エリゼ
「王女様!どこにおられるのですか!王女様!」
昼食を食べ終わってから数分で姿を消した私を、家庭教師たちが血相を変えて探している。本当ならこの時間に語学の勉強をしているはずだった。私はいつものように見つからないよう、ひっそりと庭園の茂みにしゃがんで隠れている。別に勉強が嫌で逃げ出したのではない。私は周りに『勉強嫌いな出来損ないの王女』を演じているのだ。何でこんなことをしているのかというと、私が王族だからとしか言えない。この国の王であるお父様には何人もの妃がいる。そのため、王子や王女がたくさんいる。私を産んだお母様は正妃だった。でも身体が弱く、私が六歳の頃に死んでしまった。お母様の遺言は
「出来損ないのふりをしなさい。そうすれば王位継承の争いには巻き込まれないでしょう。」
この王国は男女平等、生まれた順番に王位継承権が認められている。私は第一王女だから、わりと王位が近い。でも王座に興味はないし、命を狙われたくはないから馬鹿な王女を演じている。その効果で王の二番目の子どもだというのに有力な王位継承者として見られなくなった。当たり前だよね。私だったら馬鹿に王になってほしくないもん。だから、今日も身の安全のために馬鹿になる。家庭教師たちが諦めるまで庭の茂みに隠れている。
「エリーゼッッ!」
すぐ後ろで少し怒った声で私を呼ぶ声がした。恐るおそる振り向くと、お兄様のノア王子がいた。腕を組み、困ったような顔でこちらを見ている。お兄様は今の正妃の子どもで、第一王子だ。順番的にいくとお兄様が王位継承権第一位で、私が二位。
「お、お兄様・・・。」
「また家庭教師たちを困らせているのか?早く戻って勉強しなさい。」
お兄様の表情が先ほどより厳しくなっていた。怒らせるわけにもいかないから、立ち上がり精一杯の笑顔で言い訳をする。
「で、でも全然できないから嫌になって・・・。」
これは嘘だ。家庭教師たちの授業は簡単すぎる。私は亡きお母様に勉強を教えてもらっていたし、前の家庭教師たちにはもっと難しい勉強をさせられていた。
「面倒くさいだけだろう?お前はやろうと思ったら何でも出来てしまうじゃないか。」
ノアお兄様は妙に感が鋭くて、いつもこの演技がバレているんじゃないかと思う。だけど、今のところは面倒くさがりの妹だと思っているらしい。
「それに勉強は王女としての義務だ。お前も王位継承権があるんだから、しっかりと教養は身につけておかないと。」
「王位なんて、お兄様のものでしょう?私には縁遠いものです。」
小さな子どものようにいうと、お兄様は笑い、私の頭を撫でた。
「それじゃあ、嫁ぐときに困らないようにしなさい。エリーゼの母様の出身国はザブルク帝国だから、お前の嫁ぎ先は大国だろう。噂によるとザブルク帝国の皇后にと話が進んでいるらしい。」
そんな話は初耳だった。あの帝国の皇后になんて、『馬鹿な王女』には荷が重すぎる。驚いていると子供をあやすような声でお兄様は話を続けた。
「ああ、そんなに怖がらなくてもいい。エリーゼは十五歳でそろそろ結婚の時期だが、話はまだまとまってないみたいだ。それに結婚相手は皇太子だしね。」
「従兄の?」
確かザブルク帝国の皇族は皇帝と皇后、皇太子、そして皇帝の母であるエリザベート皇太后の四人だったはずだ。皇帝は私の伯父様で、皇太子は従兄にあたる。
「そう、エリーゼのいとこだよ。皇太子と結婚すれば皇太子妃、いずれは皇后。お父様・・・陛下もエリーゼの幸せを考えていらっしゃるんだ。」
「・・・皇后になることが幸せなのですか?」
「お前はまだ幼いから分からないだけだよ。王室に生まれれば、生きているだけで責任がついて回ってくる。それなら思いっきり自分の権利を使ってやればいいのさ。」
