なんとなく勇者と聖剣・2
さて、通りに出たはいいものの、ここからがひと苦労だ。
ただでさえこの冒険者の街・フェスは、冒険者だけでなく行商人も研究者も、とにかく様々な人で日夜を問わずにぎわっている。
表通りは常に人にあふれていて、あちこち露店もあったりするから、走りにくいことこの上ないのだ。
そういう状況下を逃げなければならなくなった人達がとる、暗黙のルールがある。
「退けっ! 危ないからどいてホント! 俺達じゃなくて後ろのが危ない奴だから! どいて!」
そう。叫ぶのである。
喧騒が割れて、道の真ん中に俺達専用の通り道が出来る。あわてて飛び退く人、面白そうにこちらを見る人、無関心の人。
こんな光景、ぶっちゃけ日常茶飯事なフェスの街では、皆対応が早いのだ。
「あの植物、やっぱりヤバいもんだったじゃねえか!」
「さびしがり屋さんだから、あの男に遊んでもらえると思ったのだろう」
「そんな動きじゃなかった! 絶対に獲物をからめとる動きだった!」
逃げ遅れていた人をたまにふっ飛ばしながら、できた道を俺とカルストは一気に駆け抜ける。
まあ当然、この道を通ってくるのは、俺達を追いかける男も含まれるわけだが。
「そこの悪しき輩どもっ! 今すぐ止まれ!」
やはりというか、後ろから男の声が飛んでくるので言い返す。
「お前こそ剣をしまえ!? 絶対斬ってくるだろ止まったら!」
「今ならお前達の不届きな行い、このルキオ様は寛大に許してやるぞ!」
「……ルキオ?」
勢いで路上に並べられた果物の山をぶち壊し、さすがにこれ以上被害を増やすわけにもいかないので、俺達は急カーブして裏道へ滑り込む。男もまだ追ってくる。
カルストが、先ほどの果物屋からいつの間にか拝借したリンゴをのんきにかじりながら、
「聞いたことある名前だ。勇者を名乗っている、とか何とか」
「はあ? 勇者ぁ?」
「人助けしたり、魔物を討伐したり、勇者っぽい活動をしているとか。とにかく、剣の腕は立つらしい」
「よくわからねえ奴だな……まあいいや、直接お尋ねするとしようぜっ!」
俺達はそれぞれの武器を抜いて急ブレーキ。
人のいない、狭い路地の途中で立ち止まり、追ってきた男と対峙した。
改めて見ると、男の恰好はとんでもなく派手だ。マントを始めとしてゴテゴテしていて、やたら立派で、ようするに俺の嫌いな服装だった。
そして、正義感の無駄に強そうな、精悍な顔立ちをしていて、余計に腹が立つ。
「おいこら、のんびり平穏な宿屋に押し入ってきて、一般人に斬りかかるとはどんな勇者様だ?」
「何と、俺様を知らないのか?」
男は心底呆れた、といった表情をして、それから、
「俺様こそ、天に背きし輩を討ち、涙に暮れし人を助く、悪を滅して正義をなす勇者、ルキオ様だ!」
どこぞの安い劇ででもやってそうなセリフを、抑揚から何から完璧に、自信満々に言い放った。
……頭が痛くなってきたのは気のせいか。
「……悪ぃけど、聞いた事無いわ……」
「な……知らない? 本当に?」
ルキオと名乗った男は、信じられないとでも言うようにちょっとあ然としてから、
「フッ、ならば冥土の土産に覚えておくがいい!」
「今なら寛大に許すってお前さっき言ったよな! 何さらっと前言撤回してんだ!?」
「この剣について、おれ達は何も知らないぞ」
カルストが限界まで食べきったリンゴの芯を投げ捨てて、例の剣をルキオに向けて掲げてみせる。
「ぬかせ。その剣を俺様から盗んだだろう。一般人など程遠い、姑息な泥棒め」
「話を聞けって! あのなあ、この剣はコイツが商人から押しつけられたんだ。誰が盗みなんかするかよ」
