なんとなく魔王復活・6
「もともと争いは好きじゃないし、世界征服なんてしたくもないし、魔物達が幸せに生きられたらそれでいいのじゃ……。
けれど、人間たちがやたら好戦的でのう……。こっちは静かに過ごしたいのにどんどん攻めてきてな……。
ワシは引きこもっていたかったんじゃが、それじゃ魔物達を守れないと部下らに言われての……。
それで、昔はやけっぱちになって、征服を頑張ってみたんじゃ。あれは大変だったの……」
なんか……思ってたのと違う。
思わず警戒を緩めてしまった俺に続いて、仲間たちも脱力してしまったらしい。
「だが、やっぱり慣れない事はするもんじゃないの。疲れ切ってしまって、封印してもらったんじゃ。
けど効果が切れてしまったようでのう……ああ、また戦うなんて嫌じゃ、ワシには向いておらんよ……」
魔王は小さくうずくまって、地面に指で丸を書いている。
封印って、してもらうものだっけ……?
想像もしていなかった真実の連続に、もはや何と言っていいかわからなくなってきた。
「ワシが復活したら、争いの火種になる。人間達にも、また無用な恐怖を与えてしまう。
やはり平和が一番じゃ。魔物も人間も、関係なくのんびりと、平和に暮らすのが一番なんじゃ。そう思わんか、冒険者達よ?」
少し落ち着いた様子の魔王は、魔王として最も言ってはならない事をさらりと言った。
「……いや。ダメよ!」
「……はい!?」 俺は勢いよくサラの方を見た。
「魔王がそんなのでどうするの! アンタ、ただの弱虫な魔物じゃないの!!」
サラの熱い叫び。半分キレかかっている様子だ。無論、俺達は慌てる。
「な、何言ってんだよ、実は温厚な方だったんだから、良いじゃないか!」
「そうですよ! 平和で良いじゃないですか! 少なくともこの広い一帯は!」
「アンタら甘いわね! 上に立つ者がこんなのじゃ、魔物がかわいそうでしょ!」
サラの理論は、俺達にはひとかけらも理解できない。
サラは突然、魔王にずんずん近寄ると、恐ろしい事に魔王の鼻先に斧を突きつけたのだ。
「いい!? アンタは一匹で逃げてるだけなの!
アンタと一緒にいた、魔物たちは? そいつらはどうなったかわかって言ってるの?」
サラの剣幕に、魔王はひぃぃ、と後ずさり。ある意味、歴史的な光景かもしれない。
「そ、それは……みんな散り散りになって逃げたはず……。
それに、ワシはダメな王じゃったから、きっといなくなって部下も安心したはずじゃよ……」
「そんなハズ無いでしょ!? 魔王がいなくなってどうやって魔物がまとまるの!
今、アンタを待ち望んでる魔物達が絶対いる! そんな弱気なことでどうするの!?」
真剣な表情で、そう喝を入れるサラは、もはやどこかの熱血教官といった勢いだ。
「でっ、でも……! ワシは争いたくは無いんじゃよ! ワシが動けばまた世の中が乱れる……!」
「違うわよ! アンタが何もしなかったら、魔物と人間は勝手に争い続けるのよ!
魔物を統率して人間との勝手な争いをさせなくする! 人間を怖がらせて魔物に手出しさせないようにする!
それでバランスを取るのがアンタの役目でしょ!? 違う!?」
「……!!」
魔王が驚いたように両目を見開いてパチクリ。俺達も負けじとパリクリ。
サラの話、筋が通っているようで、何か激しく、どこか絶対的に間違ってる気もする。
だけど、「ちょっといいですか」と話に割り込めるような空気じゃない。
「それなのにこんなところで引きこもってメソメソメソメソ……! 甘ったれるのもいい加減にしなさいっ!!」
サラの大演説は、そういって締めくくられた。
「……おおおおおおいサラ……!! おっお前はなななななんてことを……!!」
「あら? 正論じゃない? 私はとてもすっきりしたわー」
サラはすがすがしい表情。一方の俺とニコは震えているしかない。ちなみにカルストは読めない無表情で俺たちを眺めている。
絶対これは殺される、激怒した魔王に一瞬で塵にされる。もうおしまいだ……!