威厳のある態度で言ってはいるものの、どこか哀しそうな表情をしている。そんなお兄様にどう返したらいいのか分からなかった。
「さぁ!話はいいから早く戻りなさい。」
しぶしぶ家庭教師たちのところへ戻り、その後は乳母にすごく叱られた。いつもの事だけど、今回はいつも以上に説教が長かった気がする。罰として三日間の謹慎になったし。大人しく勉強をしてなきゃならない。つまらなさそうに語学の勉強をしていると、乳母がとても焦った様子で部屋へ戻ってきた。
「エ、エリーゼ様!・・・陛下がまもなく会いに来られるそうです。」
「え⁉」
思わず椅子から勢いよく立ち上がり、椅子を倒しそうになる。お父様とはしばらく会っていなかった。一週間に一回くらい会えればいい方で、しかもお父様から会いに来られたことは一度もない。家庭教師たちがお父様に泣きついたのか・・・?何にしてもただ事じゃない。乳母があたふたしているのを眺めながら、私も部屋の中をウロウロしながら考えていた。すると静かにドアが開き、護衛騎士が入って来た。しきたり通り、訪問者が部屋へ入る前にお付きの者が伺いを立てる。
「失礼致します。王女様、陛下がお見えになっております。」
「お通ししてちょうだい。」
ゆっくりとドアが開くと、目の下にクマをつくったお父様がいた。私は立ち上がり、ドレスの裾をあげながら頭を下げ挨拶をする。
「陛下、お久しぶりでございます。エリーゼです。」
「ああ、今日は縁談のことで話があってきた。」
疲れている声でそう言うと、周りにいる者に席を外すように命令した。お父様と私だけが部屋に残された。疲れで立っていられなくなったのか、お父様は窓の傍にある椅子にゆっくりと腰をかけ、こちらを見てきた。
「ザブルク帝国は知っているか?」
「はい、海の向こうの大国です。お母様の出身国でもあります。」
「そうだ。そのザブルク帝国の皇帝から、皇太子とエリーゼの縁談を持ち掛けられた。」
「・・・そうなのですか。」
お兄様の言っていた通り、知らない間に縁談の話が進んでいたようだ。
「・・・このファドン王国としては、ザブルク帝国との婚姻は良いものだ。大国とさらに婚姻を結べば、援助も期待できるだろう。だが、何故この国なのか分からなかった。帝国は血が濃くなることに関しては慎重だし、帝国の隣国パルティにも年頃の姫がいるからな。」
「何か裏があったのですか?」
「・・・そうだ。内密にザブルク帝国を調べたら、とんでもないことが分かった。」
忌々しそうに話し続ける。窓の外は雨が降り出していた。
「帝国は今、国内が非常に不安定だ。その理由というのは一部の貴族たちが王族を脅かすほどの力を持っているからだとか。・・・ここまでは別に驚きはしなかった。問題なのは皇太子のことだ。先ほどの力をつけている貴族たちは全員、エリザベート女帝、今の皇太后の忠臣だ。そいつらが皇太子の皇位継承者として認めないと言っているらしい。」
「そんなことがあるんですか?」
[本来はあってはならないし、そんなこと出来るはずはない。だが、皇太子に問題があるらしいんだ。]
「・・・出来が悪いとか、そういうことですか?」
「・・・いや、皇太子は聡明でいい人間らしい。問題なのは皇太子の血筋だ。」
「血筋といっても皇太子殿下なのですから、問題にならないのでは?」
王族や皇族は血筋というものをとても大事にする。もちろん、皇太子の母親の皇后もきちんとした王族の出身だったはずだ。
「いや、皇太子の父親は皇帝ではないというんだ。皇后が不義を・・・父親は公爵だとか。」
「それは、誰もが認めているのですか?」
「ほとんどの貴族がそう思っているようだ。皇后が否定しないから皇帝さえもそうだと言っているらしい。そんな状況だから、皇后は離宮に軟禁状態、皇太子は宮廷にはいるが誰も相手にしないらしい。」
