を気取った女から、何かされたのか?
自分の状況が判らない。
ただ、全身に痛みが走る。
そして、手術室らしき所に運び込まれ、口もとにマスクの様な物を当てられ、再び意識が遠のいて行く…………。
オレは病室で目覚め……全てを思い出した。
オレはあの日、バスに乗っていたんだ。
そして、ある交差点に差し掛かったところで、強い衝撃を受けて座っていた座席から投げ出された。
事故の記憶はそこ迄しか無い。
さっき、画面にひびが入ったスマホで、その事故の記事を調べてみた。
交差点を横切ろうとしたバスに、暴走して来たSUVが衝突。
バスは横転し、SUVは大破すると言う大事故だ。
バスの乗員乗客の五名は重軽傷を負うが、幸いにも死者は居なかったとの事だ。
だが猛スピードで、信号も無視してバスに突っ込んできたSUVを運転していた大学生は、全身を強く打って、運び込まれた病院で死亡が確認されたらしい。
確か、オレがバスに乗ったのは平日の昼前。
乗客はオレの他に三人。
杖を持った年配の女性と、小学生低学年ぐらいの男の子とその母親。
運転手の顔までは見ていないが、恐らくあの部屋に居た人達だ。
そして、SUVを運転していた大学生と言うのは、あの若い男に違いない。
そうオレは確信している。
あの扉のプレートに書かれていた『
どうやら
そこで、清めの炎で焼かれ、いつかは救済されて天国に行く事が約束されている所だと言う。
あの部屋は何だったのだろうか?
あの扉は、その
あの若い男は、その
そして、彼が犯した些細な罪って言うのは、SUVを暴走させたことか、それとも、あの部屋で、自分だけ助かろうとした事なんだろうか……?
プルガトリウムの扉 春古年 @baron_harkonnen
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