スゥイーティー果実砂糖菓子・ハイティー

naka-motoo

スゥイーティー果実砂糖菓子の改訂版とお思いいただければ

 すぅいーと・アイテム・アドバイザーなる職業に従事するというよりはほとんどわたしが勝手に自営しているだけのニッチな市場。


 今日も狭き門を狭きココロと取り替えようと躍起になって創作に励んでいるワナビさんたちからのオーダーが続々と入ってくる、のだ。


『アマミさんのお陰でフリーペーパーの中のフリーイラスト素材の受注を勝ち取ることができました!』


『「日刊抜け道ぬけみち情報」の連載小説を依頼されました!因みにジャンルは迷宮ホラーです!』


 続々とわたしが漫画や小説の中の小ネタ的アイテムとして提供してあげたスイーツを絶賛するツイートがバンバン拡散されて・・・・・・商売ウハウハだ?


 そんな中一風変わったオーダーがわたしの宣伝ツイートのリプとして入ってきた。


『ハイティー一式、願いまぁす!』


 挑戦だろうね。


「アマミさん、ですねぇ」

「はい。メグロシグロさん?」

「いかにもぉ」


 まずいね。

 なりきりだね。


 わたしと彼女が集合したのは最新ランクでは古さ故にトップの座を降りてはいるけれど、格式から言えば未だ日本のホテルの最上位に君臨する庭付きの独立資本ホテル。


 都内の一等地をやや外れた立地もまた素敵だ。


「ロビー喫茶とはまた粋な・・・・・さすがぁ!アマミさん!」

「いえ。メグロシグロさんこそ人が悪いですよ。素人じゃないでしょう?」

「ふふぅ。ではスイーツ菓子の玄人とはなんですかぁ?」

「『絶対糖度』を舌に持つ者」

「ふふぅ。ア・マ・ミ・さぁん。お手並み拝見!」


 説明しよう。


『絶対糖度』とは、スイーツを舌に載せもせずフレーバーを嗅ぎもせず甘味を脳内に完璧に再現できる能力。


 1,500万人にひとりしかこの能力を持ち得ない。つまり理論上はこの東京にはわたしひとりしか存在し得ない。


 ところが思ったとおりメグロシグロも能力者だった。


「『絶対食感』わたしは持ってるよぉ!」

「・・・・・・つまり、マシュマロを舌に載せずとも、表面が唾液を吸収して、舌を口腔上部に押し当ててマシュマロを潰し溶かしていくあの感覚を脳内に完璧に再現できるということですね」

「くふぅ!正解ぃ!」


 やはり同業!


