神様。転生は、お断りします。
多賀 夢(元・みきてぃ)
神様。転生は、お断りします。
目を開けた時思ったのが、「実によくある風景だ」という事だった。本で見たからだろうか、この非現実的な空間に違和感がない。
真っ白で清潔な光に、私一人が漂っている。重力は微塵も感じず、さりとて浮いてるようでもない。漂っていると言いつつも、何も移動していないようにも感じる、絶対的なようで相対的にも感じる世界。
『よく来た、地球からまかりこしたる不遇の者よ』
口調は男であったが、声音は低い女性のようでもある。性を超越した存在らしき何かが、私に語り掛ける。
『そなたは苦しみの満ちた人生を生き、そして最後は事故で散った』
私の前に映像が浮かんだ。
豊かではあったが愛を知らなかった子供時代、愛を知ったが裏切られ続けた恋の時代。そして疲れ果てた私は、側道に突っ込んできた自動車に気づき遅れて轢かれて死んだ。何をどうしたらそうなるのかと思うほど、酷い死体であった。
『そなたは読書家であった。ならば転生という言葉も知っていよう』
ああ、知っている。最近とても流行っていたから、何度か読んだ。
……読んだけど、感想としては……。
『そなたに、もう再び生の機会を与えよう。その世界は正義を望んで居る。そなたは勇者として転生し、世界を正義に導くのだ』
映像が変わる。貧困に喘ぐ人々、ダンスに興じる富裕層。それが対比するように並べられる。
「――正義とは」
私は、自分が口を利けたことに驚いた。そういえば、転生物の主人公も神と交渉していた。私にもそれができるということか。
「正義とは、具体的にどのようなものですか」
『この真逆であろう』
神が呆れ気味に答えた。
『民衆に革命を起こさせるのだ。そなたが勇者として名を馳せれば、人々はそなたにつくだろう』
「なるほど、シナリオ通りに動けということですね」
私は今まで願っていたことを思い出した。
産むんじゃなかったと繰り返した母、私を無能だと罵った教師、私より弟ばかりひいきした父と祖父母、そして、私から金を無心する弟に、浮気をしたあげく金も物も盗んで逃げた彼。
両親も親戚も弟も【欠陥品】として貶した。私は、どこまで戻れば欠陥のない人生を送れるか何度も考えた。
そして行き着いた答えは一つだけ。
他人になど頼ってはならない、期待してはならない。
私に頼らない、関わらない世界でなくては、私に幸せはない。
「転生は、したくありません」
『臆するのではない。そなたには、勇者として多大なギフトを与えてやろう』
「いいえ、もう生きたくないんです」
『富と名声が手に入るのだぞ』
「孤独を望む人間に、そんなもの何の意味がありますか」
神は沈黙してしまった。私は続けた。
「それに、正義ってなんですか。貴族の何が悪いのですか、民衆の何が正しいのですか。民衆は貴族に対して、生活を守ってくれと抗議したのですか。貴族は本当に集まって踊っているだけですか。貴族は貴族として仕事をしたからこそ、財を築けたのではないですか」
お前は正しい事を知るべきだと、父には嘘の歴史を教わった。私は嘘と分かっていたから信じなかったが、弟は怪しい集団についていくようになった。父と弟にとって正義でも、私にとっては邪悪。世界は一つの顔などしていない。
「私は転生する気はありません。私にすがらねば全滅する世界など、もう救ったって遅いです。――私は、もう生きたくない」
神は黙り、何かを決めたようだった。私の周りを、光の輪が取りまいた。
『転生は決まりである。勇者として生き、民を率いる道に進むが良い。――そなたは、前もそう言ったものだ。私はそなたを送り出すたびに、そなたが『生きたい』と願うことだけを望んでいるのに』
「え」
光がわずかに陰り、神の顔が見えた気がした。
その顔は見覚えがあった。
悲しそうな顔をしていた。
私の胸が、何度目かの強い痛みを覚えた。
私の次の生が、始まろうとしている。――きっとまた、苦しんで死ぬ運命を背負って。
神様。転生は、お断りします。 多賀 夢(元・みきてぃ) @Nico_kusunoki
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