淡々とお父様が帝国の説明をしていく中で、皇太子に一番同情した。自分が犯した罪ではなく母の罪で白い目を向けられる。いっそ皇后と一緒に軟禁された方が気が楽だろう。
「そんな状況でなぜ私との縁談が持ち上がったのでしょうか?」
「エリザベート皇太后の子は現皇帝とエリーゼの母だけだ。ということは皇太子を除くと、皇位継承権を持つのはエリーゼだけだ。帝国の貴族たちは、不義の子よりもお前のほうが正当な皇位継承者だと考えたのだろう。」
「それでは婚約でなくても皇位継承者として迎えれば良いのではないですか?」
「私が変に干渉してくると思ったんだろう。」
呆れた様子でため息をつき、椅子に座りなおした。そして重そうな口を開き、話を続けた。
「皇太子妃として迎え入れ、皇太子を始末した後に皇位に据えるつもりなんだ。」
「どうするおつもりですか?」
「お前に任せる。」
即答された意外な答えに驚いた。お父様はいつも粛々と王だった。今回のことも王として決断するものだと思っていた。
「ま、任せるとは・・・?」
「言葉の通りだ。帝国はこの国の干渉を警戒している。私が口を出すことではないだろう。それに、お前は周りが考えているより聡明だ。自分のことは自分で決めたらいいだろう。」
そう言うお父様はまた椅子に深く腰掛け、窓の外を見ている。まるで生気がなく、抜け殻のようだった。いつもの威厳ある王はいない。私は不思議に思い、恐るおそる尋ねた。
「・・・失礼ですが、何かあったのですか?」
「ふっ、お前は母親と同じだな。自分のことより相手のことが気になるらしい。」
ゆっくりと立ち上がり、私の肩に手を置いた。
「お前の母、カタリーナからの手紙を先ほど見たんだ。死の直前に貰ったものだったが、読むのが辛すぎて読んでいなかったんだ。・・・お前のことを気にかけて欲しい、としか書いていなかった。」
とても悲しそうにじっとこちらを見ている。
「私はお前のことを少しも気にしていなかった。正妃の子であったお前が後ろ盾を無くしてどれだけ生きづらかったか・・・。今さら気が付くなんてな。」
「・・・手紙に何が書いてあったんですか。」
「あいつが・・・カタリーナが、お前を女帝としての教育をしていたこと。自分が亡くなる前にその聡明さを隠すように言ったことだ。」
だんだん肩に置かれた手が震えはじめ、お父様の表情は歪んでいた。隠すように言われたのは事実だが、女帝教育は記憶になかった。
「・・・放置していたことを許せとは言わない。ただ私にはお前の才能を生かしてやることはできない。今の正妃が黙っていないだろう。だから、せめてお前の置かれている状況を知らせておこうと思ってな・・・。」
・・・聞こえはいいが、結局は国から出てくれという話だった。結局は後ろ盾のない前の正妃の子が邪魔なだけか。建前上、私に選択肢があると見せておく。でも本当は道は一つしかないんだ。
話しが終わるとお父様は静かに出ていった。部屋に一人になると今までの苦労は何のためだったのかとみじめになった。この国で生き残るために周りを騙してきたのに、お父様によって厄介払いされる。・・・一体私はどうしたのだろう。この国から出られる、もう演じる必要もないというのに。
私が嫁ぐ日が近づいてきたころ、お兄様が神妙な顔つきで部屋にやってきた。私は察した。お父様か母に私が嫁ぐ理由を聞いたのだろう。
「お忙しい中、来てくださりありがとうございます。」
私が礼儀正しく挨拶をすると、お兄様は黙って部屋に入って来た。その手にワインのボトルを持っている。
「祝いの品として、ファドンで最高のワインを持ってきた。」
感情のこもっていない声と暗い顔でそう言うお兄様。私はあえて何も聞かず、何も言わずに接した。お兄様を部屋に通し、テーブル前の椅子に座らせた。