 その上わたしの『くふ』っていうえっちな含み笑いも取られてしまった。


 のみならず、この老舗ホテルのロビー喫茶で、いきなりの遭遇戦の如く戦闘が開始された。


「お客様方。ご注文は?」

「ブレンドを」

「あ、わたしは紅茶ぁ」

「・・・・・・・この午後2時から4時の時間帯はハイティー・セットのみのお取り扱いとなっておりますが」

「いいいい!飲み物だけでぇ!」

「ウェイターさん」

「はい」


 スタッフさんは神様。

 是れ、すぅいーとにて生計を立てる者の嗜みにしてわたしは最大限の敬意を持って老ウェイターに宣言した。


「エア・ハイティー30分一本勝負!できれば貴方に決闘の立ち会いを!」

「かしこまりました、お嬢様方。身に余る光栄でございます」


 バトルがスタートした。


「ではぁ、アタシからぁ」


 そう言ってメグロシグロは親指と人差し指の間に2cmほどのスペースを開けてそれを口元に運ぶ。


「あ・・・・・・・む・・・・・」


 極めて隠微な咀嚼のジェスチャーと人差し指の指先を唇にほんの少し含む凝った演出だ。


「サワーチーズ乗せクラッカーですね」

「さすがぁ、アマミさぁん!」

「メグロシグロさんの歯茎の動きが絶妙でしたので」

「あらぁ」


 後手、わたし。


「参考資料を見ても?」

「いいわよぉ」


 許可を得てわたしはメニューを開く。

 一択、見開きハイティー・セット。


 だが、その王宮殿をマンションにアレンジしたかのような高いタワーに一ピースたりとも取ってバランスを崩したくないほどの美しさでスイーツや軽食が並べられている。


「閉じます」

「律儀ねぇ」

「すぅいーと・パーソン・シップを重んじます」


 メニューを見ながらいただくのはマナーに反するから、ってわたしは師匠であるパティシエから習った。


「・・・・・・・・・・・・」


 つぷ


 つぷ


 つぷ


 つぷ


「はっ!皆さんご覧あれぇ!」


 メグロシグロは自席でガタン、と立ち上がった。


「今このアマミ女史がなすったのはぁ、ハイソ中のハイソ技術!野イチゴの種潰し一粒いちりゅうごと!はっ!まさかこんな亜細亜最果ての無名ホテルで見られるとはぁ!」

「メグロシグロさん」

「なぁにぃ?」

「言葉が過ぎますよ」

「いいえ、よろしいのです、お嬢様。誇りは我が胸の内に秘めればそれで」


 ウェイターの一歩間違えば厨二病の・・・・けれども余りにもカッコいいセリフでもって、いつの間にか集まっていたギャラリーがどよめいた。


「ほぉおおー!」


 わたしはギャラリーを無視して彼女に詰め寄る。


「メグロシグロさん。貴方、本場ね」

「ふふぅ。わたしの主戦場はシンガポールのラッセルズ・ホテルだよぉ」


 場の緊張感が一気に高まる。

 ウェイターも思わずつぶやいた。


「ラッセルズ・・・・・・わたくしも一生に一度は立ってみたかった・・・・」


 わたしはけれども訊かねばならなかった。彼女の本当の目的を。


「仕事を奪うためだよぉ!」


 彼女は本音を吐く。そうだろうと思ってはいたけれど。


「アマミさぁん、シンガポールから日本に戻ったところでアナタがいたらアタシが創り出す市場はないのよぉ・・・・・・邪魔なのよぉ」

「それでDMじゃなくてリプに返信をしたんですね?」

「そうよぉ・・・・アマミさんをねぇ、公開処刑しようと思ってぇ」


 でも現時点ではエア・野イチゴによりわたしの方が数ポイント以上リードしている。

 ところがわたしの野イチゴを褒め称えたにもかかわらず彼女は不敵に笑い始めた。


「くふ、くふ、くふぅ。アマミさん、アタシの勝ちだよぉ!」

「?なぜ?」

「アタシのオーダーが、紅茶だったからだよぉ!」


 メグロシグロは先ほど華麗にエア・クラッカーを摘んでみせた親指と人差し指を、パチン! と鳴らした。


「ブランディー!」


 すかさずウェイターが手のひらで握り込める大きさの小さなピッチャーをテーブルにトン、と置く。


「一滴ぃ」


 彼女は舌で上唇を湿らす。


「二滴ぃ」


 ぴちょり、と紅茶にブランディーを垂らす。


「三滴ぃ」


 彼女の表情が恍惚のそれになって、わたしも、ウェイターも、ギャラリーたちも、決して目を離せなくなる。

 彼女は勝利の凱歌を上げた。


 四滴してきぃ、どうだぁ!」


 くいいぃ!、と彼女はカップを傾ける。

 そのまま細い首筋をまるでヌード・ショウのように衆目に曝け出す。

 視姦するように男も・・・・・・・女も、メグロシグロに視線をぶつけ続けた。


「ブラボー!」


 あ。


 ギャラリーさん、そりゃあないよ。


 わたしは、まだ負けてない。


「ウェイターさん」

「はい」

「追加オーダーよろしいですか?」

「アマミさぁん!」


 わたしの動きを彼女が牽制する。


「アマミさぁん・・・・・今更紅茶はダメだよぉ?」

「ええ。コーヒーのままで参ります。それならよろしいでしょう?」

「いいよぉ」

「ウェイターさん」


 わたしはゆっくりと右手を挙げて彼にオーダーした。


「アイリッシュ・コーヒーを」


 うお!

 おお!

 なんと・・・・・・・!


 ギャラリーたちの内の、プロのハイティースト・・・・・つまりプロのハイティー愛好家たちが、より幅広いジャンルを扱うすぅいーと・アイテム・アドバイザーとしてのわたしの全知識を投入して出た賭けに、固唾をのむ。


『してやられたぁ!』


 それはメグロシグロのココロの声。

 彼女が内面で叫んだ通り、アイリッシュ・コーヒーという、甘美なアイテムによってわたしの前には一気にヴィクトリー・ロードがゴールまで突き広がった。


 問題は・・・・・・・・


「アルコール度数65%のアイリッシュ・ウィスキーを、ホットコーヒーに注がせて頂きます」

「・・・・・・フランベを」

「なりませぬ」


 アルコールに適性の無いわたしはウェイターにフランベでアルコールを飛ばすことを求めたけれども、メグロシグロがストレートのブランディーを注いだこととの公平性を保つため、わたしの甘味極めつきのすぅいーとアルコール・ドリンクであるアイリッシュ・コーヒーが・・・・・・やはり甘い生クリームの上に香ばしいチョコレートソースを溢れさせてサーブされた。


「では」

「おお・・・・・・」

「いただきます」


 わたしは、薫り高い貴族も嗜んだであろうこのアイルランド発祥のホットカクテルにして・・・・・・甘い甘い大人のデザートとしても全世界で通用する華麗な飲み物に、くぴ、と口をつけた。


「ひとくち」


 さっきのメグロシグロを観るようにギャラリー全員がわたしを見つめる。


「ふたくち」


 わたしの顔が、急激に火照る。

 同時にこめかみのあたりに、お酒を飲んだ時にいつも感じる違和感が起こり、がくっ、とおでこがテーブルに激突しそうになる。


「くふ!」

「おお」

「くふ、う」

「おおおー」

「くふくふくふぅ・・・」

「ほおおおおー!」


ちょっとだけ盛り上がってきたな。

続けよう。


「みくち」


 意図的に目をトロン、とさせてみる。


 え、嘘。


 甘みが増した!?


「よ・・・・・・んくち・・・」


 くい。

 すぴ・・・・・・・・


「おおお!」

「全部飲んだぞ!」

「美しい!」

「甘美だ!」

「淫靡だ!」


 どーもどーも、と頭をうなだれたままでわたしは声援に応えた。


 ふう・・・・・・・・・酔っぱらった。


「完敗よぉ、アマミさん」

「乾杯?」

「完全なる負け!完敗だよぉ!」


 ウェイターが彼女に握手を求める。


「メグロシグロお嬢様・・・・・見事な戦いぶりでしたよ。これからどうなさるおつもりですか・・・・・・・・」

「そうだねぇ・・・・・・どうしよっかなぁ・・・・」


 わたしは多分、酔った勢いで言った。


「メグシグさん」

「略されたぁ」

「すみません・・・・メグシグさん、一緒にやりませんか?」

「えぇ?何をぉ?」

「すぅいーと・アイテム・アドバイザーを」


 こうしてわたしとメグシグはパートナーになったんだけど、すぐに壁にぶつかった。


「ワナビ創作家さん相手じゃ、カネにならないねぇ」

「なら、プロの作家さんに売り込みますか」






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