最終話 それから
「……あんまり人の読書の仕方に注文つけたくはないんだけどよ」
俺は喫茶店から出た後、隣を歩く委員長から顔を逸らしつつ口を開いた。
「おまえ、白子のテニスを読むとき、いつもあんなに騒がしいのか……?」
「さ、騒がしくなんてしてなかったでしょう!?」
俺が言うと、委員長はムキになって否定してきた。
「いやいやいや……凄かっただろ。奇声あげたり、いきなり本を閉じてテーブルにつっぷしたり」
周囲の視線が痛かったぞ……。
まあ俺たちが座ってたのはボックス席に近い作りだったから、そこまで迷惑にはなってなさそうだったけど。俺が指摘してやると、委員長はばつが悪そうに顔を逸らし、
「……いつもの半分以下には抑えていたつもりだわ」
あれで半分以下だったのか……。
俺が呆れていると、委員長は「あなたこそ!」とこちらに顔を向けてきた。
「なんなのあの気持ちの悪いニヤニヤ笑いは! いつもあんな風に本を読んでいるの?」
「そ、そんなに言うほど気持ち悪くないだろうが!」
いやまあ実際、ハローリボンを読んでいる最中に偶然鏡を見てしまったことがあり、あまりの気持ち悪さにその場でいったん読書をやめてしまったという経験もあるが……今日はわりとおさえていたほうなんだぞ。
「それに」
俺は気持ち悪いと言われた顔面を手で覆って隠しながら呟いた。
「心底面白い本を読んでたら、そうなっちまうだろ」
「……それもそうね」
そうして俺と委員長はそれぞれ別の車両に乗り、家へと帰るのだった。
わざわざ隣町の本屋にまで行って同級生と遭遇するなんて出来事のあとである。
二人で隣町から戻ってくるところを目撃されて……なんて面倒なことになるのではないかと、念には念を入れての措置だった。
その翌日。
俺の部屋には近所の書店で売られていたハローリボンの最新号があった。
委員長が早速俺の家に持ってきてくれたもので、昨日読んだばかりだというのに俺はまたそれを家族に隠れつつ読み返してしまう。
読後の余韻に浸ったあと、ハローリボンを押し入れの奥に隠して俺は外出の準備をする。
委員長はハローリボンを俺に渡すとき、俺にこんな頼み事をしてきたのだ。
『実は今日、白子のテニスのファンブックが発売するのよ。キャラクターのプロフィールや裏設定が満載の聖典だわ。なんとしても手に入れたいの』
俺はいまからそれを買いに行く。お金はもちろん委員長から託されたものだ。
しかしタダでパシリをするわけではない。
俺はその見返りとして、こう要求したのだ。
『わかった。ただし来月発売のハローリボンを買ってきてくれ』
そしてそれから。
俺と委員長の奇妙な同盟関係は、同級生たちに悟られぬまま、結構長く続いていくことになるのだった。
一人くらい、自分の秘密を知っているやつがいるというのも悪くない。
絶対誰にも知られたくないと思っていたはずなのに、こうして互いに秘密を握り合う関係ができあがると、案外バレても大丈夫なのかなと思えてしまう。
それが少し不思議で、けどもっと不思議なことに、委員長だけに俺の秘密が知られているという状態がなんだか心地よくて……やっぱり他の人間にバレてもいいや、とはならないのだった。
少女漫画を買おうとする不良と腐向け少年漫画を買おうとする委員長が隣町の本屋でかち合う話 ドラゴンタニシ @doragontanishi
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