ダウトルームに入ってからもう何年?

ちびまるフォイ

嘘情報にだまされるな!

「君はうちの会社にきてどれくらいかね」


「3年……くらいですかね」


「そろそろ"本部"を知ってもいい頃か」


社長に案内されて会社の地下室へと向かっていった。

3年勤めていてもこんな場所があるとは知らなかった。


地下室には世界のあらゆる情報が集められモニターに映し出されている。


「ここは……」


「この部屋は"ダウトルーム"と呼んでいる秘密の場所だ。

 世界のあらゆる情報を集め、ここで君は嘘の情報を世界に発信する」


「嘘の情報を? どうしてそんなことを?」


「君にはわからないかもしれないが、世界には嘘を流されることで得する人もいるんだよ」


「そ、そうなんですか……」


「で、どうするかね。ダウトルームに入るか、それともコレまで通りに過ごすか。

 ダウトルームに入った人は罪の意識で長続きしないからね、報酬ははずむよ」


社長が見せたダウトルーム契約書には破格の待遇が記載されていた。

たかだか嘘情報を発信するだけでこんなにもお金が手に入るなんて。


「やります! やらせてください!」


「まかせたよ。詳しい方法は中でわかるから」


ダウトルームに入って扉を閉めた。完全に外界から遮断されたように感じる。

作業机には年季の入ったマニュアルが置いてあった。


・嘘情報を世界に向けて発信するのが仕事

・その嘘情報の影響度によって報酬が入る

・嘘だとバレた段階で発信した嘘情報は強制削除


・ダウトルームの存在はけして知られてはならない



「……ようは、嘘っぽくない情報をたくさん拡散してもらえればいいんだな」


ダウトルームで嘘情報を作成して、指定の発信元へ届けた。

ニキビにはレモン汁が効くという嘘情報だった。


ダウトルームのモニターでは嘘情報がどれくらい広まっているかを表示されている。

嘘情報を流すと多少は広まったがすぐに落ち着いてしまった。


「あんまり反響なかったな……」


影響度が低いので大した報酬にもならないだろう。

今度はもっと目を引くようなものが良いと考えた。


次は海底の地下プレートがズレにズレまくって1ヶ月後には大地震が起きるという嘘情報を流した。


「これなら目を引くにちがいない!!」


見立て通りだった。人の生命を脅かすような情報は特に影響度が大きい。

またたく間に嘘情報は広がっていった。これなら大量の報酬が期待できる。


「……あ、あれ!?」


一定まで増えた嘘情報だったが、専門家などが明確に否定したことで一気に収束。

影響度は落ち着いて期待したほどの報酬は得られなかった。


「うーーん……嘘情報って難しいなぁ……」


ばれない程度の嘘情報にする力加減がまだつかめていない。

悩んでいるとき、親から1通の連絡が届いた。


>お母さんです。

>こっちは元気でやっているよ。

>今年は実家に帰れるの? 仕事は忙しい?

>体には気をつけるんだよ


「……なんだ母さんか」


仕事につけなかった期間が長かった後ろめたさもあり、

ちゃんと稼いで親孝行できるようになれてから実家には帰るつもりだった。

適当に「元気だよ」とだけ返信してその日は終わった。



次の日、ダウトルームに入ると見たことない影響度が示されていた。


「この影響度は!?」


嘘情報を流したおぼえはないが、モニターは高い影響度を示している。

影響を広げいている情報を探ると昨日流した嘘情報だった。


ニキビにレモン汁が効くという嘘情報を芸能人が実践したことで凄まじい広がりを見せていた。

芸能人の私生活を専門家が気にするわけもなく、嘘情報だという特定も遅れたのは幸いだった。


みるみる嘘情報の拡散にあわせて報酬額が釣り上がっていく。


「すごい……! 俺の嘘情報がこんなにも多くの人を動かしているんだ……!」


街ではレモンが消え、洗顔フォームもレモン汁配合のものばかりになる。

空前のレモンブームにより「食べるとニキビが治る」とか「レモン汁で痩せる」という亜種も出てきて、ますます嘘情報が覆い隠されてわからなくなる。


「あははは! ほんとみんなバカだなぁ! こんな嘘情報を信じるなんて!」


誰もが嘘情報に踊らされているのを意識したとたん、なんとも言えない達成感を感じた。

のちにレモン汁ブームは否定されて収束するもののそれまでの影響範囲に応じて報酬が支払われた。


これまであくせく働いていたのがバカらしく思えるほどの報酬だった。


「これでなにか母さんにいいものでも買ってあげよう」


プレミアム親孝行をして、これまで実家で腐っていても助けてくれた恩返しをしようと思った。

そう思えるとまだまだ足りない気もする。


旅行が好きだったので世界旅行をプレゼントしようだとか、

肩こりをよく気にしていたのでマッサージチェアをあげようとも思える。


とうの親はというと、変わらずにメールを寄こしていた。


>お母さんです。

>私は元気ですよ。

>次の休みは戻ってこれますか?


返信には「もう少しかかる」とだけ伝えていた。

もっと稼いで次に実家へ帰ったときに驚かせてやろうと思った。


レモン汁に続く第二のヒット嘘情報を作り上げようとやっきになった。


それからはダウトルームにのめり込むようになった。

嘘情報もコツを掴んできて、ヒットはしなくても平均的な影響度を出せるほど安定し始める。


嘘情報を流し続けているうちに「嘘」に対しても敏感になった。


「……ああ、これ嘘ね。下手くそな嘘情報だな」


ネットで次なる嘘情報のタネを探していてもなんとなくわかるようになる。

きっとこの世界には他にダウトルームがあり、自分と同じように嘘をつくっている人がいるのだろう。


自分がダウトルームに入った最初の日に思いを馳せる。

まだ未熟さが見て取れる嘘情報を見ると懐かしさも感じた。


そんなノスタルジーに浸っているとメールの着信音で現実に戻された。



>おかあさんです

>わたしはげんき

>たまにかおみせて



「スマホ変えたのか? なんでひらがななんだ?」


一瞬だけ縦読みなのか、暗号文なのかと思ってしまうのは

ダウトルームに毒されてすべてを疑うようになった影響だろう。


超高級クルーズ貸し切りによる世界一周旅行の目標金額まであと少し。

ついでに良いスマホも買い与えようと考えて仕事に戻る。


「ようし、どんどん嘘情報を流すぞ!!」


罪に意識などどこへやら。騙される方が悪いと割り切って嘘情報をガンガン流しまくった。

嘘情報の報酬はどんどん増えていって、ついに目標金額に到達した。


「やった! これで親孝行できるぞ! 待ってろよ母さん!」


最高級クルーズ旅行券を握りしめて、飛行機のファーストクラスで実家に帰った。


親には仕事が忙しくてまだ帰れないと嘘情報を流している。

いきなり帰ってきたらさぞ驚くだろうと思い、顔がにやけてしまう。


見慣れた実家の玄関を開けた。


「ただいまーー! 母さん、帰ってきたよ!!」


家は妙に静かでリビングでは医者が横たわる母親に寄り添っていた。




「どうして早く帰らなかったんですか!?

 お母さんは死ぬまでずっと病気で苦しんでいたのに!!」


元気だよ、という嘘情報にずっと自分が踊らされていたのを知った。

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