「わざわざ来てくださり、ありがとうございます。国を離れる前にこうしてゆっくり過ごせて嬉しいです。」
私は出来るだけ明るく振舞うように心がけ、精一杯の笑顔を向ける。そんな私を見るなり、お兄様は乱暴にボトルをテーブルに置き、椅子から勢いよく立ち上がった。大きなため息をつき、とても悔しそうな表情でこちらを見た。
「なぜエリーゼは平然としていられる・・・。この婚姻は政略結婚よりたちが悪い。」
「今さら何も言う気はありません。このファドンも扱いに困る私を追い出せて、帝国との関係性も深まり良いことばかりでしょう。」
ばんっ、と勢いよく机をこぶしで叩き静かな声で話し出した。
「国のため、王のために生きるのは否定しない。ただ、お前の場合はそうじゃない。・・・諦めてるだろ。」
こちらを見ながら私に言い聞かせるように話しかけている。その声はどこかに迷いがあるように感じた。
「諦めているかと聞かれたら、そうだと思います。」
「お前は昔からそうだった。いや、自分が責められるような立場ではないとは思うが・・・。感情を出さない。驚くほどに。こんな時くらい泣き叫んでも誰も咎めはしないよ・・・。」
その口ぶりからは、まるで私に泣いてくれと言っているようだった。もしかするとお兄様は私以上に困惑しているのかもしれない。いつもは冷静で優しいお兄様が大声で怒っているのがその証拠だ。
「・・・もうやめましょう。例え泣き叫び、嫌だと言ってもどうにもならないのですから。さぁ、せっかくの美味しいワインなのですから飲んでしまいましょう。」
ボトルを隅に控えていたメイドに渡す。メイドは後ろの方にあるテーブルで空のグラスにワインを注いでいた。それを受け取り、笑顔で片方をお兄様に手渡した。
「お兄様、どうぞ。」
諦めた様子で、グラスを受け取ると何の躊躇もせずに中のワインを床に捨てた。
「お兄様?どうしたのですか・・・。」
「エリーゼはもう少し人を疑ったほうが良い。・・・お前、何を入れた。」
剣幕な表情で私の後ろにいたメイドのほうを見てそう言った。
「な、何のことでしょうか・・・。」
メイドは聞かれた瞬間、目線をずらし震えていた。明らかに怪しい。お兄様が詰め寄ると、メイドはだんだん壁のほうへ追い込まれていく。
「お前が何か入れるのは見ていた。誰に命令された。」
威圧されてメイドは震えながら縮こまってしまった。そんな様子でもお兄様は問い詰め続け、ついにメイドの背中が壁にぶつかった途端、メイドのスカートのポケットから小さな小瓶が落ちた。それをすかさずお兄様が拾う。
「・・・これは・・・嘘だろう。」
小瓶を確認すると、お兄様の顔から血の気が引いた。するとメイドがお兄様の足にすがりついた。
「王子様!私は・・・王子様のため、命令に従っただけでございます。」
必死に訴えるメイドを振り払い、手に持っていた小瓶を力一杯に床に叩きつけた。その様子を私はただ黙って見ていた。この流れから大体の察しはついていたから、落ち着いていられたのかもしれない。
「お兄様、落ち着いて下さい。毒を飲まなかったのですから。」
「そうじゃない、そうじゃないんだ・・・。」
右手で頭を押さえ、とても焦った表情をしていた。
「私は気にしません。どうせ明日にはこの国から出ていきますから。」
「・・・っすまない。本当に・・・」
お兄様は眉間をおさえ、ただただ謝っていた。その後お兄様は毒を入れたメイドを連れて、部屋を出ていった。その時の表情はとても厳しく、怒りに満ちていた。私は気にしないでほしいといったが、お兄様はこれで終わりにするつもりはない様子だった。・・・私にできることはもうない。あとは死人が出ないように祈るだけだ。