俺は自称勇者を睨みつけたまま、カルストの持つ剣を指して言う。
「俺達はこの剣もお前の事も何にも知らねえ、わかったか? 盗まれたんなら泥棒をまず探せよ」
「いや、もともと俺の手元にあったわけじゃない」
は? と思わず俺はぽかんと口を開ける。ルキオは自信たっぷりに話を続ける。
「その聖剣は、作りだされた時から俺の物になるという運命を担っているのだ。
それなのに、武器商人の輩が法外な値段をふっかけてきてな。それこそ、盗みと同等の行為だ」
……待て、何かがおかしい。
にわかに頭痛がしてくるのを感じつつ、ゆっくりと、俺は訊いた。
「もしかして……お前、あの武器商人を襲って、この剣奪おうとしたんじゃ……?」
「奪うなどとんでもない! 俺が持つべき聖剣であるのに、離そうとしなかった奴の方が悪なのだ。途中で見失ったと思えば、その仲間に渡っていたとはな」
自称勇者はそう、堂々と言い切って、俺は思わず天を仰いだ。
つまり、なんてことは無い。本当の『泥棒』はこいつの方だったのだ。
そして、剣の持ち主だった武器商人が耐えかねて、偶然通りかかったカルストに押し付けた、というだけの話だ。カルストも商人の仲間扱いされているが。
「……魔王の件といい今日といい、俺達、ツイてないのかな」
「ツイてないかも」
「で、どうするよ、お前。俺としては、こんな珍しい物を今さら手放したくない」
とりあえず確かなのは、この剣が珍しい、凄い剣であるということだ。どれぐらい凄い宝なのかは現時点ではわからない。
が、お宝をこんな馬鹿にみすみす奪われては、勿体無さ過ぎて死んでも死にきれない。
ただの不幸を、いかにして幸運へと変えるか――それも冒険者の必須スキルである。
「おれもだ」「よし来た」
俺とカルストは、同時に武器を構えた。カルストは愛用のナイフ、俺は魔法発動を援助するための杖。
そして自称勇者――その実態は泥棒のルキオが、俺達の戦闘態勢を見て、不快なものでも見るように眉をひそめる。
「どうしても渡したくないようだな。ならば、悪は成敗するのみ……。覚悟!」
男が両手の剣を閃かせ、俺達も一気に攻めかかった。
その時だった。
「お二人とも、どうしたんですか!?」
はっと振り返った先にいたのは、小柄な少年――俺達のパーティ仲間であるニコだった。
聖職者の仕事着で、買い物途中なのか紙袋を抱え、困惑した顔でこちらを見ている。
「丁度いい、助けてくれ!」
「へっ!? ……は、はいっ!?」
既に動き出しているカルストが、ニコの紙袋を取り上げる。
ニコは戸惑いながらも、空いた手をルキオに向けた。手の平に聖なる輝きが集まり、
「――女神の瞳よ、輝きを降らせ給え!」
目くらましの光が炸裂、路地が真っ白に染まる。
辺りが輝きに包まれている間に、俺はニコを抱え上げて逃げ出した。
さすがニコ、いざという時に理解が早くて助かった。俺達が散々冒険に引きずり回しているせいかもしれないが。
「助かったよ、という訳でもう一つお願いが」
「巻き込んだ上に更なる深みに陥れようとしていませんか!?」
抱えられたままニコが足をバタつかせて抗議する。こいつには悪いと思うが、この出会いはもはや運命だと俺は信じている。
「ちょっと見てもらいたい物があるんだ。だから安全なところに連れてってくれ」
「よろしく☆」 カルストも無表情で言う。
「ああもう、何か問題になったら責任とってくださいよ!」
そうして俺達はルキオを撒いて、ニコの研究室へと向かう事になった。
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