第23話   夜風に吹かれながら

 夢魔少年は、眠る聖女のひたいから、するりと抜け出した。寝室の静けさの中で、我ながら無茶をしたものだと、ようやく我に返る。自暴自棄が過ぎたようだと、冷や汗が流れた。


(魔王が子供の僕に言いたい放題言われて、ブチギレずにいられるわけないと思います。にも関わらず、僕に火の玉の一つも投げつけることができなかったのは、まだまだ復活には程遠いと言う事なんでしょうね)


 夢魔少年は、あの魔王を師匠にするつもりはなかった。なぜなら、自分より弱い者に師事したくないから。


(それにしても、あの白い着物の隠者たちにはびっくりしましたね。てっきり師匠サマの時と同じ隠者が居ると思ってましたから)


 夢魔少年が聖女の夢に侵入した理由は、知的好奇心を満たすためと、彼女が連れてきた戦士のおかけで師匠を失ってしまった腹いせに、そっちの隠者も消して魔力を奪ってやろうと思ったからだった。


 きっと、この聖女の中にも、魔女と同じ隠者が寄生していると思っていた。


 だから、真っ白い着物の隠者達が大勢座っているのを見たときは、大変びっくりした。この聖女は、白い着物の隠者達の導きにより、魔女の城に来たようだが、この聖女が連れてきた不気味な戦士のおかげで、魔女も戦士も消えてしまった。


 夢魔少年が思うに、魔女と戦士と、この聖女の中にいる隠者達は、協力関係にあるわけではないようだ。むしろ、互いの聖女たちを、潰し合っているように思えた。


(魔王は、より強い聖女を探すべく、隠者たちに競わせているのかもしれませんね……)


 穏やかな寝息をたてる聖女に、夢魔少年は振り向いた。彼女が抱き枕にしているのは、異国の兵士だった。その兵士も爆睡している。安宿の狭い一室で、節約だろうか、一つの寝台に収まっている。


(ほーら、もうイイ人ができてるじゃないですか。彼女が信仰を捨てて愛欲に生きるのも、時間の問題でしょうね)



 夢魔少年は窓から抜け出すと、木陰で寝かせていた肉の器の中へ、戻ってきた。現実世界の地面に、手をついて起き上がる。


 木の上に引っ掛けて隠していた鎌も、翼で羽ばたいて手元に戻した。その際、視界が高くなり、何やら付近の植込みの間から、小さく揺れるモノが垣間見えた。


「あれ? あの子たちは……」


 夢魔少年が近づくと、見覚えのある軟体生物三匹がいた。イチゴにレモンに、ずいぶんと小さくなったみぞれ味。か弱くも個性的なスライムたちが、草間に隠れて、ぷるぷると揺れている。


「あなたたちは、師匠サマの。もしかして、僕を捜してたんですか? でも、あちこち飛んでいた僕を、いったいどうやって見つけ出したんですか?」


 スライムたちの目はゴマ粒みたいに小さくて、あまり視力が良いように見えない。それでも彼らが必死になって背伸びしながら、何やら上の方を示そうとしている。


 夢魔少年は、ふと、肩に掛けていた鎌を見上げて、合点がいった。


「ああ、師匠サマがこの鎌に何かしたんですね。大方、僕が一人で戦いに行かないようにと、僕の現在地がわかるような仕組みを、この鎌に仕込んだんでしょう」


 夢魔少年は、この鎌を錬成してくれたみぞれ味を、優しく見下ろした。


 魔女が作ったと言う、いかつい顔をした、一見すると可愛げの微塵もない、おっさんみたいな顔したスライム。彼の創造主である魔女が消えてしまった今、彼もまた消えてしまう定めにあったはず。彼に魔力を供給してくれる相手がいないからだ。


 にもかかわらず、ここにみぞれ味がいるのは、彼の両脇でぷるぷるしているイチゴ味とレモン味がくっついて、魔力を分けてあげているからだった。


 イチゴ味とレモン味は、魔女がどこかから拾ってきて、実験用に能力を調整した強化スライム。一から魔女に作られたわけではない彼らは、魔女がいない今も、今までどおりに自力で魔力を生産しながら、活動できるようだ。そして魔女に強化された分、みぞれ味の命をつなぎとめるための魔力を、提供できるようだった。


 もらった魔力でみぞれ味は、鎌の居場所を探り、夢魔少年の居場所を捜し当てた。三匹がどうして訪ねてきたのかは、少年にもわからないが、彼らのつぶらな瞳が、ぷるぷる潤みながら少年を見上げていた。


 夢魔少年は苦笑する。


「僕も師匠サマから頂いたこの器を、維持するぐらいの魔力は自力で生み出せますから、この器が朽ち果てるまでは、一緒にいられますよ」


 スライム三団子が、大喜びしているような激しい振動を見せた。

 みぞれ味はさらに激しく伸び縮みしている。


「そ、そんなに喜んでもらえるとは。もしかして、きみたちはまだ赤ちゃんなんでしょうかね。三匹だけで、怖かったでしょう。大きくなるまで、一緒にいましょうか」


 夢魔少年は、スライムたちに手を差し伸べた。受肉したてで、不安に陥っていた時に、魔女がそうしてくれたように。


(僕はもう少しだけ、こちらの世界にいます。せっかく師匠サマがくれた肉体ですからね、すぐに捨てるのはもったいないです。本や誰かの記憶を覗き見るだけじゃなくて、実際に、いろんなことを体験してみたいと思います)


 夢魔少年は、夜空の月に向かって両手をかざした。生ぬるい夜風が、指の間を通過していく、この感触。風を肌全体で感じることができるのは、この体になってから。


「最後の最期まで自由気ままで、不出来な弟子をお許しください、師匠サマ」


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魔女とインプと、狂戦士(バーサーカー) 小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中) @kohana-sugar

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