Possession
糸賀 太(いとが ふとし)
Possession
プロジェクトはマイルストーンに達した。
「成功かい?」
モニターを通じて老人が問いを投げかけてきた。
「はい、王様。船は飛び立ちました」
出資への感謝を込めて、私は深々と礼をした。
「王様はやめてくれ。私は、ちっぽけなカジノの支配人に過ぎないのだから。君のようにエネルギッシュなイノヴェイターのまえでは、霞んでしまう存在だよ」
「お褒め頂き恐縮です。それより、心配事がおありなのでしょう?」
私はカメラに微笑んだ。
「ああ、乗客たち、正確に言えば子どもや孫の代がね、生きる意欲を失わないか…」
支配人は、世代をまたいだ恒星間植民にはつきものの不安を口にした。
「大丈夫です。と、いうだけはやはり不安でしょうから、いま資料をお送りいたします」
「うむ、ありがとう」
「はい。少々お待ちくださいませ」
私は、出資者向け資料を添付したメールを気前の良いスポンサー宛に送ると同時に、最高級のシャンパンを贈呈する手配をした。
出航までは金だけを出して、口を出さずにいてくれた王様が、今になってようやく不安を漏らしたのだ。これくらいのサービスはして当然というものだ。
スポンサーが眼鏡を取り出したので、私は合成音声に資料を読みあげさせた。
本船は、世代を超えた恒星間航行に必要な全てを搭載しています。
御存知の通り、同じような船を使ったこれまでの計画は失敗に終わりました。
ですが、本船には一点、従来船に無い設備があります。
豪華カジノです。
地球のどんなカジノにも引けを取りません。ルーレット、スロットマシン、カード、ダイス、なんでもござれです。
乗客は全て生粋のギャンブラー。賭博への情熱で生きている人々です。かの者たちが持つ熱気こそ、世代を越えての植民を成功させる鍵なのです。
子どもは親のマネをする生き物。賭け事にエキサイトする親を見て育てば、子どもは親と同じようになります。孫だって同じです。ギャンブルへの情熱が、乗客たちの生きる意欲となります。
楽しいことをしていれば、時が経つのは一瞬。従来型の世代を越えた恒星間植民を失敗に終わらせた、無気力感が乗客を襲うことはありません。
「ああ、私が言うのも何だが、これでは植民先に賭博だけが根付いてしまうのでは?」
資料を見終えた支配人が、眉毛をハの字にしてたずねてくる。
「ご安心下さい。あらゆる賭博道具は、到着と同時に自壊します。塵と化すのです」
相手は絶句して目を丸くしている。
すかさず私は、ダイスを指に挟んでカメラに向けた。
「むむ?」
スポンサーが首を傾げた。
「サイコロを作るため骨や粘土が必要です。つまり、サイコロ賭博への情熱が、狩猟や陶器作りの動機となります」
「ふむふむ」
相手が頷いたのを見て、今度は紙のトランプを取り出した。
「カードを作るには製紙が必要です。大量に作りたければ活版印刷も必要です。折り目のつきにくいプラスチックのカードを求めるなら、有機化学を研究することになります。工学だけではなく芸術についても、絵札を描くために細密画の技法が再発見されます」
「ほおぉ」
スポンサーは大きく頷いた。スロットマシンやルーレットを引っ張り出して、電気や工作機械の話をする必要はなさそうだ。
「ありがとう。計画は成功間違いなしだ」
「お褒めいただき恐縮です」
やがて、植民船が目的地にたどり着いた時、船体に生きている人間は一人もいなかった。
乗客は賭博に夢中で、次の世代を残すことなど考えなかったのだ。
Possession 糸賀 太(いとが ふとし) @F_Itoga
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