十三と黄金郷 その13(終)


             *           *


 ジュウザは、ひげ面の男を仕留めると全く同時に、胸に激しい痛みを覚えた。

 ジュウザはすぐに立ち上がり、胸をかきむしる仕種を見せた。

 が、痛みは消え去らない。

 斧を手にしたまま、よろめくジュウザ。メタル系のサングラスのため、表情は読み取れぬが、苦痛の色を浮かべているに違いない。口からは、はーはーと、息がこぼれている。

「があ!」

 突然、大きく吠えたかと思うと、ジュウザは体勢を崩し、横転した。そのまま転がっていく。

 先には谷川があった。先ほどまで降り続いた雨で、水かさも勢いも普段より遥かに増している。

 ざ――ぶん。

 大きな水音と、高く上がった水しぶきを残し、ジュウザは川の中へと消えた。


             *           *


 私は走った。

 やっと、身体が自由になったのだ。

 ずっと抱かれたままだったから、逃げるに逃げられなかったけれど、彼女が死んで、ようやく逃げ出せる。彼女にはとてもお世話になった。でも、それとこれ――今の状況――とは話が別。

 本能に従って走り続け、ついに、記憶にある建物が見えた。

 私は安堵の息をもらした。人とのふれあいなしに生きていく自信は、私にはない。

 私は坂を駆け上がり、その別荘の庭で大声を上げた。

 何度も何度も、とにかく、気付いてくれるまで、やってやる。

「うるさいなあ、もう……」

 寝惚けたような声が、かすかに聞こえた。

 ついで、窓ガラスが開けられる。

 私はもう一度、声を上げた。

「何だ、ミィクじゃないの」

 髪の長い人間の女性――千馬冴子が姿を見せた。簡単な室内着姿の彼女は、サンダルを突っかけて、庭に出て来てくれた。

「どうしたのよ。あの四人と一緒に行ったんでしょうが」

 私は彼女へ駆け寄った。尻尾を立て、なるべくかわいく見えるように。だって、これからは彼女が頼りなんだもの。

「ひっ! ミィク、どうしたの! おまえ、真っ赤に染まってる……」

 言われて初めて気が着いた。何か臭うと思ったら、私、血塗れになっているんだ。猫田――私の飼い主――が首を切られたとき、盛大に血が出たから、それを浴びちゃったのね。

「血よ、これ……。何があったのよ?」

 千馬の声は震えていた。

 私はとりあえず、愛想を振りまくことにした。気に入ってもらわなくちゃ。

『みゃあ』


――第四部.終わり

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十三の夏 小石原淳 @koIshiara-Jun

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