しかし魔王は、というと。
なんと、感極まって、またしても泣き出していた。
「そ、そうじゃ、その通りなんじゃ……!
うう、ワシは何て情けない……魔王としての役目を、人間に諭されるとは……!!」
「ほら、ハンカチ貸してあげる。わかったら早速、行動に移すのよ!」
「かたじけないのう……。あんたら、名はなんと言うのじゃ?」
谷底の隠し部屋で、可愛らしい花柄のハンカチで涙をふく魔王に向かって、自己紹介する俺達は、ある種異常なのではないだろうか。
「ふむ。なるほど、あんたらは『冒険者』なのか。実に勇気があるのう……わけてほしいくらいじゃ」「こ、光栄です……」
「ずいぶん世話になってしまったのぅ……。特にサラ、その言葉はワシの心に響き渡ったぞ」
「当然の事を言っただけよ!」
サラが笑顔で胸を張る。
魔王から感謝をされた人間というのは、俺達含め一体何人になるのだろう。歴史的に統計を取ってみたい。
魔王はハンカチを握り、握りしめる力が強すぎて引き裂いちゃったりしつつ、しっかりと頷いた。
「ワシ、頑張ってみる。まだちょっと怖いが……。
とりあえず昔なじみの魔物たちをまわってみる。その間に今の状況を調べんとな……」
「そう! その調子よ! 魔っちゃん、ちゃんとやる事わかってるじゃない!」
「え、えっと……とりあえず平和(?)な世界目指して、頑張ってな」
「あ、人間も平和にしてくださいね……。って、聖職者である僕は何故魔王に対してこんな事を!?」
ニコが聖職者としての責任を感じ、頭を抱えてのたうちまわり始めるが、まあ気にしなくていい。
「魔っちゃん、また嫌になったり、困った事があったら、いつでも話を聞いてあげるわ!
人間でも力になれる事があったら言いなさいよ。フェスの街にいるから!」
「うむ、わかった!」
魔王がうなずいた後、その背中に大きな黒い翼が現れる。
翼をはばたかせた魔王は、俺達四人を見回して、
「大変、世話になった。けがしないよう気をつけて帰るんじゃぞ!」
と言って見せた笑顔は、魔王の邪気に満ちているのに、なぜか魔王らしくない、優しげなものだった。
そして、ひょいと指先を向けた天井に、何やら黒い渦巻きが現れ、そこに目にも留まらぬスピードで飛び込んでいった。
渦巻きはどうやら移動魔法の一種だったようで、魔王を飲み込んだ後すぐに消え去ってしまう。
静かになる部屋。
遠くから、爆音や悲鳴がかすかに聞こえる。そんな遺跡の中。
魔王の消えて行った天井を見上げながら、俺は。
まあ……悪い魔王じゃなさそうだしいっか、と、矛盾に満ちた事を何となく考えていた。
◆
その後の顛末は、真実を知る俺達にとってはあっさりしたものである。
広場に戻れば、ニセ魔王は冒険者達の手で倒されており、その核となっていた宝石が散らばって、総出でせっせと拾い集めているところだった。
俺達はさも「迷子になっていたけど今やっと戻ってこれた冒険者」を装い、混ざって大量の宝石を獲得、ついでにお宝の類も見つけて街へ引き上げた。
しばらくの間、魔王成敗の話題で街は持ちきり、大騒ぎであった。
しかし、あれは偽物で、本物はすでに復活してどこかへ行ったという事が、冒険者ギルドの調査で発表される。
町中が魔王に対する恐怖と、魔王討伐隊の編成やら魔王まんじゅうが売り出されたりやらまたしても大混乱とお祭り騒ぎに陥る中。
あの気弱な魔王を知る俺達パーティだけは、どこ吹く風で平然と冒険を続けていた。
また会いそうだなあ、という予感を、何となく胸に宿しながら。
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