翌朝、大勢の国民と王族関係の人に見送られて出港した。幸い、王族は全員揃っていた。死人は出なかったようだ。さて、このファドン王国は海に囲まれた島国。ザブルク帝国は海に面しているから、そのまま入国できる。だからこの航海さえ乗り切れば後の移動は楽だ。そんなことを考えていると部屋に妹のローネが入って来た。
「お姉さま!この船はすごいですよ、装飾は豪華だし部屋もたくさんあります!」
ローネは入国するまでの付き添いとしてついてきた。まだ十歳だからか行動は幼い。
「あまり一人でウロウロしないように。」
机に向かい、式の段取りについての書類に目を通しながら注意をする。ローネが付いてきた理由は、公式の場に慣れるため。あまり普段と変わらず振舞っていては意味がない。
「はーい・・・。それにしても皇帝陛下は本当にお姉さまを歓迎しているのですね。こんな豪華な船を用意して、昨日までたくさんの贈り物も送られていましたもの。」
「そうね・・・。」
ローネは無邪気にすごいというが、その裏には政治的な思惑が潜んでいる。
「何でそんなに暗いのですか?あ、マリッジブルーっていうやつですか?」
楽しそうに喋り、部屋の中をウロウロしているローネをただ黙って見ていた。
「でも、羨ましいです。大国の皇太子妃になるなんて。将来は皇后、帝国の母という栄誉が待っているんですよね。」
「ローネは栄誉が欲しいの?」
「当り前じゃないですか!お母様も言っていました。王女に生まれたからには、出来るだけ大国の王妃や皇后になるべきだと。」
「そう。」
帝国に嫁ぐことが決まっている私が言えたことじゃないけど、そんな人生は虚しいだけだ。・・・なんてローネに言えたらいいのに。自分の本当に好きな人と一緒になってほしいと、叶うはずもないことを祈っている。お父様の性格から考えると、王女たちは一人残らず政治の駒として使われるだろう。
「あーあ、私もお姉さまのような縁談になるかしら。お母様は良い縁談をと頑張ってくれているけど、このままいくとファドンの公爵家に嫁ぐことになりそう。」
文句を言いながら、私の目の前にある椅子に座った。
「いいじゃない、公爵夫人でしょ?」
何も知らない他国に飛ばされるよりは何倍もましだ。ローネの母様は自分の娘の幸せを願うからこそ、国内での結婚をゴリ押ししたのだろう。そうでなければ国内での結婚なんて、お父様が許すはずがない。
「お姉さまは分からないですよー。皇太子妃と公爵夫人なんて、天と地の差です。小国でもいいからせめて王妃になりたい。」
「王妃ね・・・」
ローネのように普通の王女なら、高い地位になれるように努力し喜ぶものなのだろう。だが普通から外れている私は・・・。
「ま・・・ねえ・・・お姉さま!ほら、着きましたよ。この大陸最大の国、ザブルク帝国に!」
いつの間にかバルコニーにいるローネ。身を乗り出し、はしゃぎながら指を指している。その方向には、レンガで建てられた家が密集しているザブルクの市街地と港が見える。しばらく見ているとザブルクの港から花火が打ちあがり、歓声が上がった。
「お姉さま!歓迎の花火が!この国に歓迎されていますよ。」
自分のことのように嬉しがるローネ。だが当の本人の私は、国に受け入れられている嬉しさよりもこれからの試練に気が重くなっていた。この帝国の皇后になるのではなく、女帝になるのだから。それをこの帝国の皇帝、伯父様は望んでいるのだろう。私が何も言わずに、黙っているとローネは心配になったのか私のドレスの裾を引っ張り、話しかけてきた。
「そんなに難しい顔をして、どうしたのですか?」
不安になったのか、すがるようにこちらを見ている。これはいけないと思い、笑顔をつくり言い聞かせる。
「何でもないわ。大丈夫よ・・・」
私の妹は何も知らなくていい。何の心配もせず、このままファドンに帰るのだ。国に帰り、王女として平凡な生活を送り、幸せな結婚をすればいい。
「本当ですか?・・・心配です。お姉さまはいつも浮かない顔をしていらっしゃるから、見ていて危なっかしいんです。」
膨れ顔でそう言われ、いつの間にか感情を顔に出していた自分に驚いた。お母様が亡くなってから、感情を押し殺し『馬鹿な王女』を演じていた。その時から完璧に感情を出さないようにしていたつもりだ。だがいつの間にか出てしまっていたのか。
「そう?ローネの言う通りマリッジブルーなのかもね。」
ごまかしながら笑っていると、部屋のドアがノックされた。返事をするとドアが開き、ファドンから付いてきた外務大臣が入って来た。
「エリーゼ王女様、只今ザブルクの港に着きました。お召し物を変えてくださいますよう。」
大臣が言っている着替えとは、皇帝陛下が嫁ぐ際に着てくるようにと下さったドレスやネックレスのことだ。ドレスはレースがたくさん付いていて、ネックレスには大粒の青いトパーズが付いている。用意されたものはどれもザブルク風の作りだ。
「分かりました。着替えて下船の準備をします。」
そう言うと大臣が部屋をでていき、かわりにメイドたちが入って来た。見覚えがないから、おそらくザブルクのメイドだろう。メイド長らしき人を先頭にして、後ろに四人のメイドを引き連れていた。そしてメイド長が私の手前まで来てひざまずき挨拶をしだした。長身でとても顔が整っていた。髪も後ろでまとめているが、かなり長い。良い家柄なのは一目でわかる。
「エリーゼ様、ザブルク帝国皇室のメイド長、リッテでございます。後ろのものは、これからエリーゼ様にお仕え申し上げるメイドでございます。」
そう言うと後ろにいた四人のメイドたちは横一列に並びだした。メイド長が彼女たちの紹介を始める。
「エリーゼ様の右の者からご紹介いたします。フェタ、テヨーロ、ティール、ロテ。身の周りのことはこの者たちに申し付け下さい。」
「ありがとう。これからよろしくお願いしますね。」
私がそう返すと、メイド長は満足したように微笑んで話を続けた。
「もったいないお言葉でございます。では早速お召し物をかえましょう。」
そう言うと素早く四人のメイドは準備を始めた。ファドンにいた頃は行事の時にメイドが一人、着替えるのを手伝うくらいだった。だが今はメイドたちに囲まれ、着替えが素早くされていく。そしてものの数十分で着替えと化粧が終わり、メイドたちは一旦部屋から出ていった。部屋に誰もいなくなると、ローネが恐るおそる近寄ってきた。
「びっくりしました。あんなに慌ただしく人が出入りするのですね。それにしても・・・」
ローネは私をキラキラした目で見てくる。興奮が抑えられないという風に胸に手を置いていた。
「さすがザブルク帝国。宝石も大きいですし、ドレスも高価なレースがたくさんついていて・・・。」
ローネに腕を引っ張られて全身鏡の前に行くと、そこには身の丈に合わない服を着ている自分がいた。豪華な宝石、ドレスたちに着られている私。・・・似合わない。ローネは相変わらず凄いと騒いでいる。すると勢いよく部屋の扉が開き、ローネの乳母が焦った様子で入って来た。
「ローネ王女様!もう準備をしませんと・・・」
そこまで言ったところで、乳母はハッとしてこちらに頭を下げた。
「も、申し訳ございません。手順も踏まずに、不躾でございました。」
そういうと有無を言わさずに、部屋の出口の方へローネの背中を押していった。妹は名残惜しそうに後ろを振り返っていたが、乳母に手を引かれ部屋から出ていった。誰もいなくなった部屋で着飾った重いドレスを引きずりながら、バルコニーへ出た。私の気分とは真逆の帝国の雰囲気に、嫌気がさした。
エリストーリー さっしゅ @sashiyu-000
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